雑学シリーズ | umebociのブログ

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雑学シリーズ

 

クリスマスツリーの始まり

火を灯したローソクを飾ることを思い付いたのは16世紀の

マルテインルターである冬の夜、説教を考えながら

ふと空を見上げると常緑樹を通してきらめく星の美しさに

心打たれその美しさを再現して見せようと屋内に

木を立てローソクを括り付けた

 

クリスマスはギリシャ語からきた言葉だと承知していたが

ギリシャ語に詳しくないのちのキリスト教徒たちは

意味を曖昧にする異教徒の隠語だと思い込み

その後何年もキリスト教徒から認められなかった

 

植物はお互いに

連絡を取り合う

植物は危険を察知すると直ぐ仲間の植物に情報を送り

防御態勢を作る例えばプラタナスの葉に害虫がつくと

葉は石炭酸やタンニンなどの物質を作り始め

 

葉に毒性が生じ害虫はそれ以上食べれなくなる

こういった行動は周辺の木悖るようになる

仮説としてボラタイルという揮発性の物質を

発散させてコミニケーションしているという説がある

 

なぜ日本の

地名は2文字が多い

北海度央、神奈川、和歌山、鹿児島を除けば他は

全て2文字であるこれは今から1300年「和同」年間に

「地名は2字にせよ」という命令が国から出されたその

 

根拠は長い地名では行政上支障が出るからだと思われる

それなら1文字にしたと思うが数にも表現にも限りがある

それで漢字2文字になったといわれている

 

東京地検はJHQが作った

GHQは戦中戦前の書物「日本人精神」「欧米のアジア侵略」

に関する7000冊を余りを発禁処分にした隠匿物資を

 

摘発するためにGHQの命令で東京地検特捜部が出来た

公安調査庁の前身も占領軍の命令で軍国主義者、

 

超国家主義者の公職追放の審査をすることに成った

検察も警察も元々占領政策遂行の手先だった

 

日本的経営者「松下幸之助」

1890~1989年

 

大正7年、大阪の大開町で「松下電器店」の看板を掲げ

大震災、大恐慌、台風災害と危機の連続だった

 

関東大震災ー大正12年9月1日発発生

死者行方不明は10万人を超え東京の3分の2は炎上した

 

営業で上京していた妻の弟で後のに三洋電機の創始者の

井植歳男が命からがら帰阪すると涙を流して幸之助は喜んだ

復興し始めた東京では極端な品不足で電気製品は

 

数倍の高値となっていたが未曽有の大震災の為

売掛金は半分、納める製品は震災前と同じにするという条件で

井植は再び 上京したこの条件に得意先は驚き喜んだ

 

室戸台風直撃昭和9年9月21日

風速0メートル死者行方不明3千人家屋被害47万5千戸

観測史上超最大の大型台風大が大阪を直撃した

 

折しも松下電器は従業員1800人「門真村」に2万坪の土地を

買い次々と工場を完成させていた

台風が通過した後の工場の残骸に工場長は言葉を失った

そこへ幸之助が

「工場長、従業員は大事無いか?」

「工場はまた立てたらエエ

人間さえ無事やったら

 

工場の被害など目もくれず引き返し幹部を集め

「松下も苦しいがあの防風雨で

大事なお得意さんが無事だとは見えん」

「お互い頑張ろうやないか

という意味で見舞金を届けたいのや」

幹部達は見舞金をもって泥の海と化した大阪の街に向かった

 

自ら最大の被害にあいながら従業員を気遣い得意先を励ます

幸之助に従業員は奮い立ち工場の再建は大車輪で進んだ

 

世界大恐慌ー昭和10年10月24日

世界大恐慌が日本経済を直撃した人員整理の嵐が吹き荒れ

巷には失業者があふれ12月半ばには「松下」の売り上げが

ピッタリ止まり工場出荷もなくなった

 

連日生産される製品で工場の土間は一気に積み上げられ

幸之助は思案に暮れたが肝を据ってみると打開策が閃いた

 

「明日から工場は半日にして生産を半減

しかし従業員の日給は全額支給する

その代わり社員はスットク販売に全力を尽くす事」

 

「長い目ェで見れば損失は

一時的で大した問題やないそれよりも

仕事になじんだ従業員を解雇して

松下の信用にひびが入るのが辛いのや」

翌日、首切りかと覚悟していた工員や社員が大喜びした

 

そうした心意気もあって2か月後には

在庫の山はなくなり待機していた工員達も操業を開始した」

 

この力を合わせ危機を乗り越え成長せる日本型経営は

 

1999年日産再生のためにゴーンが2万人解雇、系列会社解体

古参の役員一掃したことで完全に破壊されたゴーンの功績は

経営悪化要因の強すぎる労働組合を潰した事だ

経済評論家の渡邊哲也氏によればルノーはフランスの国営企業で

経営効率が悪く日産の黒字で補填していたという

 

日産フランス企業化

渡邊哲也

「ルノーから日産へ43%日産からルノーへ15%出資していて

日産は議決権がありませんルノーにはフランス政府のお金が

 

15%の残っているのでフランスは日産と三菱を完全

経営統合させたいとしていた

日本の経産省は企業間の資本提携まではいいが完全

統合となれば日本の技術を含め全部フランスに飲み込まれ

 

フランス企業になるこれはまかりならんと言っている状況で

ゴーンと日産の西川社長がずっと確執が

続いていて今回の西川社長の告発になったお家騒動」

 

イギリスは日産の生産拠点を持っており

日産が統合されたら

 

その拠点を失うのでそれを阻止したい

アメリカも日産と技術提携がしたい

各国それぞれの思惑が動いたお家騒動だったのか?

 

フランスの植民地主義

丸谷元人(ジャーナリスト)

「日本人が働かないフラス人が如何してあのように

国際的に諸外国に対して力を発揮できるのか?

実はフランスはアフリカ14か国から「植民地税」を

未だにとり続けている1960年ころから

アフリカフラン(CFA)主要国とフランスの間に協定があって

 

この協定を飲めば独立させてやるとして14か国の

アフリカフラン諸国の外貨準備金の85%を自動的に

フランス銀行に預けなければならないある国が自分の預けた

金でインフラ整備したいとなると何と15%しか使えない

 

 

それ以上はフランス銀行からの借入れに成ってしまう

つまりアフリカフランを使わせることでアフリカの

資源を安く自国に供給している今尚フランスは

 

植民地税を取っている

その額は何と年間56兆円!

アフリカの人々が一生懸命働いて稼げば稼ぐ程

フランスを肥えさせ自らを借金漬けにされるのです」

 

もしフランスの思惑通りに成って居たら日産を通じて

日本の富が吸い上げれていただろう

これを見ても企業が経営者と株主のものでは無いのは明らかだ

欧米の成果主義を導入し企業は利益第一主義になって

 

成果が出ない社員を切り捨て社員も愛社精神が無くなり

給料の高い会社があれば簡単に映るようになってしまった

海賊と呼ばれた出光佐三氏

 

戦後、中東の油田は欧米石油メジャーに牛耳られ

高い石油を日本は買わされていた

石油タンカーを拿捕されれば会社がつぶれる

だが一人で石油メジャーに立ち向かいイラクから

 

原油を運び安い価格で提供し日本の復興に貢献した彼ら

日本的経営者を支えたのは

教育勅語ではなかったか

 

シナの脅威、日本を取り巻く

外交問題は外からではなく

実は国民が一丸となって和して協力し

 

 

危機に当たり問題を解決して

成長繁栄していく精神的指針が

 

 

分からなくなったからであろう

もう一度教育勅語の精神を新しい形にして

蘇らせるべきである様に思う。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隠匿物資を摘発するために