神の教えは、神の創造されたモアデイムと一体です。
モアデイムとは、神が神の子ら、神の者となった、神が聖別された人、花嫁とされた人達全員を呼び出している定めの日。花嫁とは、出エジプト6:7にある言葉
「あなたを取る」とは、法的婚姻契約にある言葉、娶ると言う
意味の言葉が使われているからです。
血筋、国籍に関わらず、神の家に属する全ての人を
神が呼び出している特別な記念日のことです。
出エジプトした異邦人は、240万の中に含まれています。
相当数の異邦人も出エジプトしたのです。この事実から、血筋に
関係なく、神の声、言葉を聞いて、子羊の血の代価を受け取り
神に娶られた人は、異邦人であれ、同じイスラエルという
神の大家族の名字を与えられ、神の大家族の一員になった事実が
書いてあるのです。12部族の中に、異邦人も、イスラエルという民として、加えられた事が書いてあるのが、出エジプト、
民数記、レビ記、申命書なのです。
その神の1つの大家族には、神が定めた特別な日、聖別された日主の日、聖なる集会、祝宴の日があるのです。
「定めた日、アポイントメントの日」がという意味です。
神が定めた日とは、神が人と特別な会見、祝宴をする日を
神が創造の最初から、「時と場所」を設けたのです。
この呼び出し日、記念日、聖なる祝宴の日は、人間が勝手に作り替えても、神が神の子らを呼び出している日は、変わらないのです。
人間が作った記念日は、人間の考え、主張が主体であり、
人が人を呼び出している日です。それらの日は、神が呼び出している日ではない、神が聖別された日ではない、神が祝福し
特別な意味で取り分けている日ではない。人が勝手に作った日。
神が人を呼び出している日は、神が人を招き、神がその日に特別な出会いを約束している日なのです。
この違いを理解する人は、神が伝える真実が見えます。
この違いを、聖書、神の言葉から理解する必要があります。
神が創造されたモアデイムは、イエシュアの業を網羅し、
そして、未来エルサレムから永遠に世界を、神のトラーで統治
する時代が来ることを表している預言的祭りでもあるのです。
全ての祭りは、חַג הָאָסִיף ハグ ハアシフ、収穫祭です。
これらは、神の子ら、種、初穂、成長、そして最後に全ての
作物の収穫を表しているものでもあります。
西洋宗教は、人間の考えを主体として、主張しているのです。
神が伝えている事、言葉、教えを捨て去り、人間が作った、
主張した教え、記念日を神の言葉を退けて、すげ替えました。
思想の土台自体が、人間、皇帝崇拝、人間がトップ、人間が
神になり変わり、権利、主権の座を奪い、勝手に神の座に座り
あれこれ、神が言われていなことを言い続けているのです。
神の言葉を尊重、絶対としない態度、行動こそが、自分が神に
成り代わっていることを、思想、行動で示している証拠です。
なぜなら、神のモアデイムはイエシュアの業そのものを表し
私達が神と共に歩み、やがて神が統治される新世界秩序が
この世界に到来し、天と地が1つになる永遠の時代を表しているものだからです。
デイスペンセーション神学は、ダービー、アイルランド人が
19世紀に編み出した聖書とは異なる思想です。
その時まで、誰も言い出さない空中軽挙でクリスチャンが永遠に天に消える。そして、、イスラエルと異邦人は分裂した群れだと
言いますが、それは、聖書ではない、異端思想です。
1世紀後半以降から、神の教えを塗り替える、言い換える、人間の教えにすげかえることをして来たのが西洋教父、ローマ帝国
なのです。4世紀に人間が作った宗教、それが西洋宗教です。
神は分裂、分断、嘘つき、二枚舌、途中で気が変わる混乱の神ではありません。一貫性のない、無秩序な神ではない。
時代は、2つだけです。悪が支配する時代と、未来永遠に神が
統治され、支配される世界、この2つだけです。
歴史の中に起きる出来事は繰り返されているだけです。
神のされた一連の出来事が、「過越の祭り」で表されています。
秋の祭りは、再臨、そして王の王が全世界を統治される時代を
表すものです。
永遠の中に既に屠られている子羊の血の贖いは完了している、
その事実を地上に実際に来られて証明されたのが、過越の祭りの
日に、イシュアが処刑され、その後初穂の日に復活された
ことで証明されたのです。
一連の出来事は、全て神が創造されたモアデイム、アポイント
メントの日を巡ってなされている事に、注目してください。
これらは、私の場合、いや殆の人は、西洋宗教の教えを聞いて
いれば、全く見逃している、見えない神の伝える教え、
世界なのです。
聖書を読んでいるのに、聖書の中で語られている世界、教え、
神の国の文化、記念日が分からないというのは、本当に不思議な
現象だと捉える必要があります。
聖書に記されているのは、神の言葉なのです。
イエシュアが教えられた、父の教え=トラー=モーセの五書なのです。
イエシュアが教えて、人と共に地上で祝われたのは、
シャバット、新月、春の祭り、1)過越、
2)種無しパン、3)初穂 4)シャヴオート。
秋の祭り、5)ヨムテルア6)大贖罪日7)仮庵の祭りで
あって、西洋宗教の教え、神の教えが廃れたといい、人間が
トップになる構造の宗教と、人が神の教えを破棄して作り替えた教えではない。日曜礼拝、クリスマス、イースターではない。
そんなことは1つも書かれていないのに、未来それらを祝う人は誰もいなくなる。聖書に書かれていないことを教えられ、
祝って、聖書に書かれている本当のこと、イエシュアが教えられたトラーと、そして神が創造された記念日を祝わない。
これを本当に、不思議に思ったほうが良いのです。
なぜ、聖書に書いて無い教えが、浸透しているのか?誰が言い出したのか?人間、西洋教父、ローマ帝国です。
大事なことは、伝統、大多数が継承していることではない。
自分がどう考えるかでもない。
神が何を言われ、教え、何を生きてと教えているのか、
神が伝える真実、生き方、それが何か分からない場合には、
人の教えを尊重し、神が伝えていることを捨てている
神が伝えることを生きてもない、詰まり契約に生きるということを、信じた最初からしていないということさえ、気がついてないということになってしまっているのです。
神が伝える仰せを、厳しい、難しい、人を縛るものだ!と考えるのは、そう教えられてしまっているからです。
厳しいシャバット、祭り??? 王の祝宴に招かれたら、
光栄であり、その日を期待して待ち望むのが正常な意識なのに、
その神が招いている特別な日を、古い律法の祭りだと、悪いもの、警戒すべき古い教え、厳しいものだという意識をばっちり
刷り込まれ続けて、それらが何であるのかも、全く知らないと
言うのが普通です。
家族が、家族の特別な記念日を知らない、祝わないという
異常事態なのです。
神との関係は、契約を土台になされているのです。
夫婦間でも、お互いに決めた事、大事にすること、様々なルール
など共通で理解して、それを守り、お互いを守る、尊重することをする時に、良い関係は育まれます。
一方、相手の言う大事なことを無視し続け、自分が考えたことを
相手が同意しないのに勝手にどんどんやってしまい、それぞれがバラバラな方向を向いて生きるなら、その夫婦、家族は、一体、一致などはありません。
そんなシンプルなことなのに、どうして、神の教えを、神の記念日を悪者、敵対すべきものである意識を刷り込まれたのか?
神を誤解させ、違う神像を刷り込み、神との関係に隙間風
距離、隔たりを作り、本来の関係にとどまらない偶像礼拝と
同じ関係に導くためです。
神は、西洋宗教の教えが唱えるような神ではありません。
神が人に伝えた契約、約束、保証、守り、諸々のことを、
途中で変えない、裏切りません。
そして、神が提示している婚姻契約に忠実に生きる時、
神は大いに報いて下さるのです。
乾いた大地、半年も乾季、雨が降らないイスラエルは、雨が降らなければ、干上がって食物が育ちません。
イコール、飢饉が来るのです。
そして、神の契約に忠実である時、神は雨をもたらし、恵みを
降り注いで下さるのです。
異教の神々に仕える意識ではない。懇願して、アピールして、
必死にお願いお願いと祈り続けて自分の必要、願いを手に入れる、認めてもらう、そんな関係ではないのです。
神が伝える通りに忠実に生きる妻に、夫が大いに報いてくれる
答えてくれる、守ってくれる、そのような関係なのです。
クリスチャンは、イエシュアが再臨されると信じて、そう待望しているのでしょう。空中軽挙で、現実から消える事を待ち望む?
イエシュアが約束のメシアだと気がついていないユダヤ人も
王の王が到来し、エルサレムから世界統治する世界を待っているのです。
クリスチャンだけ、天に消えて永遠に別の場所で統治するというのは、人間の作った偽情報、作り話、創作小説の空想ファンタジー、創作映画のストーリーなのです。今を生きる事に定着させない、現実逃避思想を刷り込んでいるのです。
ユダヤ人と異邦人、どちらが欠けても、神の完全なる家族、
1本の純金が7つに分かれたメ゙ノーラで表されるイスラエルの
神の大家族は、完成しないからです。
嘘が大きければ、大きいほど人を騙せる。
このフレーズは「大きな嘘(巨広の嘘)」と呼ばれるプロパガンダ手法を表しています。
政治やプロパガンダで用いられる心理的・言論的な操作手法の
一つです。あまりにも巨大な嘘をつくことで、
人はそれほど膨大な嘘を捏造する図々しさがあるとは
想像できないため、小さな嘘よりも、途方もなく破天荒な
嘘の方がかえって信じられやすいという考え方です。
アドルフ・ヒトラー: 1925年の宣言書(マニフェスト)
『我が闘争』の中でこの概念を説明し、彼らの精神の原始的な
単純さにおいて、大衆は小さな嘘よりも大きな嘘の被害に遭いやすいと書いています。
ヨーゼフ・ゲッベルス: ナチスのプロパガンダ大臣は
「もしあなたが十分大きな嘘をつき、それを繰り返し続けるならば、人々は最終的にそれを信じるようになるだろう」
という同様の定式化で頻繁に引用されます。
これと同じ事を、西洋教父、ローマ帝国が作った宗教、構造
思想、組織がやってしまったのです。
近年の流行病と同じ。あの毒物のように、人が作り出した流行病で、人の命健康を害する毒物平気をあたかも安全で、人を守るものとしてこんなに多くの人を騙し、抵抗してもやらされた、
それと、人間が作った宗教は同じなのです。
ローマ帝国という権力が、帝国支配、統治、人民の思想を抑制するために作った、混ぜものの教えを混入させて作った、
作ってはならなかった宗教。
死のロットがあるそうですが、すぐには死なない、でも人を確実に破壊するものは、偽物を自分の頭脳、生き方、体に入れることで可能なのです。しかも、免疫システム、体を破壊してしまう。
偽の教えも同じです。真理ではない嘘は、人を不自由縛る。
今、世界中では訴訟が起きているのに、日本では本当にこのような情報は流される事は稀ですが、ネットの世界では、大手メデイアが載せない訴訟問題などは、調べれば出て来ます。
サタンは、破壊するものです。神の創造された世界、人を破壊する、それが目的です。
話が翔んでしまいますが、残念なのは、神が伝える麗しい生き方を人が破壊して、人間ローマの手で作り変えられたものに
乗り換えさせられた事。
そして、クリスチャンが、神の教えが廃れた!という偽情報を
刷り込まれ、律法に戻るな!と、神の言葉を憎むよう教えられ、
反ユダヤ思想を刷り込み続けられているのです。
そうではない、イスラエルをサポートするクリスチャンもいますが、それは、再臨が早く起こるためと、動機が不純と、
ユダヤ人はよく思っていないのです。
なぜ、ヒットラーやルターはそれほどまでに反ユダヤ思想だったのか、知るよしはないですが、世界は反ユダヤ思想です。
日本人には分からない感覚ですが、偏見を刷り込まれたら、
それが大衆に浸透するのです。それは、簡単なのです。
話を元に戻すと、再臨を待望しながら、神が教えた通りに
準備して待たない、再臨をこのように準備して待つと神が
教えた、秋の祭りを祝わない。春の祭りも祝わない。
シャバットを別の日に変えている。
これは、イスラエルの神に属するものではないのです。
それは、油を持たない5人の乙女がやることだと警告されているからです。
油、神の教えが廃れた!と捨てている。その代わりに、ローマ帝国が作った宗教の教え、活動に邁進するから、それが神を愛している証拠だと思うからです。