諏訪地方最大のイベント、御柱祭、里曳きが近づいてまいりました。そこで、私がかねてから思っている、御柱とはなにか、に関する独断妄想を発表したく思うわけです。
 御柱とはなにか?その祭りの、あの柱の意味は、という点には、様々な説が、20以上あるそうで、私もチラホラと読みかじって見たものの、確かにこれが定説!というものは、ないかな?という感じです。結界説、四天王説、とかが代表的な説なのですが、御柱というのは、どこもみな、一の柱から4の柱まで、高さと太さが違っている、そこの説明が、何かどの説でも弱いような気がするわけです。結界だとか、社殿建て替えの代りだとか言うなら、4本同じ高さでいいではないですか。そこに差があるために、くじ引きで引く柱が決まる上社の方は、いろんなトラブルも起きるらしいし。
 御柱の高さは、5尺落ちといって、150センチくらいずつ、低くなる、これを、昔の人の身長の暗喩として、人ひとり分の差が人柱(人身御供)を表しているのだという説をぶち上げて、話題になった本がありますが、それも、ミステリアスで面白い説ではありますが、もっとポジティブに考えたい、そこで私は逆に考えたいのですね。御柱は、4の柱から1の柱に向かって、人一人分の成長を表しているのだ、と。つまり、4.3.2.1.発射!のカウントダウンを表現しているのであろう、と。
 で、発射というとロケットを連想してしまいます。頭を三角錐の形に整えられた御柱は、ロケットに、みえなくもない………。そういう説を、小説の中で唱えている作家の方もいるのですが、ま、そこは、置いといて、
 ここから先は、かなり、神事である御柱を語るには、不敬極まる内容となりますので、私にも、バチが当たる覚悟が、いりますので。

 続く