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うずちゃん押し問悶答(道)場~♪その日暮らし♪~

うずちゃんの例の部屋の別館です。こっちはダークネスで。

私は多分自分の人生のターニングポイントや伏線となる重要なきっかけには気づかない。

 

自分の人生で

 

あれがターニングポイントになったんだ

 

と思ったことは本当に些細なことで

 

あれがターニングポイントだった!

 

と声高に日記やらブログやらに綴ったことあるのですが、今になって思えば恥ずかしいくらいな出来事だったと今日は思った。

 

その時は確かに人生が変わるほどの体験だったような気がしたけれど、どんなに自分の中で感動的な何かだった出わたさ来事であっても、今になってみれば簡単に色あせてしまうような出来事だったような気がする。

 

それでもいくつか印象的な出来事があっても、記憶に残るようなことは、人生で二度と味わいたくないような経験だったり、つらいことだったり、いつか乗り越えるべき課題だったり、そんなことばかりだ。

 

しかし、自分の中でいくつか予知めいたものが働いたことがあった経験があって、それは自分のことではなく、他人のことばかりだったりする。

 

その時は「これはこの人にとっていつか何かの形で伏線回収することになる」なんとなく思ったことが、見事に伏線として回収されていく。

 

ある人Aさんとある人Bさんの出会いの中で、AさんはBさんの人生の大きなあかりとなってくれるのではないか、BさんがAさんのところで一緒に働いている時間が長いほうがいいんぢゃないだろうか、そんなことを思いながら、いつしかAさんとBさんは別々のところで存在するようになる。

 

ところがAさんとBさんが一緒にいた時に、BさんからAさんの琴線に触れる出来事があり、ある時Bさんが諦めずにトライしたことでAさんの後押しがあり、Bさんに光が当たる出来事が起こった。

 

AさんがBさんに一方的に光を当てる、もしくはBさんの中の光を誰かに知らせたわけではなく、AさんとBさんが出会ったときにBさんからAさんのほうへあかりの素になるものが渡されていたのだ。

 

Aさんは特段Bさんを売り込んだりしてはいないのだけれども、Bさんの新しいチャレンジに関わる重要人物との信頼が厚く、その重要人物に

 

書面でBさんを知ることはできない

Bさんと会う機会を一度でいいから持ってください

 

と言ってくれたそうだ。

 

Bさんの万人受けしそうもないほど些細な資質であるけれども、目をそらすことのできない資質をAさんが貴いと考えて、その先へつないでくれたという話を聞いて、私が思った予感と今合致をしたことで私は人生の不思議にぞわぞわした。

 

Bさんについては私はあまり仲良くもないし、昔から関わることで直接的にも間接的にも精神的にも苦労や苦痛を味わい、私の劣等感も刺激するという、敬して遠ざけたい相手でもあった。

 

私には人生でBさんほど

 

これが大事、大好き、誰に迷惑かけるとか誰に苦労をかけるとか全然関係なく、何をおいてもやりたいと思えること

 

みたいなことはなかった。

 

周囲への気遣いとかそういうものすらすっとばすほど打ち込める何かもなかったのだから、それに劣等感を持つことすらおかしいのではと今では思うし、今、そういうものがないのは自分の責任だ。

 

以前はそういう自分に悲しみ、苦しみ、つらい思いがずっと尾を引いてきたけれども、今は本の痛みを伴うだけで、今の状況にいかに誠実に向きあい、何事もなく無事一日を終える平穏を喜ぶことが何よりだと思っている。

 

この平穏は何事にも代えがたい。

 

世の中所詮、好きなことを突き詰めて、つらく苦しい思いをしてもやりたいことをやり続けた人が自分の人生を全うした人と言えるのかもなあと改めて思った。

 

自分が進もうと思った道ならば苦しくてもつらくても、その貫きたいことをやめてしまう苦痛に比べたら耐えられるのだろうと思う。

 

その余波をこうむって嫌な思いした人間もいるんだ!(それは私だ!)という私もいるけれど、だったら、自分も誰かに嫌な思いをさせたくない、とか、やりたくないことなんて捨て去ってやればいいんだ、誰も止めてない、そこに起きる嫌なことを引き受ければいいだけだと思う。

 

それを引き受けてまで自分を投入する何かがないことが本当の問題だ。

 

それを引き受けられない私が迷惑をこうむった!と文句を言う筋合いはないんだなあと思った。

 

Bさんは引き受けて、引き受け続けてきた。

 

私は引き受けなかった。

 

それだけだ。

 

Bさんは引き受けて、引き受けた上でいくつもの幸福を得た。

 

私は引き受けないなりの幸福を得た。

 

それでいいんだろう。

 

そして、この予感とか予知などがとても残念なことに自分に対しては全く働かず、自分ではわからない。

 

私という人生を俯瞰したときに、私がBさんに対しては見えるような人生の不思議なつながりや縁を見て取ることができるのだろうか。

 

Bさんでなくても、私の人生の中で起こった不思議を、あれが伏線だからそのうち幸せな形で回収できるよ、

 

と誰か教えてくれないだろうか。

 

誰かのチャネリングとか誰かのそういうアドバイスはもう受けないつもりで生き始めてから、その途中でも、誰かに私の人生の意味、魂が求めるものを知りたいと何度も思ってきたけれど。

 

人生の不思議にぞわぞわして、気持ちがざわざわした1日だった。

去年から家の修繕含めいろいろ家の整理をしているのですが、これが一向に進まない。

 

理由はいくつかあるのですが、ひとつは母の思い出と切り離せなかったり。

 

頑張った自分の姿とつながったりしているからもあるかもしれない。

 

成功体験とも言えない成功体験を引きずるなんて格好悪いんだけども、それも私なのでいいかな。

 

そんな中、去年の二階からの水漏れ以降、台所をひっくり返して荷物を整理している捨てるか残すかの判定中のものを片付ける中、去年亡くなった母の薬が出てきました。

 

もちろん、台所にあったわけではないですよ。

 

亡くなる二週間前くらいに定期通院の病院に行っていたので、残薬があったのです。

 

ほかにもやらなければならないことが沢山あったので先延ばしにしていた残った薬、今日処分しました。

 

外側のパッケージと薬と分けて捨てるのだけれども、結構、小さいので手間がかかる。

 

当時は母の薬の内容と作用をそらでいえるくらい覚えていたけど、たった一年で

 

あれ、これなんだっけ?

 

と思えるくらいすっかり忘れている。

 

こんなにたくさんの薬を飲まないと維持できなかった健康

 

 

もう飲まなくていいことになったこと

 

と、どちらが幸いなんだろう?と思いながら、捨てました。

 

毎日1センチずつでも片付けていこうと思っている本日だったりします。

 

 

あまりにも才能豊かで美貌が秀でていて、何処にも瑕疵がなければ太刀打ちもできないので、ただ、褒めたたえるだけであるけれど、才能も美貌も持っているのに恐ろしく生活能力という意味で低いのに、それが愛されポイントになっているという人が世の中では本当に大切にされている。

 

努力してないとは思わない。

 

きっと、好きなことをして、そのことに関しては努力を努力と思わずにどんどん突き詰めて最終的に楽しめているだけなんだと思う。

 

楽しいと思うことばかりではないとご本人は言うかもしれないけれども、楽しいことを一生懸命するその人にみんな共感応援するんだろうなあと思う。

 

正直、とっても羨ましい(笑)

 

きちんと人生を謳歌して生きることがやっぱり大切なんだろうなと思う。

 

基本、私が間違っているのは親に褒められたことを頑張り続けているということなんだと思う。

 

間違っていたけれども、人に喜ばれてきたのでそれが成功体験となって、社会に出てからも人に喜ばれることというのは親に褒められて頑張り続けていることだったから、それができなくなった途端に社会からは忘れ去られたような気持ちになった。

 

でもそういう気持ちになったことは私のせいでそれで落ち込んでも、社会から忘れ去られたようで寂しいのなら寂しくないようにすればいいだけで、人に喜ばれるようにやればいいだけの話だと思う。

 

実際、愚痴ったときに知人に叱られたりもした。

 

それで、私は世間に褒められても褒められても別に構わないという気持ちになった。

 

それで、相変わらず多分寂しいままで人生を終えていくのかもしれない。

 

それはそれで仕方ないのかもしれないと思う。

 

両親の介護が終われば私の人生の80%くらいの仕事は終わるのだろうなあと思っている。

 

介護の後の人生を自分の人生として生きるためにどうするのか?ということを考えることをさぼっていると言われればそれまでだけれども、そんなことを考える気分にも正直なれない。

 

こんな生活嫌だ!と思ったら、すべて捨てて求めていく先もない。

 

すべてを捨ててまでやりたいと思えることがあれば、人間、多分、そちらへ一も二もなく進んでいくはずである。

 

それがないのがすべての問題だとずっとわかっている。

 

だから、目の前で起こることをひとつずつ死ぬまで片付けていく人生なんだろうなあと思う。

 

それを今は頑張ればいいいんだと思う。

 

まあ、こんなこと考えているんぢゃ、仕方ない。

 

でも、それで自分の命を燃やすのも私の自由だ。

お父さんの介護が始まって約1年半が過ぎて、母の時とは全然違う介護になっている。

 

母のリピートトークが精神的ストレスの最大値だとすると、父の場合は精神的肉体的ストレスが両方やってきている。

 

リピートトークはありませんが、トイレでの失敗、漏れもあるけれども漏れよりも漏らしたとき、困ったことが起きた時に話に来ない。

 

漏れて汚れた衣服をトイレの便器に漬け込んだり、タオルを流したり、トイレが汚れたのを生理用品で掃除してそのまま流してトイレを溢れさせて、二階から一階に水漏れを起こして修繕工事が必要になったり。

 

最近、やっと父の排泄の失敗の処理に私自身、少し慣れてきたけれど、母は排泄については足が悪かったのに本当に失敗がなかった。

 

そのほかに、多分、母とは認知機能の低下の種類が違うのだろうけれども、見えないものが見えるらしく、たまに見えない誰かと特に夜中の寝ぼけた状態でけんかをして、私が駆けつけるということが週に1-2回はある。

 

最初の頃は父の妄想に対して、ついつい怒ってしまっていたのだけれども、父の心の内を考えれば怖い状況にそれで対応してるのだなと考えが至った今は話を合わせて

 

困ったら私を呼ぶんだよ

 

怖い人をやっつけてあげるから

 

と話をした。

 

感情の抑制もきかないところがあって、ほかの薬との兼ね合いもあって起きていることもあるのも含めて漢方を処方してもらい、まったくなくなることはないけれども、大分落ち着いてきて、意味なく私が怒られるという理不尽の頻度が下がっている。

 

それだけでもとても気分が落ち着くが、本当に何もない日なんて一日もない。

 

今日は何事もなく終わった

 

と思う頃には、どっと疲れが出る。

 

そして、次の日は起きて最初のドッキリがトイレの近辺で起こり始める。

 

母の時は、夜中のトイレまでで転ぶ可能性がとても高かったので、夜中のトイレにずっと付き添っていたが、父は多少のふらつきがあるものの、そこは今のところしっかりしているので、部屋を分けて寝ている。

 

母の時、夜中の二時間起きのトイレ付き添いは本当にしんどかったのだと、母が亡くなってから夜中ぐっすり眠れない状態が続いて初めて気づいた。

 

今も二~三時間おきには目が覚めてしまうので、ぐっすり眠るなどというのは夢また夢でいつも何かを気にしながら眠っている。

 

ぐっすり眠れる人がうらやましかったけれど、まあ、自分でその時の、そして、今の状況を選んでいるんだから仕方ないなあと思う。

 

大きな声、大きな音がすれば父のところへ駆けつける。

 

そういうのもぐっすり眠れない要因かもしれないけれど、それも仕方ない。

 

自分が選んでいるんだからということだから。

 

デイケアやショートステイもそのうちもっと父がわからなくなったら考えなくてはならないと思っているけれど、私の体が続く限りは今のままで頑張ろうと思っている。

 

頑張るな!と人からは言われるけれども、具体的に手伝いもしてくれない人の言葉は心には響かない。

 

デイケアやショートステイを利用するとなれば、父の気持ちを無視するわけにはいかないし、そのことで何度もけんかになった。

 

そのうえ、いつもコロナやインフルエンザを出先でもらった場合、それが最後になるとしたら今はその状況は受け入れられない。

 

母が脳梗塞を起こしたときに、たった1週間の間であったけれども、付き添うこともできず、たった10分の面会時間だけで寂しく一人で最後の時間を過ごさせてしまったことだって、ずっと心に深い重石のようになっている。

 

その怖さと悲しさとを今もし同じようにと言われても耐えられない。

 

そして、機嫌をそこねた父と毎日の生活をするのは結局

 

 

なのだ。

 

その状況を続ける不快さと、今のストレスフルな生活とどっちを選ぶのかといえば、今の状況のほうが父の不機嫌と付き合うより、ずっと我慢ができる。

 

そんなことなのだ。

 

もし、生まれてくる前に人生の青写真を全部決めてきたとしたら、魂は私に感情の起伏をどんな状況でもフラットに受け入れるようになりますようにと思って、この人生を設計したのかな?と思い、思いのほか地味につらい人生だなとよく思う。

 

状況は良いも悪いもなく、それを良い悪い思うのはここにいる私だけれども、どうして、こんなことをさせるんだと本当に腹立たしく思うことがよくある。

 

一つ一つに一喜一憂するたびに、こんな感情をもち、くたびれ果てて終わる人生かもとついつい考えて、ため息しか出ないときもある。

 

因果応報だとしても、今生きている私がもっと軽やかで生きられたらいいのに、と、毎日思う。

最近、精神状態の問題もあるけれども

 

何も起こっていないのに

 

すごく不安になる。

 

こういうときはぼのぼのの精神になっているのだと思う。

 

 

 

もう何巻も出てるみたい。

 

何巻だったか忘れたけれども、

 

ぼのぼのは、ぼのぼのが貝を全部食べてしまい、後で食べたいときに困ると考えていたことに対して、アライグマくんは不思議そうに一言。

 

「後でこまるんだったら 後でこまればいいじゃねえか」

そうなのよ、私は今困ってないのに、ずっと困っている。
 
自分の中に確かにあるばずの生きていくためのrice workをするための能力が見つけられないからすごく不安になっている。
 
やればなんでもやれるけど、もう、なんでもいいって言えない自分がいる。
 
PC使った仕事なんてよほど単純で考える作業がないようなこと以外はやりたくないし、目だってあんまりよくないからPCを何時間も見つめるような仕事だってしたくない。
 
大地を耕すような仕事もいいなと思っても、そのための責任を負うような立場にもなりたくない。
 
そんな状態なのに、これから先どうやって生きていくのか。
 
誰かとともに家族を作る能力もないのに
 
さて、そんな不安とともにずっといる私はどうなるんだろうか、って絶望的な気分であるけれども、それでも明日はまたやってきて父の生活の面倒をみるわけです。
 
程よいところで母が迎えに来てくれないかと本気でどっか思っている私
 
母はそんな私を迎えに来ることはないけどね。