仮庵の祭りの7日間 神が伝える本物に戻る | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

仮庵の祭りが25日、金曜日に始まりました。

1週間、連続でシャバット、止まり祝う日ではなく、仮庵の初日と、最後の日を、シャバット、第七日目のシャバットと同じように止まり祝うことをします。

 

仮庵の最初と最後の日以外の日は、ホル ハモエッドと言います。最初と最後は、シャバット、聖別して特別に取り分けられている日であり、その週の真ん中は、普通の日です。

ホルと、コデシュ。普通の日と、神が特別に聖別された日。

 

イスラエルでは祭りのこの期間は、学校は大型連休でお休みで、企業も半日や準休暇のように短縮又はお休みを取る会社が多く

あります。祭りだからです。

イスラエルでは、街中の雰囲気が、祭りで、楽しい季節です。

2014年と2015年に仮庵の祭りをイスラエルでしました。

ヨムキプルと、仮庵の祭りを体験しました。

仮庵の祭りは、仮庵の中で遊んだり、寝泊まりしたり、毎日友人の家の仮庵でパーテイがあります。

BBQもしたりして、毎日が宴会、遊び、本当に楽しい一週間なのです。

未来は、誰も貧しい人はいない。イエシュアが統治される世界は

皆が豊かで、お互いを家に招いて宴会することが出来る世界が

到来する!

それを、厳しい律法時代の面倒くさい祭りは、終了した!という

龍の声を聞いているので、神が特別な出会いを用意して下さる

神が聖別された祝宴の日を、全部捨てて、体験、出会いを逃しているという悲しい現状なのです。

しかも、宝を奪われている事に、全く気がついていない。

神の教えと、神の記念日を捨てること、イコール正義と教えられているからです。

クリスチャンの中で、たまたま何かの理由で、神の祭り、

過越や仮庵を体験しても、この後こう考えるのです。

「自分には関係のないものだから、もうやらない。」

イエシュアが内側に住む人達が、イエシュアが招いている記念日を全部拒絶しているのです。異常事態。夫が招く特別の祝宴の日、しかも秋の祭りは、王の王が到来する祝宴、子羊の婚姻の

祝宴でもあるのに。

その代わり、代替えに人間、ローマ帝国が作った宗教の記念日

それらが本物と教えられ、伝統でクリスチャンが継承し、

祝うからそれらが本物と思うのです。

いや、それら異教ローマ帝国が作った祭りは全世界、異教徒も

祝います。祭りにします。

しかし、神のモアデイムは、婚姻指輪、神との関係に入った人に

与えられた「印」であり、永遠に祝われるわたしの記念日と

神が伝えた意味を理解する人達が、祝っているのです。

 

大衆が信じている事、実践している事と違う事、それが本物で

あるのに、マイノリテイ、少数派、人数が少ない場合には、

真実であることでも、堂々と語れない、ずっと抑え込められ、

黙らされます。

これは何も聖書、信仰に関する事ではなくても、大衆が信じる

例えば、進化論が定着していたら、それは証拠もないダーウインが言い出した仮説に過ぎない偽情報なのに、それは嘘、創造された事が事実であることを、黙らせられる、言えない環境、

雰囲気があるのと同じ事なのです。

ニセ科学の嘘は他にもっとあります。神の創造に反する性質を

語る嘘。その嘘のおかげで、政府からたくさんの税金から出る

助援金を受けられるからです。

例の毒物も同じでしょう。人を破壊する目的で作られたものなのに、それを知らない人は、上の言う事を、そのまま信じて

6,7,8,9回、今もやる?これは日本人だけです。

 

ユダヤ人の残りの民、イエシュアを信じる人のことが、語られ

なくなったのは、ローマ帝国下で、人間が作り替えた宗教の教えを生きないユダヤ人達が、世界の四隅に散って、黙ったからです。その理由は2つあります。

同胞からの迫害と、異邦人からの迫害です。

使徒以降、そしてパウロが仲間からむち打ちの処罰を受けた記録からも分かる通り、イエシュアをメシアと信じる、預言通りに

来られたメシアなのに、ローマ帝国に処刑されるとは、

王の王、ローマ帝国の不当な支配、弾圧から救出して下さるのが、本物のメシアだと信じていた人達は、イエシュアをメシアと

認めなかったのです。

詰まり、同じ神の言葉を読んでいても、それぞれに理解が違うという事が分かると思います。

神の言葉は、そのままであり、完全です。

人から何か、真実を知る事を隠して居ることはありません。

Progressive revelation(プログレッシヴ・レヴェレーション/

漸進的(ぜんしんてき)啓示という思想がキリスト教やバハイ教にはありますが、神の言葉の奥義は、その言葉の中に既にあり、完全であり、神が人に真理を隠している事などありません。

もちろん、人に理解不可能なことは、神ははじめから人に伝えていません。人は神ではないからです。

知るべき事は全て、伝えている。

個人個人がそれを理解するか、しないか、深い理解に進んで行くか、行かないか、それは、神の言葉を正しく学び、生きる事を

する場合に可能なのです。

未来に起きる出来事は、その時になれば分かります。

 神は個人の人生と同じく、なになにがいつどこで起きるという

人の宿命の詳細は教えません。

あなたの齢、詰まり、日は数えられているということが、分かる

だけです。

神の教えは、それだけで完全で、神の言葉を理解する人の

理解が深く進むか、進まないかなのです。

今の方がよっぽど、古代の人達より、神の教えから、大幅に

遠く遠く遠く離れているのです。

神の教えを捨てている、廃れた!という砂=偽情報を土台とした

結末、代償なのです。

マタイ以降から突然聖書を読んでみても、モーセの五書、預言書、諸書の何を話しているのか、そこからは全く見えませんし、

繋がりも見る事は、出来ません。

なぜなら、最初の部分を知らないからです。

マタイ以降に書いてある事は、トラーの短い要約、引用、

トラーの解説の預言書、諸書の短い注解に過ぎないからです。

 

詰まり、本の最後の後書きだけを読んでも、その書の本編、

完全版を書いてある言語の意味通りに知らないなら、分からないということと同じなのです。

しかも、出エジプト、レビ記、民数記、申命書に書かれている事は、創世記のある事柄、ナレーションに対しての教えが書かれているのです。

その意味は、神の教えは、その裏には、必ずそれに該当している

出来事があって、解説されているから、それが分からないと

何を神が言っているのか、何の状況が存在してそのような教えを人に伝えているのかが見えないままになるのです。

 

話を元に戻すと、ユダヤ人は、そのような同胞からの迫害と、

そして、ローマ帝国、異邦人からの迫害両方に挟まれていたのです。常にそれが続いているのです。

異邦人からの迫害は、今もずっと続いているから分かると思います。反ユダヤ思想、ユダヤ人という血筋を根拠に、どれ程不当に

殺害されてきたのか、歴史を知れば分かると思います。

アメリカやオーストラリア、又はヨーロッパでも、ユダヤ人で

あるだけで、家や車を壊されたり、友人などは、暴力を振るわれたり、恐ろしい目に何度も遭ってきた体験を話してくれます。

ユダヤ人は、親族の中に必ずホロコーストを体験した人がいます。ホロコーストから生き延びたユダヤ人が、今存在するユダヤ人だからです。

そして、異邦人クリスチャンからのもう一つの迫害は、ローマ

カトリックが神の教える契約に根付いた生き方を捨てさせ、

そして、ローマが作り替えた教え、偶像礼拝、人間が編み出した聖書にない、人間創作の記念日を代わりに作って、それが

キリストの日主の日、聖日だとし、それらを祝うようにしたのです。金の子牛と同じ。異邦人は、5つのユダヤ人の群れと同様

ローマ帝国が作った教え、神の教えを捨てる事に同調したのです。

出エジプト32:8彼らは早くもわたしが命じた道を離れ、

自分のために鋳物の子牛を造り、これを拝み、これに犠牲を

ささげて、『イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から

導きのぼったあなたの神である』と言っている」。

ヤラべアムの罪とある、同じように神の言葉、祭りを曲げた事が

記されています。1列王記12:26−33

地上から、使徒たちがローマ帝国に処刑され去った後、早くも

西洋教父、グレコローマ哲学思想、プラトン思想に頭脳を占拠されているような人達が、「クリスチャンは、第7日目の安息日

シャバットではなく、日曜日を尊重せよ!」と神ではない唯の

人間が、神に成り代わり、神に敵対して、このように普通の人を神の教えとは違う道へ導いたのです。

これが、金の子牛と同じ性質、人間の考え=偶像を作り出し、

自分の考えを主張し、神の教えを捨てさせ、神の教えをないが

しろにさせ、神の言葉、教えから意識をそらせることをする

敵のプランにまんまと引っかかって来たのです。

しかも、神の教えを捨てさせ、神のモアデイムを捨てさせた!

これは、1世紀のローマ帝国の手口と同じです。神の教えを捨てさせ、異教の神々、女神の祭りを祝い、祭りで行われる不品行に参加し、けがれた動物、豚などを祭壇に捧げ、儀式、祭りでそれらを異教徒と共に食して、祭りを祝う事をさせた。

皇帝、人間を神、皇帝がローマの救い主と宣言し、神の子と

ローマの宮殿、異教の神々の神殿に立って皇帝が宣言したのです。反キリストをエルサレムの神殿に探しても無駄です。

そこに、反キリストは立たない。自分が神とする宮廷、神殿で

既に神になっているからです。神に敵対する思想、神の教えから

離れさせる組織、構造、教え、それに警戒しないとならないのです。

そんな偽物に同化、迎合、同調、シンクロなど出来ないユダヤ人は殺されたのです。これが、黙示録に書かれている当時のローマ

帝国下での偶像礼拝の強制同調させられる中に生きた、7つの

ユダヤ人のイエシュア信者に書かれた警告、苦言、矯正、励まし

なのです。

5つの群れ、5=契約、トラーを捨てて、ローマの異教の神々

皇帝崇拝に交わった群れには、励ましと共に警告、叱責が与えられ、たった2つの群れ、フィラデルフィアと、スミルナは、

このような環境の中で、神の契約、トラーを捨てなかった群れであり、励ましと称賛だけが与えられたのです。

2は、契約の板を表すものです。詰まり法的婚姻契約書です。

今や異邦人は、5つの群れ、神の契約を捨てているのです。

油を持たないまま、眠っている。

古い教えは廃れたという偽物の教えを信じる人には、ヨハナンの

黙示録の警告は、トラー、預言書からの警告を暗号で記しているということに、全く気がつけません。

トラーを捨てて生きた人達への警告だからです。

ローマ帝国下、当時の西トルコ周辺の都市に住んでいた、

トラーを捨て、偽物の教えに迎合した5つのユダヤ人の群れと

同じ事をやっているのに、分からないまま、聖書を読んでいるのです。

聖書は、黙示録の最後に至る迄、同じ事が記されています。

神の言葉は変わらない。神の言葉を捨てる人、違反する人達に対して、神の教え、契約にもどれ!という警告、預言者の警告が

黙示録の最後の章迄、同じ意味で記されているからです。

 

ルターのユダヤ人へート、反モーセの五書思想でも明らかな

様に、神の教えを捨てよ!ユダヤ的な事を捨てよ!

いや、イエシュア的なことを捨てよ!と、ユダ族出身のメシアであるイエシュアを信じながら、大矛盾を信じている異邦人が

主張した、今も主張しているのです。

そして、メシアを信じたら、神の教えを捨て、罪を罪とも分からなくなるようなことをさせ、シャバット、モアデイムを捨て、

汚すことをするような生き方を強要させた。

代わりに、偽物、ローマ帝国が作った神の教えが廃れた!と

教え、無差別に何でも食べる、何でもする。罪であることを、

平気でする。そして、神の記念日を捨てて、姦淫の罪、偶像礼拝と言われる、偽物、人間の作り物の記念日を通して、神を礼拝せよ!

そんな神に対する罪をすることを誰かから強いられたら、

トラーを知る、生きているユダヤ人は、そのような冒涜、汚れた行為を完全拒否します。

ギリシャ帝国もやった冒涜と同じ。マカバイ族、マカバイ戦争でも分かる通り、神に対する罪を犯す事を、4つの獣はずっと

ユダヤ人に強要して来た歴史を知る必要があるのです。

 

なぜ?神の教えを理解する、契約に根付く生き方をする人は

神の教えを捨て、神のモアデイムを捨てて、別物に乗り換える

ことは、罪であると言う事を、神の言葉から理解しているからです。これは、神の教えを捨てた異邦人には、理解出来ない、

理解されていない世界なのです。