"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう? -56ページ目

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

イスラエルの中にいて、生活、歴史、地理、戦争など、解説してもらわないと全く見えないことがたくさんあります。

 

今までは、移動は車で移動し、そしてある場所数箇所だけを、

解説しもらいながら見ただけなので、色々と教えてもらわないと

分からないことがたくさんありました。

今年は、11月以降から雨がだいぶ降って、あちらこちらに水溜りが

できています。

ハマスとは、テロリストです。テロリスト擁護する余地はゼロです。

 

パレスチナという国は、歴史上地上に存在もしたことがないことを

どれだけの人が、知っているのでしょう?

パレスチナ、フィリシテ人、イスラエルの敵の名を、ローマ帝国が

エルサレム、イスラエルに対してつけ、エルサレムの名を変えたこと

殆どの人は知らないのです。

 

ローマ帝国は、紀元135年頃、バル・コクバの乱の後、皇帝ハドリアヌス(その氏族名はアエリウス)治世下でエルサレムをアエリア・

カピトリナと改名したのです。

これは最高神ユピテル・カピトリヌスに献じられ、異教の神殿を備えたローマ植民市として再建されたものであり、ユダヤ的アイデンティティを完全否定し、大きな転換を意味したものでした。

同様に、ローマ帝国は、属州ユダヤをシリア・パレスティナと改名したのです。

これは皇帝ハドリアヌスによる懲罰的措置であり、イスラエルの歴史的な敵である古代フィリスティア人に由来する名称を用いることで、ユダヤ人と土地との結びつきを断ち切ろうとしたものであり、

イスラエルの敵である民族の名を侮辱的に与えたのです。

エルサレムはアエリア・カピトリナと言う名に変えて再建され、

ユダヤ人の立ち入りが禁じられるなど、地域の非ユダヤ化が一層進めらました。

 

歴史の中に事実が覆い隠されて、偽情報が蔓延しているのです。

聖書、神の言葉も同じです。

永遠から完了、完結されている、「新しくされた人」を取り戻された

事実は、宗教の教えで、うまいこと隠されて、ずっと人に罪悪感を与え続けて、偽の自己像に閉じ込める、これがサタンの策略です。

ある人は、新しくされている事実を発見しますが、私が聞いてた教えは、どこまで行っても「あなたはどうしようもない罪人」という

言い方です。どれ程あなたが悪く、そのためにジーザスが十字架にかけられたという言い方です。

 

言葉とは、同じ意味でも、言い方、使う言葉が違うと全く違う印象を与えます。

神は、人を責めてなどいません。ズレに気が付かせることをしても

人を、罪人、罪人など人間が言うような言い方をしていません。

しかも、エデンの園でも分かる通り、神が呼び出しているでしょう。

その声は怖い声ではない、人がどのようにしてズレたか、気が付かせているものです。

一方どこまで行っても、罪を犯し続ける人には、厳しい対峙をされる

それが、イスラエルの諸外国への捕囚でもあるのです。

厳しい訓練。最初からそう言われたでしょう。

神の創造されたデザイン通り、契約に書かれた生き方通りから

外れたら、死、呪いを自分の身に招くと警告されました。

呪いとは、神が人を呪うのではなく、自分が自分の身に災難を招く

行為の事なのです。

神は、アダムとハヴァが罪を犯した時、彼らを呪わず、大地が呪われたと言われました。

宗教の教えは、神の本来の声とは違うことを、伝えています。

これは、今のユダヤ教も同様に同じです。

これは、追って深掘りして書きたい内容です。

一世紀当時には、今のようなユダヤ教など、もちろんカトリックや

キリスト教なども、存在していなかったのです。

神の教えと、宗教=人間の教えが混じったものは、似て非なるものなのです。

 

宗教の教えのせいで、本物の自分を発見できない、本物の自分を生きれない、そして人間が作った教え=宗教という偽物に閉じ込められたままになる、それは宗教の実践をして生きることで、顕著に見えますがそれこそが、神に近づく方法と思わせられているのです。

 

今回、色々なことを、目で見て、体験して、質問する機会がたくさんありました。

空港へ向かう途上、アラブ人が占領している様々な土地があります。

しかも、その土地、賃料を払わないまま、彼らは、横領しているそうです。これから、政府が圧力をかけるそうですが、平気で賃料、

家賃払わない神経、これは普通の常識がある人の生き方ではないと、分かるでしょう。

 

神はイスラエルにイスラエルの国を与えました。

今よりもっともっと広い範囲の地域なのです。

それを、アラブ人が乗っ取り占拠しているのです。

 

ガザ地区には、2005年迄、ユダヤ人が住んでいました。

農地があり、そこで仕事をしていた人を、ハマスが乗っ取り、

追い出したこと、多くの人は知らないままです。

 

世界には、たった3つのニュースソースしかありません。

その3箇所が発信する情報を、他の報道が流しているのです。

イスラエル軍は、ガザ地区の子供を飢えさせ、殺していると、

Youtuberが堂々と発言していますが、全部偽情報を本当だと信じて

発信しているのです。

もちろん、ユダヤ人とて、サタンに魂を売っている人は大勢います。

でも、創造主であるお方は、確実にこの世界を修復し、今のような

破壊に終止符を打つ時がやがて来ます。

 

私は、イエシュアを信じた最初から、聖書に書いてあること違うことを、多くの人がどうしてやっているのか、不思議で不思議でたまりませんでした。

その答えの数々を、2008年以降日々発見する旅路で発見しています。誰でも嘘、偽物はいやではありませんか?

嘘でも偽物でも、なんでも良いと思いますか?

はっきり分かることは、「嘘に騙されている」ということに

気が付かないとならないことです。

偽物を教えられたら、偽物の生き方をして、本物の生き方はできないということなのです。

半分本当、半分嘘の聖書解説を聞いても、そこには真実が塗り替えられ、結局、人間の考える宗教の教えなのです。

それらは、全部要らないものであり、必要なものは全世界を創造された、創造主が語る本物を聞くことです。

それ以外、神が創造された本物の人の生き方など、見つけられないからです。人生賭けて、本当の自分を生きることを再所有、取り戻す

ことをするのに、偽物の教えを聞いていたら、それができないまま

失われたまま、生きてしまうのです。

 

多くの人は、真実を求めている、でもそれがどこにあるか分からない。だから、様々な宗教、霊的体験、クリスチャンでも、目に見える

現象や、体験を追い求めているではないですか。

どこかに、何かがあると思わされ、ずっと探索し続ける。

でも、そこには何もない、人間の宗教の中には真実なんかないからです。人間の作り物の教えを信奉して何の意味があるのでしょう?

 

でも、答えは、神ご自身が神の深いところにある考え、真理、

永遠普遍の真実を、神の声=言葉を通して、人に伝えて、今日も

語っているのに、それを捨てよ!という声は、完全にあの蛇の声

そのものであり、人の命を奪う源であること、聞く耳、見る目がある人には見える世界。でも、それは、見出すのは稀とあるのは、

難しいのではなく、偽物の教えで、神が伝える真実が覆い隠されているから、それが本当の原因です。

 

神は全てを美しく、素晴らしく、高貴、神の性質通りに造られたのに

人が、それを破壊し続け、別物に変形し続けているのです。

でも、破れた外口に立つ、神の壮大なプランの中の、1コマをそれぞれが歴史の中で、担っているのでしょう。

 

申命記30:19 わたしは、きょう、天と地を呼んであなたがたに対する証人とする。わたしは命と死および祝福とのろいをあなたの前に置いた。あなたは命を選ばなければならない。そうすればあなたとあなたの子孫は生きながらえることができるであろう。

 

 

命を選ぶという意味は、すなわち、神が言われる通りを選び、生きる

ということ以外ないのです。

 

Shabbat Shalom

 

雨が降り、大地が緑に覆われている。

 

 

ベン・グリオン空港。出発ロビー。

金曜日は、シャバットが日没に始まるので、公共の交通機関は

午後3時前に止まります。

土曜日は、公共の交通機関は止まっています。

 

 

 

朝は雨だったのが、晴れて来ました。

左が出国、右の通路はよく見えませんが、入国する通路です。

イスラエルに入る時、普通の観光ビザで「働くとか、仕事をする」

などと言ったら、入国できません。

そして、伝道するなど、そんなこと言う場合は、10年間入国禁止になります。

 

テルアビブが見える。

 

 

もうすぐシャバット。日没。

 

アテネ。イスラエルは金曜日は止まるモードが国全体で感じられるのですが、ギリシャは、シャバットでも、街が稼働しています。

満月。神の契約は永遠であり、変わらない。

天の万象、新月を祝う、神の契約は新しく更新され続けることを

神の創造を通して、人に伝えています。