「鳥刺し」


 それは、必死必勝の剣。その秘剣が抜かれる時、遣い手は、半ば死んでいるとされる。






 この映画は、そんな秘剣の遣い手、兼見三左エ門の生き様の物語である。


 


 面白かったです。


 ここからネタバレしますので、ご注意を。









 ただ、何とも重い話でもあります。


 主君が暗愚で、名君の素養ある別家の者は疎まれる。


 周知の事実だが、暗愚であれ主君は主君、なにより、それを望む者までいるのが世の中。


 主人公の三左エ門は、武士である前に、男であり、良き夫であった。


 妾の藩政への介入などに不満があっても口にせず、病弱の妻のために寡黙に仕事をする。そんな男だった。


 そんな男が、その妻を亡くすと、武士の死に場所として、藩政に介入する女怪に手をかける。


 


 しかし、望んだ死に場所を得られずに、生きながらえる事になる。


 それは政治的な駆け引きの結果であった。中老が道具としての使い道を見いだしていた。


 愚直に民を思い藩政を憂う別家を疎ましく思う主君であったが、相手は直心流の遣い手、そこで天心独名流の遣い手である三左エ門が必要だったのだ。




 三左エ門は自分の行いを振り返りつつ、亡き妻の姪である里尾の献身的な世話を受けながら三年間、隠居同然の生活を送るのだった。


 そんな時、新たに殿の警護の任務を仰せつかる。


 それは、別家が殿の隠居を迫るようならば、切れという事だった。


 三左エ門は、主命に従う覚悟を決めた時、献身的な里尾の思わぬ告白を受け、里尾と契りを交わしてしまう。


 


 里尾との今後について真剣に考えた三左エ門は、


 必ず迎えに行くので待っていてくれと里尾と約束すると、里尾を里へと下らせるのだった。




 そして、最後の殺陣のシーンへとなるのですが、これが息を呑む迫力です。


 筆舌に尽くし難い迫力です。 


 裏切られた事を知りながらも、刃を返し、本気で手向かいせずにすませようとするが、手傷を負わされ再び刃を返す。それは、待っていてくれる人もとへと帰るための執念だったのでしょう。


 事切れるその瞬間まで、全力で戦い続ける姿は凄惨です。






 そうそう、最初のシーンは能のシーンなんですが、これの演目が「殺生石」なんですよね。


 そして、演目が終わると、藩政に口出ししていた愛妾が殺されるんです。


 なんとも暗示的です。


 そこから、回想シーンをふまえて淡々と物語は進みますが、これが良い感じです。




 そういえば、この物語で気になった事が一つ。


 ずっと慕ってきた相手と、添い遂げた里尾は幸せになのかと言う事。


 帰らぬ思い人を子供と待つ姿が最後に流れるのですが、何とも言えません。


 切ない感じなんですよね。


 若干、男の身勝手さを感じます。


 思われていた事を知って、添い遂げるにしても、死ぬやもしれぬと言う時にというのがね。


 男としては、解らないでも無いのですけど。


 


 好みは別れる所だと思いますが、藤沢周平作品が好きなら見ても良いと思います。




 こう言う映画は、段々減っていくのでしょうかね。若い人には受けないでしょうしね。


 そう思うと寂しい感じもします。