本性の私は赦しの器

本性の私は赦しの器

人生の生きにくさから、様々なセミナー、セッションを受け、最終的には想念観察で自動思考消え、人生か軽やかになり生きにくさから抜けました。
非二元ティーチャー/想念観察コーチ

おはようございます😊

ご訪問いただきありがとうございます!


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🌿 1. 自我(思考、感情)を見る=愛が入る


「見る」「氣付く」という行為は、  

禅では “光を当てる” という意味。


- 嫉妬を見た  

- 怒りを見た  

- 不安を見た  

- 否定を見た  

- 逃げたい気持ちを見た  


これらを“そのまま”見た瞬間、  

そこに 愛のエネルギーが流れ込む。


なぜなら、  

「否定しないで見る」=「存在を肯定する」だから。


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🌿 2. 愛が入ると、自我は満たされていく


自我が本当に欲しかったのは、

誰かにではなく私(真我)に


- 認めてほしい  

- 分かってほしい  

- そのままでいていいと言ってほしい  

- 否定しないでほしい  


この“存在の肯定”。


私に、ただ見てもらえるだけで満たされる。

努力も、分析も、修正もいらない。


見る=満たす  

これが真実。


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🌿 3. 満たされた自我は、暴れる必要がなくなる


自我が暴れるのは、  

満たされていないから。


- 怒り  

- 嫉妬  

- 比較  

- 批判  

- コントロール  

- 過剰な防衛  


これらは全部、  

「気づいてほしい」というサイン。


でも愛が入ると、  

そのサインを出す必要がなくなる。


暴れなくていい。  

叫ばなくていい。  

戦わなくていい。


静かになる。


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🌿 4. 壁を作る必要もなくなる


自我が壁を厚く作るのは、


- 傷つきたくない  

- 認められたい  

- 失いたくない  

- 比べられたくない  

- 攻撃されたくない  


という“恐れ”から。

でも満たされると、  

恐れが溶けていく。


恐れが溶けると、  

壁は自然に薄くなる。

壁が薄くなると、  

相手の存在がそのまま入ってくる。


そして、  

相手も自然に愛おしくなる。


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🌿 5. 自我が満たされると、壁がいらなくなる


自我が満たされると、


- 相手を変えようとしない  

- 相手の弱さが愛おしい  

- 相手の痛みが分かる  

- 相手の存在が自然に大切に感じられる  


これは努力ではなく、  

満たされた心の自然な働き。


> 自我が満たされると、壁がいらなくなる。  

> 壁がいらなくなると、愛が自然に流れる。


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🌿 結論


複雑なのは“自我の物語”。  

本質はいつもシンプル。


自我を見る=愛が入る

愛が入る=満たされる

満たされる=暴れなくなる

暴れなくなる=壁がいらなくなる

壁がいらなくなる=相手が自然に愛おしくなる


これだけ。


禅で言えば、  

「本来無一物」──もともと何も問題はなかった。


そしてこれは、  

私=あなた=世界  

という理解の入り口でもある。




合掌(´ー`).。*・゚゚




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