中山道ウォークも最大の難関、1604メートルの和田峠越えとなりました。
前回①は浪人塚からの登りでしたが、
今回はその続きで、いよいよ峠を越えます。

中山道下諏訪から和田宿へ。
図の緑の所の一部が中山道古峠と言われる
1604メートルの和田峠になります。

今日ではないのですが、ごく最近歩いた足跡が残っています。
一人だけのようです。

何百年もじっとこの場所で、道中の安全を見続ける石仏。

いよいよ峠に着きました。
ここは古峠(ふるとうげ)と言われ、標高は1604メートル。
下諏訪方面への展望が開けます。
後方の冠雪した山は八ヶ岳連峰と思われます。

峠は丘状になっており、
和田側から登って来たクループも昼食をとっておられました。
御嶽山の遥拝所跡もここに有ります。

中山道開設以来、荷役の牛馬、旅人、参勤交代の大名行列等で
賑わったこの峠もあまりにも困難なルートであったため
明治九年に新たな峠が(これが1540メートルか?)開設され
この峠は「古峠」の名を残すのみで
ほとんど忘れ去られた存在となっていきました。

くだりになる和田宿側は北側になるため、残雪量が凄いです。

ビーナスライン。
除雪はされているものの、冬季閉鎖されたままです。

ビーナスラインを横断するトンネル。ここをくぐります。

中は陽があたらないので全面氷結。
そこに流れ込む水も氷結し、相当部分が氷で埋められています。
ここを渡るのには細心の注意を要します。

ほとんどの道ははこんな雪原を下って行きますが、
先ほどのグループの足跡があるので助かります。

雪の中に馬頭観音

和田宿側は案内標識もも多く、
雪がなくなれば快適な山歩きが楽しめそうです。

9軒あったといわれる餅屋のうち、ここは東餅屋。
唯一現在も営業しているとのことですが、今は冬季閉鎖中。

和田宿側にはこんな石畳も一部残されています。

広原の一里塚に出ます。
下諏訪側の西餅屋付近の一里塚から峠を越え、ここで約4㎞です。

このあたりの残雪も完全に氷結していて、むしろ歩きやすいです。

木橋の上には、固まってはいるものの40㎝くらいの残雪です。

明治時代。
容疑者ををここまで追いかけてきた巡査が殉職したところです。

江戸の豪商、かせや与兵衛の寄進により設置された接待所。
冬季の旅人、年中に渡り牛馬に食べ物を供給した所であります。

周辺の石仏を集積した三十三体観音

男女倉バス停まで200~300メートル位の所へ出ます。
ここからは国道を歩くことが多くなります。
他のブログでこの「男女倉バス停」が無くなっているとの記述を見ますが、
間違いなく存在しますし、利用もできますので、
和田峠越えの方は多いに利用してください。料金も一律100円ですよ。
私たちはここから新和田トンネル料金所まで国道を1~2㎞登り、
料金所からタクシーに乗り下諏訪側の浪人塚まで戻りました。
タクシー料金は格安の3180円でした。
同じようなルート取りでタクシーを使う方は多いのですが
時には8000円位かかったという話も聞きます。
格安、それにはちょっとした工夫があったのですが・・・。
今回は和田古峠越えでした。
