出エジプト23:14 あなたは年に三度、わたしのために祭を行わなければならない。
23:15 あなたは種入れぬパンの祭を守らなければならない。
わたしが、あなたに命じたように、アビブの月の定めの時に
七日のあいだ、種入れぬパンを食べなければならない。
それはその月にあなたがエジプトから出たからである。
だれも、むなし手でわたしの前に出てはならない。
23:16 また、あなたが畑にまいて獲た物の勤労の初穂をささげる刈入れの祭と、あなたの勤労の実を畑から取り入れる年の終りに、取入れの祭を行わなければならない。
23:17 男子はみな、年に三度、主なる神の前に出なければ
ならない。
ここに書いてある事を、字面だけをすらっと読んでも、
深い事は見えません。では、何が書いてあるのでしょうか?
神が人に伝える、神のために祭りを行うということ、
それがいつなのか、何なのかがトラーには書いてあるのです。
年に3度とは、エルサレムに都上りで行って、神殿でこの祭りを
祝うと書かれています。
今、神殿がありませんが、無くてもエルサレムに行って祝う人が
大勢います。海外からも来るでしょう。
そして17節にある、男子は皆とあります。
それは、家族の代表として上るからです。
家には赤ちゃんや、病人、老人がいる家庭もあるのです。
エルサレムに住んでいれば、神の家まで徒歩で行くのも、
そう無理なことではないですが、遠い場所からくる場合、
一週間以上も徒歩で旅をするのですから、皆が来られないのです。
その場合、家族、親族の長、男性に捧げものを託して、エルサレムに祭りで上ってもらうのです。
都、神の家に上るという絵画的教えは、1つ、唯一、エハッドの神に、1つの大家族が、1つの家に集められる事を表しているものなのです。修復された生き方は、一体、エハッドです。
イスラエルと異邦人は2つ別の群れと主張する、分裂思想を語る
デイスペンセーション神学は、聖書ではありません。
ダービー教です。
これは未来、全世界が、エルサレムに上り、神の祭りを祝う様になるという、ザカリヤ14章の預言と同じです。
国々の王、首相、大統領、リーダーが、神の祭りでエルサレムに
上る。世界首脳会議ではなく、神の祭りで首脳がエルサレムで
祭りを祝う代表として来る様になると預言されているのです。
日本の代表も、その他の国の代表も、イスラエルの神の祭りで
エルサレムに来る様になると預言しているのです。
祭りでエルサレムに来ない国には雨が降らないと書いてあります。
祭りという言葉は、ヘブライ語では、単数で、ハグ、複数で
ハギムという言葉です。
祭りは、都上り、聖地を目指し旅して祭りを祝うものです。
それが、年に゙3度あるのです。
それらは、何と書いてありますか?
<種入れぬパンの祭を守らなければならない。
わたしが、あなたに命じたように、アビブの月の定めの時に
七日のあいだ、種入れぬパンを食べなければならない。>
種入れぬパンとは、種無しパンであり、マッツアというヘブライ語の名の祭りです。
それは、春の時期、第一の月、アヴィブの月の15日から始まる7日間です。過越の祭りというのは、最初の日が過越の晩餐の日です。
その日から7日間、種無しパンを食べる祭りになるのです。
1)過越と種無しパンは、相互に使われる言葉です。
イエシュアが処刑された過越の日は、初日の昼間です。
過越の祭りは、アビブの月の15日。詰まり14日が終わる日没が、15日の始まりであり、その日没から始まる24時間が
過越の祭りです。その日の昼間処刑されたのです。
裁判も経ないままの、違法な処刑だったのです。
そして、次に2)刈り入れの祭りとあります。
これは、シャヴオートの祭りです。過越の祭りから7週後に
来る祭りで、小麦の収穫祭=刈り入れの祭り=シャヴオートの
祭りであり、それをギリシャ語でペンテコステ、第50と訳している祭りなのです。これが二番目の祭りです。
祭りは、全て収穫祭です。
そして、3)取り入れの祭りとあるのが、秋の仮庵の祭りの
7日間、プラス、第8日目の祭りです。
この祭りは、第七の月の15日からです。
これは、一年の終わりの祭りなのです。 全ての収穫が集められる。再臨で神の民、全てが神の元に集められる事を表しているのです。
一年の終わり、イコール、新しい年になるのです。
この新しい年とは、次の農作業が始まる最初だからです。
聖書に書いてませんが、これをイスラエルでは、
ローシュ ハシャナと呼ぶのは、その意味があるからです。
神が創造された定めの時、アポイントメントの日は、
都上りの祭り以外、シャバット、新月、そして、秋は
仮庵の祭りの前のヨムテルア、角笛を吹く日、そして大贖罪日
です。
神が定めたアポイントメントの日は、全てモエッド(単数)
モアデイム(複数)と呼びます。
週の第七日目の日、シャバットもモエッドです。
神のアポイントメントの日、全ての日が、モアデイム。
そして、モアデイムであり、都上りの3度の祭り、1)過越の祭り、2)シャヴオート、そして3)仮庵の祭りの3つが祭り、
ハギムなのです。モアデイムであり、同時にハギムが
3つの祭り、その他は、モアデイム、神のアポイントメントの日
です。
聖書を読んでも、神の呼び出している永遠に祝われるわたしの
記念日と神が人の教えて伝えている事に、何も深く考えない、
気にも止めないのは、ローマ帝国の宗教の教えと、記念日、宗教活動や実践、儀式をやって、神が伝えていることを、知らないからです。
神の教え、神の記念日は古い律法時代のものであり、廃れたという偽情報を教えられて、偽情報を信じているから、聖書に書かれている神の言葉の真実、真理が覆い隠されているのです。
嘘を信じる、毒チンを安全と信じるのと同じです。
神の招いている本物のアポイントメントの日を知らない、
逃しているのです。
そして、神が呼び出してもいない日、人間が思いつきで変えた日を熱心に、後生大事に死守するように教えられているのです。
それが宗教の教えの実態なのです。
人が神になり変わり、龍の声を物申して、人に神に伝える事ではない、人間の教えという嘘、不真実を神の教えと教えているからです。
又は、都合良い言い訳、今は律法が廃れて聖霊時代、何でも良い、いつでも人が決める日が安息日と神が言っている?嘘です。
神が神の子ら全員を集めて、特別な体験、出会いをする聖別された日を設けて下さいました。
これらの祝宴の日にイエシュアを信じる人が来ない、イコール、救いを失うとか、そんな事ではありません。
神が与える祝福を、特別に用意された神と共に喜び体験する、
祝宴を、全て逃している。
もっと地について、自分の生活の中で考えて見れば分かります。
親しい間柄、それは夫婦関係が一番近い関係ですよね。
もし、夫、妻がお互いの言う事、お願いしていることを、
お互いが無視していたら、どういう事になりますか?
冷めた関係に陥り、距離ができるでしょう。
手入れしない植物のように、植木鉢には植わっていても、
枯れてしまうのです。
神の側では、何も変わりません。いつも待っている。
クリスチャンが語る宗教の教えのように、神は契約の中身、
内容を一切変えていません!時代、人種により別の教えや
別の記念日などありません!
神の契約を無視するのは、常に人間の側であり、それが問題なのです。
普通に考えて下さい。例えば自分の誕生日に、家族、親戚、
特に親しい友人皆を招いてパーテイを開く事を考えています。
そして、招待状を送るのです。
親しい知り合いに100通招待状を送りました。
この日、2pmから、我が家で誕生日会をするので、ぜひ来て下さい!
家には、盛大なごちそう、BBQ、特別なワインやお酒、ドリンクも全て用意して、楽しいゲームやその他を考えて準備している。
お掃除して、お料理、BBQの準備全て整い、その日その時間を
迎えるのです。
2時に家に来るお客さんを待っていたら、来たのはたったの
10人だけ。。。どうですか?ショックでしょう。
そういう事を、神に対してしているということに、全く気がついていないのは、本物ではないコピー、偽物を教えられて、
神が招いている日を、知らない、何も深く神の言葉を考えない、又は古くて廃れた律法時代の教え、記念日、又は、ユダヤ人だけやれば良いなどと考えているから、自分が今も神から直接、神の定めた特別な宴会の日に招かれていることを知らないから
全部祝福、恵み、特別な喜びの出会い、体験を
逃している!!!ということを知らないままなのです。
神の言葉、聖書を一体なんだと考えているのか?という
根本的な問題に対する問があるのです。
神が伝えていることを、人間が勝手に作り替えている、
それが西洋宗教の教えなのです。
そして、ある箇所だけを取り出して信じる、つまみ食い、
自分に取って受け入れられる事だけをする、都合の良い信仰なのです。
聖書ではない、神の言葉、教えではないものを、人間の教え
記念日にすげかえて、代替えにして、それが聖書だと、
聖書に書いてもないことを信じている不思議なことを
しているのです。
その事の発端は、西洋教父達、ヘブライのトラーを知らない
パウロのような教師を持たない、西洋哲学思想にどっぷり
浸かった異教徒上がりの異邦人の主張。
その人達は、ユダヤ人が大嫌いなのです。
だから、ユダヤ的な教え、実践、記念日全部禁止!と
ローマ帝国はずっとやって来たのです。
イエシュアがユダヤ人と知らないのか??です。
今もユダヤ人へートは健在です。
信じたらユダヤ人、ユダヤ的なことはやめよ!というのは、
神の教えが廃れたという嘘を信じているからです。
古い教えに戻るのは、恵みを無駄にする生き方だと、
疑いもなく信じているのです。
しかも、イエシュアが教えられた教えは、クリスチャンが言うところの律法そのものなのに、それに気がついてもいないのです。
父の教えとは、モーセの五書です。
婚姻契約書、はじめの愛と黙示録でヨハナンが暗号で書いている
そのものです。
はじめの愛を捨てた、離れた!とは、ヨハナンが警告した
当時の西トルコ周辺の5つのユダヤ人の群れがやったことです。
それは、ローマ帝国の迫害で、偶像礼拝、皇帝崇拝に参加しなければ、社会生活を追放されるから、迎合したのが5つの群れです。そのような迫害がない今現在、異邦人は、最初からはじめの愛を捨てているのです。それは第四の獣、龍の物言いをする、子羊の声とは
違う思想を主張しているからです。
神が創造された神ご自身が、神の聖別された人、人種に関わらず全ての人を呼び出し、未来、イエシュアが戻られたら全世界が
祝う記念日は、レビ記23章に記されているのです。
これが、神の創造された神が人を呼び出して、特別な会見
祝宴をすると教えている記念日の完全版であり、暦です。
今や全部スマホやパソコンですが、以前システム手帳というのが
あり、それに書き込んでいたでしょう。
スマホやパソコンの暦に書き込む違いはあれど、大事な日を
書き込んで居るでしょう。
神が私達に伝えているのです。わたし=神が呼び出している
特別な日があります。それをあなたに伝えます。
「わたしのために祝う記念日の全て」を、あなたのスケジュール表にも書き込んで、ぜひこの日に特別な会見、祝宴をするために
わたしの前に出て来てください。
神はこう言われているのに、人間が作った西洋宗教は、
神のモアデイムを全部捨てたのです。
代わりに、太陽神、異教の神々、女神、皇帝崇拝の日
ローマ帝国市民に馴染みのある日を記念日、祭りとして
作り替えてしまったのです。
これが冒涜でなくて、罪ではなくて、何と言うのでしょうか?
いつ、どんな目的で、どんな会合を開くのも自由です。
しかし、神が招いている日を人が変えて、真実ではない別の日が
神の日、主の日、聖日などと伝えてはならないということが偽証、罪と
理解しないとならないのです。
しかも、神が呼び出している日を全部捨てている!
神のモアデイムを汚している!と神が言われていることを
堂々としているのです。
いや捨てているとは思ってもいません。何も深く神の教えを、
考えてもいないという状態なのです。
それは、古くて廃れた関係ない教えは消えたという意識に
させられて、それが19世紀以上も異邦人の中に浸透しているからです。
そうすると、聞き慣れない名前や、記念日や祭りの方が、聖書、
神の真実、真理、本物なのに、異物、異端に聞こえるという
現象が起きているのです。