
里曳きをひかえた、今日の御柱の姿です。場所は、木落し坂より少し下った、注連掛という場所。横たわっている雄姿を見ると、つくづく、巨大! しかも、皮をはがれた白い肌が美しいです。ここで注意しなければいけないのは、いつもなら、山出し、木落しを経てここにある御柱は、もっと傷ついているはずなのですね。それが今回は、ここまではトレーラーでの運送ですから、ほとんど無傷です。傷だらけの御柱、という所に注目した方がいまして、長距離を引きずられた御柱の裏側は、傷だらけだ、神の宿る巨木を、こんなに痛めつけるのはオカシイのではないか?と、疑問を提出して後、この論者はだから、御柱というのは、ある種の生贄的な祭りであろうと、話を進めます。
いやいや、痛めつけられたからと言って、神ではないとは限りますまい。例えばオオクニヌシノミコトなどは、兄神たちにイジメラレて、一旦は死んでしまっている、女神に助けられて復活するのですが、こういうのを、通過儀礼というのでしょう。少年が大人になるために、通らなければならない困難な関門。御柱も、山から切り出され、引きずられ、坂から落とされて、ボロボロの状態を経て、立派な建御柱になる、ということではないでしょうか?
さて、建御柱、という言葉にたどり着きました。この言葉、この地方では、エッチなシークエンスの時に使われるような気がするのですが、
例
「今夜は彼女と、ベッドで、建御柱(タテオンバシラ)かい?」
どうでしょうか?
続く