ハロウィン23日秋分の日、本行寺に過去帳もってお彼岸参り。その足で東山のお墓参りしてきました。春秋に彼岸の中日がある。この日にこの世からあの世の仏さんを呼んで、供養する慣わしがこの行事と心得る。お寺には檀家さん100人強が参拝。こ一時間5人の僧侶がお経を唱えるセレモニーを行う間、オイラも久しぶりに故人の父則明に、話しかける瞬間を感じたこの日でした。彼の地の「彼岸」は、自分の心の中にあるもので、自分の「心」がけ次第でご先祖に会えた気持ちを実感できる、と良くいわれるものです。o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪普段信仰心はあまりないオイラですが、この日だけでも神聖な気持ちで、彼岸の先祖にあい供養してやりたいものです。(則)


宝石緑星オイラたち代協でスケートの女王で一斉風靡した、橋本聖子さん講演会を10月20日開催。山口県から戻り空港からその足で、市民会館にて仲間とミーティング。初めて全国版講師を呼んでの講演会、市民向けの催しでもあるので盛況に開催できたら良いなあ。パンダ当時の苦労話もふんだんに盛り込んでの講演会になること間違いない。スポーツに打ち込んだ努力が実り、今では成政治家として大活躍。何事も一心不乱、努力すれば、ジャンルが違った世界でも通用できることを実践して成功しているひとりの話と、非常に「お楽しみ」のオイラであります。乞うご期待!

飛行機20日午後1時30分高松空港に着きました。FMPクラブの四国本部委員会に出るため。待ち合わせのKさんが空港食堂で釜揚げうどんを食べた。(オイラは羽田でビーフカレーを食したので)。そうか香川県は「讃岐うどんのメッカ」。お酒会議終了後。讃岐うどんをオイラも食した。県下に800件近くうどん屋があるそうです。ほとんどお昼には、毎日うどんを食べるほどのうどん好きな町のようです。ある調べではうどんを口にする、県民一人当たり1年間に130玉以上とのこと。(これは全国平均の6倍強)ビールお店の入り口に「おでん」が必ずある。「おでん」と「うどん」語呂が似ている。オイラたちは件(くだん)の店を11時過ぎに訪れたが、この日も酔客でいっぱい。うどんとおでんを肴に焼酎飲みながら、酒宴の仕上げをするのが高松の「慣わし」と心得たオイラであります。本当に「処変われば品変わる」を体感した一晩でありました。ちなみにラーメン屋はほとんどなく、なぜか「味の時計台」ラーメン屋がありました。オイラはカレーうどんを食べましたが、函館の普通のうどんの味にしか感じませんでした。四国には念願の初上陸の思い出の初日になりましたよ。21日は松山とホバークラフトで広島経由の山口県入りでした。30度の気温に汗だくでした。(このページは22日付けのブログの続編です)

おにぎり21日松山港から新幹線で広島経由で新山口駅に入りました。やはり気温は30度熱いなー。ユニクロの柳井社長は小郡市出身地である。生家の「小郡商事」は営業している分けでなく

シャッターが下りていました。テレビ深夜「焼き鳥屋」に入ったら、最初にキャベツが出てきた。ほとんどの焼き鳥屋さんは同じパターンという。とにかく驚いた。地元の人々はキャベツ、バリバリ食いながら「飲む酒」が最高みたいです。珍しい食べ物との出会いが、旅先ではうまくなったうだい・

モグラ20日羽田経由で高松空港に降りた。FMクラブ委員会出席のためです。初めての四国。まだ30度の気温は北海道の真夏以上です。夜腹ごなしに「讃岐うどん」のお店に。オイラはカレーうどんを食べた。この町には実に800件の「うどんショップ」があり、ほとんどお昼の食事は行列できるほどの「うどん」メニューだそうです。だいたい地元の人はうどん昼食が多いという。耳店の入り口には必ず「おでんなべ」がおかれており、うどんとおでんを食べるのが定番とのこと。うどん以外名物の特色は見当たらない気がしました。「郷においては郷に従え」かな。

(=⌒▽⌒=)17日何十年振りに孫と連れ立ってサーカスに興奮しました。連休さなかとあって1567人のテント小屋も超満員。昔八幡さんのお祭りといえば、サーカスとお化けやしきと、ロクロ首の見世物小屋が定番だった。UFO1時間並んで、いよいお本番。お決まりのピエロが愛嬌を振りまきオープニング。最後の空中ブランコを目隠ししながら、空中ドッキングする様は失敗したら落ちるだけのスリリングなクライマックス。狭い地球儀の中で、3台のオートバイ曲芸は、うなる「爆音」に吸い込まれて、危険いっぱいながら、見事なドライビングテクニックを見せまくってくれた。おやしらずチンパンジー、犬、馬が愛嬌いっぱいの動物芸は子供たちからのやんやの喝采を浴びる。定番綱渡りもどきどき、ハラハラバランス感覚に「よーさすがプロ」と掛け声かけたくなる心境。ダウン今はキグレ「ニュー」サーカスとバージョンアップして、函館港町で1ヶ月公演が続くそうです。ベルプレイヤー22人に補助要員含めて総勢、多分40数人の団員を維持するのは困難極めることは想像に難くない。子供たちに夢と興奮の「渦」を巻き起こす、マジックイベントである、サーカス。大人のオイラも久しぶり、にあの日の「夢と興奮」に浸れました。流れ星何十年経っても、楽しいエキサイティングな経験は忘れないものですぞ!

ドキドキキスコスモスオイラにとって久方ぶりの土休日です。朝から散髪に行って、きれいきれいさっぱりヘアーになりました。朝シャンやってドライヤーセットしても、まとまりつかない髪の毛になれば「うっとーしい」気分。このタイミングが散髪するそのときなのであるのだな、思えば。パンダ店のマスターが、44年間も腐れ縁の、雄司と話し込むお楽しみも兼ねての行事なので、これ好日かな気分。そのあと気になっていた「レジェンド」のダスターボックスをオートバックスで調達(純正部品で用意されていないので)。ねこへびそのあとオイラの空き時間利用の定番である、(栄光堂)本屋に行って衝動「読み漁り」を、およそ小一時間。新刊本コーナーは、阿部晋三次期総裁候補の「美しい国日本」はじめ晋ちゃん執筆本がズラリ。そういえば隣に小沢一郎の本もあったなー。ジャンルを問わずチョイ「読み」するのがノリオ的方法。テレビパソコン五木寛之&稲盛和夫の対談集と、斉藤茂太の毎度おなじみ「逃げたくなるときの防止策」精神論など、大体目にする作家は半分以上決まっている。名付け親の堺屋太一の「10年後の団塊世代?」はじめ、団塊世代をターゲットした特集本や、リタイアー後の移住先紹介ブックなど、「団塊世代」コーナーができていたのには驚きはしなかった。もっとど派手に、あふれんばかりのブックコーナーがあると思いきや。期待外れでした。ヤフー検索すれば「団塊世代」カテゴリーが満載されております。一考アレー。(則)

。゚(T^T)゚。9月6日享年59歳。10月60歳還暦を目前にご逝去。人生80年の時代の中、あまりにも若過ぎる死である。10年前に同業者の協会の重鎮として、活動の陣頭指揮を執っていただきました。特にチャリティーパーティーなど、イベントの名幹事でした。(T▽T;)ご子息の話では糖尿と腎臓病による人工透析をを受けており、長年「病魔」との闘いのようでした。酒も、遊び全般一緒に行動する機会もたまさかありました。今、オイラは思い出の数々が、走馬灯のように浮かんできます。今年1月札幌の憲明さんも60歳で他界しました。オイラと3、4つ違いの団塊世代の、しかも仕事で一世風靡した先輩方です。キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!一時「企業戦士」の言葉で働き蜂の代名詞であった団塊世代。まさに壮絶な戦いを全うした「戦士」ソルジャーボーイのご冥福を祈って止まない。合掌。o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪ご両人とものんベーオヤジゆえ、ささげる歌「酒よ♪」

ビール飲みすぎで昨晩の出来事をきれいさっぱり、記憶喪失する事がある。これ称して「前後不覚」のたとえといえる。最近仕事で、ある事務職員が、上司や同僚との言葉のやり取りで「気分悪い」から職場をやめたという、話しを聞いた。その人いわく、その一件がなければ職場環境も他の職員も「超いい気分」なので、時々刻々、時が経つに連れて「やめた事を後悔している」と告白。ヘッドフォン我慢できずに職場をやめた事も、それこそ「前後不覚」の心理状態といえよう。相手を思いやる気持ちがあれば「前後不覚」にならずにすんだかもしれないので、「おだやかな」気持ちで日々生きていきましょう。あしオイラにも言い聞かせているつもりです。人間苦しく生きるも、楽しく生きるも「一生」に変わりない。どうせ生きるなら楽しくなるような、思いで生きる「生き様」を遂げたいものですな。
車酒酔い運転による死傷事故が頻発している。アルコールを口にした以上、絶対ハンドルを握ってはならないのはもちろん。それが泥酔状態まで飲み続けた挙句、運転した結果歩行者をはねたり、追突事故で死亡させた事故は、重過失もしくは故意に匹敵する凶悪犯罪といえよう。バス中にはプロのトラックドライバーや、タクシードライバー(あるテレビのインタビューで飲酒運転を認めたの視聴した)が起こした場合もあり、被害者の立場からは普通の刑事事件と同じ扱いで「厳罰」に処してもらいたいという要望に応えた判決を出すべきだと思います。バスここ7,8年ようやく交通事故の死者が1万人を割り、交通戦争の「汚名」を払拭できた昨今。「酒酔い運転事故」は、今新たな病巣としてクローズアップされて来た事に対して、保険思想普及者の一人として、憤まんやるかたない。飲むなら「乗るな!」よな。タクシーで帰りなさい。ケチるなタクシー代。事故の代償は取り返しがつかない。