雪月花に酒


 この写真も、先日言った飯給駅での一枚です。


 気の早い秋桜が幾つか咲いていました。


 名前の通り秋の花というイメージですよね。


 夏の日差しの下で咲いてるのってなんだかなって思います。


 調べてみたら、花言葉は、「乙女の純潔」「真心」なんだそうですよ。

 

 小春日和の暖かな日に咲いてるイメージです。


 ええ、山口百恵の秋桜ですよ。


 そうなると、乙女の純潔というよりは、母の真心って感じですかね。 

 


 写真に撮ると絵になる花なので、結構好きですね。


 


雪月花に酒

 今日から三日間、七夕祭りが地元で行われます。


 そんなわけで、様子を見に行ってきました。


 夜店が並び、ジベタリアンが地べたに座る風景が例年通りに見られます。


 夜店では新しいお店が目につきます。


 ラーメンバーガー・佐世保バーガー・揚げもんじゃ・卵せんべいと新しいものばかり。


 ラーメンバーガー豚骨味を試してみましたが、想像以上に美味いです。


 お酒はハイボールを売ってるお店が多いです。

 

 やはり、人気なんですね。


雪月花に酒

 スーパーボール・金魚・亀掬いは相変わらずの人気です。

 

 子供のころは良くやりましたが、長生きさせられないことばかりで辞めましたね。


 飼い方が解ってる人はそんなことは無いんでしょうけどね。



雪月花に酒

 射的や輪投げなんかもありましたね。

 

 下に落とさないとダメって無理だろ・・・・


 まあ、祭りの射的なんてそんなものかも知れませんけど。

 

 
雪月花に酒

 お面屋も健在です。


 でも、今年は型抜きが一軒もありませんでしたね。


 型抜きってもう無いんですかね。昔はみんなやってましたけどね。


 知らない人のために、型抜きとは、固いラムネ菓子みたいな板にイラスト刻んであって、それを型どおりに画鋲で削って抜いていくんです。


 その難易度で賞金が決まってて、綺麗に抜いたつもりでも、親父に難癖付けられたりする素敵なお店です。


 祭りの雰囲気は十分に味わえましたね。


 そうそう、帰りがけに、トルコアイスの屋台があってそこの親父が格好いい・・・



雪月花に酒

 なかなかのパフォーマンスも見せてくれます。


 

雪月花に酒 border=
 

 何とも言えない雰囲気があって、好きな写真です。



 願掛け用に販売されている5cm無いぐらいの小さなお地蔵さま。

 祈念塔の前に置いて行けば、さまざまな願いを叶えてくれるんだとか。 


 小さい背中に人の願いを背負って風雨に堪えている。
 

 奥には色あせたもお地蔵さまもいらっしゃる。


 思うにこの背中に背負える程度の願いであればいいのだが。

 
 

 ところで、永遠に増やす訳にはかないのだろうから、年に一回か二回は、纏めて法要するのだろう。


 そう言う事を考えると、なんだかなぁって思ってしまうのは私だけだろうか?


 そんなことを思ったりして撮影する私は罰当たりか?

  




  


雪月花に酒
 

 これは地獄覗きへ行く途中で見られる百尺観音です。

 

 解りにくいかも知れませんがとても大きな石仏です。


 この場所から地獄覗きの様子が見て取れます。

 

 それがこれです。


雪月花に酒
 

 右側のくぼみの中に百尺観音があり、あの飛び出た突端が地獄覗きです。


 そこへはこんな道を歩きます。


雪月花に酒


 この先にある上り階段は運動不足の体には厳しく汗だくになりました。

 

 筋肉痛になることはなかったですけど、厳しい石段でしたよ。


雪月花に酒


 これが地獄覗きを横から見た感じです。


 なかなか迫力があります。ここで地震でも来たら覚悟を決めるしかないかもしれません。



雪月花に酒

 のぞき込むとこんな感じでした。

 

 地獄覗きとはよく言ったものです。

 

 子供が近くで大泣きしてました。


 まあ、相当恐ろしい場所ですからね。


 鋸山にはまだ、五百羅漢とかあるんですけど、暑さに私は負けてかえりましたとさ。


 まあ、遠く無いので、また、来てみたいですね。


 今度は石仏を中心にみて回りたいと思います。




 


「鳥刺し」


 それは、必死必勝の剣。その秘剣が抜かれる時、遣い手は、半ば死んでいるとされる。






 この映画は、そんな秘剣の遣い手、兼見三左エ門の生き様の物語である。


 


 面白かったです。


 ここからネタバレしますので、ご注意を。









 ただ、何とも重い話でもあります。


 主君が暗愚で、名君の素養ある別家の者は疎まれる。


 周知の事実だが、暗愚であれ主君は主君、なにより、それを望む者までいるのが世の中。


 主人公の三左エ門は、武士である前に、男であり、良き夫であった。


 妾の藩政への介入などに不満があっても口にせず、病弱の妻のために寡黙に仕事をする。そんな男だった。


 そんな男が、その妻を亡くすと、武士の死に場所として、藩政に介入する女怪に手をかける。


 


 しかし、望んだ死に場所を得られずに、生きながらえる事になる。


 それは政治的な駆け引きの結果であった。中老が道具としての使い道を見いだしていた。


 愚直に民を思い藩政を憂う別家を疎ましく思う主君であったが、相手は直心流の遣い手、そこで天心独名流の遣い手である三左エ門が必要だったのだ。




 三左エ門は自分の行いを振り返りつつ、亡き妻の姪である里尾の献身的な世話を受けながら三年間、隠居同然の生活を送るのだった。


 そんな時、新たに殿の警護の任務を仰せつかる。


 それは、別家が殿の隠居を迫るようならば、切れという事だった。


 三左エ門は、主命に従う覚悟を決めた時、献身的な里尾の思わぬ告白を受け、里尾と契りを交わしてしまう。


 


 里尾との今後について真剣に考えた三左エ門は、


 必ず迎えに行くので待っていてくれと里尾と約束すると、里尾を里へと下らせるのだった。




 そして、最後の殺陣のシーンへとなるのですが、これが息を呑む迫力です。


 筆舌に尽くし難い迫力です。 


 裏切られた事を知りながらも、刃を返し、本気で手向かいせずにすませようとするが、手傷を負わされ再び刃を返す。それは、待っていてくれる人もとへと帰るための執念だったのでしょう。


 事切れるその瞬間まで、全力で戦い続ける姿は凄惨です。






 そうそう、最初のシーンは能のシーンなんですが、これの演目が「殺生石」なんですよね。


 そして、演目が終わると、藩政に口出ししていた愛妾が殺されるんです。


 なんとも暗示的です。


 そこから、回想シーンをふまえて淡々と物語は進みますが、これが良い感じです。




 そういえば、この物語で気になった事が一つ。


 ずっと慕ってきた相手と、添い遂げた里尾は幸せになのかと言う事。


 帰らぬ思い人を子供と待つ姿が最後に流れるのですが、何とも言えません。


 切ない感じなんですよね。


 若干、男の身勝手さを感じます。


 思われていた事を知って、添い遂げるにしても、死ぬやもしれぬと言う時にというのがね。


 男としては、解らないでも無いのですけど。


 


 好みは別れる所だと思いますが、藤沢周平作品が好きなら見ても良いと思います。




 こう言う映画は、段々減っていくのでしょうかね。若い人には受けないでしょうしね。


 そう思うと寂しい感じもします。