神が創造主であるから人は神に聞いてそれを生きる | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

この1週間も色々な事がありましたが、無事にシャバットで
止まる日を迎えました。
ヘブライ語で記された聖書に記された事を学ぶ前は、
西洋宗教の教え、思想の世界が語る聖書概念、解釈しか
聞いたことがありませんでした。
 
西洋宗教とは、4世紀に人間、ローマ帝国が作った宗教です。
反ユダヤ思想と反モーセの五書=神の教えを持つ西洋教父達、
ローマ皇帝、教皇、司教が神の言葉、土台を変えて、神の律法が廃れた!という思想を土台とした宗教を作ったのです。
 
クリスチャンは、キリストが昇天されて新しい教えが出現し古い教えは廃れと、
疑いもなく聖書ではないことを教えられて、人の思想を
信じていますが、西洋宗教を作ったのは、ローマ帝国であり
神ではありません!
 
そして、人の教えが混入した土台、砂なので、人が自由自在に
人間の思想を編み出し、その教理を通して、神の言葉を勝手に変え、歪めた聖書解説をしているのです。ある部分は、聖書の真理でも、根本が人間主体主義。
人間が、神の言葉に物申し、意義申し立てし、神の言葉が廃れた!と人が言い続けている事で、「人間主体主義」が証明されている事実なのです。
 
キリストが来られて、初めて新しい教え、キリスト教という
宗教の教え、宗教活動、実践、記念日を、イエシュアが教えられたのではありません。
 
イエシュアが教えられ、解説され、実際に生きてお手本を見せたのは、神の創造された人が生きる性質、父の教え=モーセの五書
はじめの愛と黙示録に、ヨハナンが、エレミヤ2章に書いてある神の婚姻契約、教え、トラーをあれ程慕っていたのに、それを
捨てた事を、短い暗号で記している、シナイ山で与えられた
婚姻契約です。
神の言葉、教えの完全版が、モーセの五書であり、神との関係に
入った人、全てに与えられた法的契約書なのです。
イスラエルは代表として、婚姻契約を与えられ、それを世界の
四隅に正しく生きて、伝える役割を与えられたのです。
その他、家族、弟、妹である異邦人は、生物学的遺伝子に関わらず、同じイスラエルの神の家族になった人は、神が伝える天の
国、家の同じ家訓を生きる!と神が教えているのです。
その契約書は、西洋宗教がやっているような、人間が神の言葉に
付け足し、差し引き、変更など出来ないものであるのです。
 
宗教とは、神の言葉、教えの中に、聖書ではない人の思想、
実践、その他を付け加えたものです。
 
神の創造された世界に人は造られ、置かれた。神の中に造られた場所、エデン、喜び、歓喜という名の園の中に、人は造られて
生きるように置かれたのです。
 
神が創造された事から、人がそれを完結して行くという、神の業に参加することが与えられたのです。
神が創造された、造られた バラという言葉が書かれていますが、これを、人がアサ、作るということが書かれています。
神が創造されたものを、地の表に増え広げて、産めよ、増えよ
地を満たせとある通り、神の創造を増え広げ、繁栄させ、
神の意図する通り管理、治めることを人がするようにされたのです。それが、「礼拝」という言葉で訳されている、本当の意味
なのです。生きる、神の性質通りを、生きること=イエシュア。
 
神が言われる事に、神に創造されたにすぎない人間が一言も
異議申し立て出来ない!という、絶対的な基本中の基本の事実を、西洋宗教、人間が編み出す思想は理解していません。
 
西洋宗教は、神に対する関係にある事実の根本、婚姻契約
神との関係に生きる上での、神が人に伝える教え、生き方を
否定、破壊する思想を堂々と主張し、人に教えながら、
拡散させ続けています。
その間違った思想、概念に全く気がついていない問題があるのです。
 
異邦人は、もれなく全員、イエシュアが教えられた純粋な父の
教え、モーセの五書が、永遠普遍であり変わらず絶対であり
これらが、神の国を治める人達が生きる共通の家訓、教えであるということは教えられていません。よって、生きてもいません。
 
教えられるのは、神の言葉が廃れた、破棄された、十字架で
抹消処分された、異邦人には関係ない教えだ。
神が創造されたモアデイムは、個人個人がどの日に決めても
良いと教えて、そうだと思っているのです。
ローマ帝国が作った日曜礼拝は、その裏にあるのは皇帝崇拝、太陽神の日をキリストの復活と関連付けて、変えたものです。
カトリックは、毎日ミサをします。それは、神のアポイントメントの日、モアデイム、ハギム、シャバットではありません。
日曜日も、シャバットではありません。
毎日、祈ろう、賛美しよう、それはその人がやることであり、
神が人を呼び出しているアポイントメントの日とは、区別される
ものです。
そうすると、聖書ではない思想を教えられていても、聖書ではないと、聖書に書いてもないのに、それが分からないままになっているのです。
 
先ず、神が神の言葉、教えを変えたのではなく、預言で警告された通り、4世紀にローマ帝国、人間が神の言葉、教えと、
神のモアデイムを変えてしまったという事実を、聖書から
歴史の事実から、正しく把握、理解すれば、謎が解けます。ダニエル7:25
なぜ、クリスチャンは聖書に書いてもないこと、イエシュアが
教えた父の教え=トラー=モーセの五書=婚姻契約に記された
神の言葉、教えを否定し、ローマ帝国が作った宗教をやっていると、聖書を読んでも、全く気が付けないのか?
それ程、偽情報が浸透して、洗脳されているからです。
進化論やその他ニセ科学、毒物注射が人の病気を根絶させるという、まやかしを信じるのと同じことです。
大体、人間が神の言葉を、「律法」という不適切な名を付けて、
そして、神の教えは古くて、悪い、人を縛る律法で廃れたという
大嘘を信じる場合、聖書に書いてあることは、正しく理解出来なくなるのです。
 
もしも、私達がイエシュアに、パウロに、使徒たちのような
トラーを書いてある意味通りに正しく教える教師たちに、
トラーを教えられて、生きる事を教えられていたら、神の言葉は廃れたなどという嘘、偽情報など信じるわけなどなかったのです。本物を知ったら、偽物など簡単に見抜けるからです。
イエシュアが昇天されたから、新しい教えと、新しいグループ
教会と言う名前の異邦人クリスチャンが出現したという思想を
捨てて下さい。
聖書には、新しい教えを信奉するクリスチャンという人達は
登場しないからです。
神の家族は、1つだけです。カハール、ケヒラ、ギリシャ語では
エクレシア、神に呼び出され、神の声の応答した人の群れです。
それは、エデンの園から1つだけ!同じ1つの家族に、歴史の
中で、加えられ続けて来た、来る、これらも同じ1つの家族しか
ないのです。その人達は、モーセの五書を生きていた。
聖書に記された聖徒、残りの民は、イエシュアを知っていたのです。なぜ?神の言葉で教えられているからです。
それが、モーセの五書、預言書、諸書に記されているからです。
違いは、未だ見ていない未来に来るイエシュアを信じた。
1世紀当時の人は、実際にイスラエルに住んでいたイエシュアと直接対面し、対面しなくても、噂を聞いて、トラー、預言書に
記されているメシアと認識した。
今は、過去に来られたイエシュアを、メシアと知った。
この違いだけです。
アヴラハムも、未だ見ぬイエシュア、イエシュアが統治する
世界、時代が来ることを知って、楽しみ、喜んだとイエシュアが
言われたでしょう。
西洋哲学思想は、時系列上にしか、ものごとを見ないように
教えますが、神は永遠の中に全て完結しているのです。
サイクル、円です。その中心が神。
どこからでも、神は人にアクセス出来るからです。
そこから、物理的なこの地上の世界を造られた事が
ヘブライ聖書には書いてあるのです。
翻訳では、見えない事が、ヘブライ語にはたくさん散りばめられ
神が語る真理が深く見えるのです。
翻訳では、神が伝える真実が、そのまま伝わらないのです。
それは、翻訳とは、直接に本来の言葉が見えない、
幕、覆い、ベールだからです。
 
太古から語られた同じ、トラー、同じGood News、
ギリシャ語は、エヴァンゲリオン、ヘブライ語はבָּשַׂר バサルです。
良い知らせ、文字通り「朗報(よい知らせ)」、「喜ばしい知らせ」、又は戦場からの勝利の報せ、王が戦争に勝利した、
或は王位に就いたという知らせなどです。
 
唯信じて、それで終わり!ではなく、新しくされた人が取り戻された事実を受けた事、そこから初めて新しい人を生きるスタートが始まるのです。
生まれた後のことを、どう生きるのか?という、神が教えている'教えが語られていないのが宗教の世界です。
代わりに教えられる事は、西洋人が作った教え、宗教活動をすることが、
神を愛する事などと教えられるのが中心だからです。
 
生きることはキリストとは、生きること、神の性質通り、神の
伝える言葉、教えで語られていることを生きることと書いてあるのです。
 
クリスチャンが唯一話題にされる神のアポイントメントの日、
祭りは、3つの祭りの中の二番目、シャヴオートの祭りです。
シャヴオートは、「週(複数)という名のヘブライ語です。
過越から、7週目に来る祭りだからです。
使徒2章で、人類初めて聖霊が与えられた事が起きたと教えられ、
聖霊降臨祭などと、別の名でシャヴオートを呼んでいますが、
そんな名前も、そんな意味もない祭りです。
 
この祭りは、過越の祭りで表されているように、エジプトの王
の手から贖い出され、救い出され、7週後に、シナイ山で
正式にイスラエルという国家が誕生し、異邦人含めて、
そのイスラエルという国家、神の大家族に、神の家に住まう
法的婚姻契約書を与えられたのです。
神のものとされた、娶られた人は、全員もれなく神が提示する
生き方を、神の家、神の国の中でしてくださいと神が伝えている言葉を、無効にするのが、人間、ローマが作った西洋宗教の教えですが、神が何を人に伝え、教えているか、神の言葉
聖書だけを、取らない、信じない場合には、混ぜものの宗教を
信じて、神の家にふさわしくない構造、システム、生き方を
持ち込んでいるのです。
 
過越の祭りから、7週間、7回のシャバットを祝い、
そして7週の49日の次の日が、50日目だから、
第50=ペンテコステというギリシャ語の名が付いています。
 
翻訳ではなく、元のヘブライ語で書かれている意味を先ず
知る必要があります。
そうすると、神が伝える真理の点と点がずっと繋がgて行き、
神が伝える真実の教えの画像が見えて来るからです。
 
神の創造は、全て7日。完了、完結を表しているものです。
第七日目、創造の全てが完了して神が止まられた。
全て7日。そして、7日の種無しパンの祭り。
第七の月の15日、仮庵の祭りの7日間。
そして、シュミタ年の7年目。
そして、シュミタ年の7年を7回繰り返す50年目が、
ヨベルの年。全てのものが、元の所有者に戻るのです。
これは、神の創造された世界、神の民が神の元に最後には
全て戻ることを教えているものだからです。
 
翻訳だけを読み、神の言葉を正しく学ばないなら、深い麗しい
神の性質と、その教えを発掘することは、困難です。
そして、神の言葉、教えは、実際に生きて体験し、学習し、
神と出会い、成長することを神がプランしている、
人生のレッスンプランなのです。
 
異邦人クリスチャンが教えられるような、怒りの神などと言っているのは、神がどんなお方なのか、神が人に伝えていることを、
ヘブライ聖書に記されている内容を、正しく学ばない、
捉えないで、人間の作った添加物満載の宗教の教えを
教えられているからです。
 
ダービーの思想などを、聖書に照らし合わせると、
空想ファンタジーの世界、映画のストーリーの世界のような
ことを考えて、人の思想を語ってしまっていることが、分かります。
神と神の言葉の進化論も聖書には書いてないし、1つの大家族が
分裂して、分裂した場所で永遠に過ごす事など、聖書には
書いてもありません。人の空想、架空、思いつきです。
 
添加物満載の人工食品と、オーガニック、本来の自然なものとは
ダントツな違いがあるのです。
匂いも、味も、舌触りも、全部違う!神の顔も、声音も、全然
違う。宗教の教えは、要らないものです。
宗教とは、人間の思想という添加物満載で、神の本当の顔、
性質をおおい隠しているものなのです。
だから、偽物の宗教の教えで語る、変化する神、神の教え、
言葉を神ご自身が破棄されたなどという大嘘を、ユダヤ人に
伝えているから、本物のイエシュアが見えないのです。
妨害をしているのは、神の言葉を歪めた西洋人の語る
オリンピアローマのジーザスです。
 
神のハギム、3つの祭りは、全て収穫祭です。
シナイ山で婚姻契約を受け取った祭り、シャヴオートも
小麦の収穫際であり、初穂の刈り入れの収穫祭です。
秋の仮庵の祭りは、全ての収穫物を取り入れる、農業の暦の
最後、1年の最後の収穫全部が取り入れられる祭りなのです。
 
初穂の刈り取り、春の祭り、そこから秋の祭りは、全収穫物を
取り入れる。
これらは、神の民にされた人が、再臨の時、仮庵の祭りの時に
全て集められることを、神のハギムで教えているものなのです。
神の創造された記念日は、全て主、イエシュアの業を通して
本物の福音、新しくされた人が成長し、神の家に皆が加えられ
そして、最後に全員が神の家、神の前に集められることを
表しているものなのです。
 
聖霊が使徒2章まで、人の中に住まわないなどと考えているのは、聖書に書かれている記述を正しく理解していないからです。
創世記の最初から、人は神に許され、義とされ、対話して
神と共に生きている人のことが書かれているでしょう。