本性の私は赦しの器

本性の私は赦しの器

人生の生きにくさから、様々なセミナー、セッションを受け、最終的には想念観察で自動思考消え、人生か軽やかになり生きにくさから抜けました。
非二元ティーチャー/想念観察コーチ

おはようございます😊

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🪷 起きたことへの反発・抵抗は、分離のはじまり


「こんなはずじゃなかった」  

「これは間違っている」  

「受け入れられない」


そうやって、起きた出来事に反発したとき――  

私たちは、世界と自分を切り離してしまいます。  

「これは私にとって敵だ」と見なすことで、  

心は緊張し、苦しみが生まれる。


仏教では、これを「我執(がしゅう)」と呼びます。  

「私」という枠にとらわれ、  

その「私」にとって都合の悪いものを拒む心。  

それが、分離の意識――エゴのはたらきです。


「これは私にとって敵だ」  

「これは間違っている」  

そう判断した瞬間、、、

私と世界のあいだに、見えない壁が立ち上がる。



> 「一切皆縁起」――すべてはつながっている

と仏教は語ります。


反発は、そのつながりを忘れたときに生まれる。  

そして、つながりを思い出すとき、  

反発は、やさしくほどけていきます。


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🌿 反発に気づいたら、ただ見つめる


「また反発してるな」  

「また抵抗してるな」


そう気づいたとき、  

それを責めるのではなく、  

それを切り替えるのではなく、

ただ、そっと見つめてみる。


それは、仏のまなざしを自分に向けるということ。  

評価せず、裁かず、ただただ照らす。  

すると、反発の奥にある「怖れ」や「痛み」が見えてくる。  

そしてその痛みもまた、  

仏の光の中にあると知るのです。


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☁️ つながりを取り戻すということ


反発を手放すと、  

世界とのつながりが戻ってきます。


風の音がやさしくなり、  

誰かの言葉が、ただの音ではなく、  

いのちの響きとして届いてくる。


それは、分離から調和への還り道。  

「私」と「世界」が再びひとつになる道。


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🕊 結び――反発の奥に、仏の願いがある


だから今日も、  

反発の気配に気づいたら、  

そっと手を合わせて、こうつぶやいてみます。


「ありがとう。この出来事もまた、仏のはからい」


その瞬間、  

切り離されていた世界が、  

ふたたび、やさしくつながりはじめるだろう。



合掌(´ー`).。*・゚゚



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