タイトルをひらがなで(もりや)としたのは、画像のグーグルマップで分かるかと思いますが、諏訪湖の周りには、もりや神社というのは、いくつもあります。南の守屋神社は、伊那市に入っているわけですが、諏訪圏内でしょう。里宮と奥宮がありまして、奥宮は守屋山の山頂にあります。この守屋神社、里宮と奥宮と、洩矢神社が、一直線に並んでいるような気がして、余計な直線で結んでみました。このような小さな地図では、ほとんど一直線、例の、レイラインというやつを作っているように見えますが、もっときちんとみると、やや、ズレている。守屋神社里宮と、洩矢神社を直線で結ぶと、その中間には守屋山中嶽の頂上がのっかります。だから何なのか、と言われても、今の所は、単なる偶然だろうか、位にしか言えませんが。守屋山というのは、公式には、諏訪大社側は否定していますが、諏訪大社の神体山だと、研究者の間では言われている山です。守屋山をめぐって、洩矢神社と守屋神社が、何やらレイライン的に結びついているというのは、何か、あるのでしょうか?
 もう一つの守矢神社というのは、茅野にあるのですが、洩矢神社の真東にあるような気が。何か、この三社で諏訪湖を囲い込んでいるような感じも、しませんか?
 ま、そこは置いときます。伊那の守屋神社ですが、ここは、正式名称を物部守屋神社と言って、歴史上名高い、物部守屋を祀っているというのです。丁未の乱(ていびのらん)で、崇仏派の大臣、蘇我馬子、聖徳太子連合軍と闘って敗れて滅んだ、神道派のトップ、大連、物部守屋が、何故、こんな諏訪湖の近くの山奥に祀られているのでしょう?
 
 続く