19世紀に、アイルランド人ダービーにより作られた人造神学、デイスペンセーション神学の続きです。
この神学は、19世紀迄存在しない神学です。
そして、西洋宗教、ローマ帝国が作った宗教は、4世紀まで
存在しないものです。
イエシュアが人に教えられ、どのようにトラーを生きるのか
お手本を示したのは、モーセの五書、はじめの愛=シナイ山で
与えた永遠不滅、普遍の婚姻契約に記されている生き方であり、
ローマ帝国、西洋人が作り替えた宗教の教えなど、イエシュアは人に教えていません!
この西洋人造宗教の土台が、神の教えが廃れたと主張した
西洋教父、皇帝達が神の言葉を退けて、作った宗教なのです。
現代のユダヤ教も、イエシュアが教えられたトラー、父の教えを
教えますが、その生き方、実践が、人の編み出した数々のルールでがんじがらめにされてしまっているものがあるのです。
これは、別の問題なので、今は触れません。
とにかく、神の教えではなく、人の教えは、人を縛るものなのです。
神の教え、真理ではないものは、人を不自由に縛り、人に本当の生き方、自己像を知ることを、妨害するものなのです。
神が伝える真実を、発見させないもの、嘘、闇なのです。
真理=神の言葉、教えこそが、人に本来の生き方、罪に縛られず本来の性質通りを生きることが出来るとイエシュアが言われたのに、そのイエシュアの言葉を、堂々と捨てるように教えるのが
龍の声、物言いなのです。
パウロが警告した通り、黙示録でも、ヨハナンがイエシュアの
警告を預言書から暗号で記している通り、偽物の教え、偽教師、
偽預言者は次から次へ出て、神の教えから、人をはぐらかすことをすること、これをずっと最初から警告しているのです。
そらす、捨て去る、はずす、人の意識、思索を神の教えから
離れさせる、そらす、それが、666の暗号が表す意味なのです。神の言葉を捨て去る、そらせることをする。
ダニエル7:25の通り、神に敵対するものは、ずっと神の言葉教え、トラーと神が創造されたイエシュアを表すモアでイムを
変えようとすると警告された通りだからです。
ギリシャ神話、それ以前にエジプトやバビロン、アッシリア、
ペルシャ、ローマ、日本、アジア、南米、世界中どこにでもある人間が編み出した神々とその神話は、人間の思想から出た偶像であり、架空、実在しない神々です。
考えたら分かるはずです。ないものを、あるもののごとく信じる
これこそ、闇であり、騙しです。
存在しない、実在しない人間の考えで作った神々、そしてそれらは偽物の神々であり、人の思想から生まれた偶像の神々なのです。
その教えを信じるということが、どれ程虚しい、虚無なのか、
考えたら分かるのですが、人類は深い騙し=闇の中にいるのです。
聖書、イスラエルの神の言葉、教えではないものを、神の教えだと信奉することも、全く同じく虚無、空であり、これは神ご自身が禁じていることなのです。
まして、聖霊が内側に住む人が、神が教えていること、聖霊=
言葉、命のパン、神の口から出た1つ1つの言葉により生きる
と教えられた、その命の源=イエシュア=言葉を捨てよ!と
教える龍の声を、子羊の声と勘違いしているのです。
古い、悪い、人を縛る、キリストが来られる迄の仮の教え、
律法を神がせっかく十字架で処分してくださったのに、
そんな古い悪い教えに再び戻るのは、神の恵みを捨てた生き方である!と龍の声が教えるのです。
このように考える、イコール、神の言葉は神の考えを知る方法であり、それがどれ程、麗しい、すごいものであるのか、知らない人がこのように言うのです。
真珠の価値、ダイアモンドの価値を知らない、赤ちゃんが
掴んで、なめて、ぽいっと投げるのと同じ。
しかし、マタイ〜黙示録に書かれているのは、イエシュアが
教えられたのは、トラー=モーセの五書、それ以外に無い
神の言葉は人間が分解出来ない!いうことが分からない。
聖書を教える人が、気がついてもいない。
それは、神学校で、ヘブライ聖書を学ぶのではなく、人間が
作った宗教、西洋宗教と、人間が作った神学、神の教えを歪め、曲げ変える、オリンピアーローマの別物の顔のイエズスを教えられてしまうからです。
姦淫の罪、バビロンの大淫婦、ニコライ派の教え、偽女預言者
イザベルと黙示録に書いてあるのは、それらが歴史の中でイスラエルが遭遇して騙され、交わってしまった、異邦人、異教徒が
作った偽の神々の教え、儀式、習わし、偶像礼拝だからです。
イスラエルの辿った過ち、混ぜもの、偽物の教えに交わり
学び、それらを通して、イスラエルの神を礼拝する、祭りを祝うことを、出エジプトしたとたんに、それをやっていることが、
書いてあるのです。金の子牛、エジプトの神々のならわしで
イスラエルの神の祭りをやった。その後も、同じです。
いずれにせよ、それらはイスラエルの神、生ける神、創造主ではない神々、人間が作った、人間が考えついた神々の教え、実践なのです。虚無、空虚、実態がない。
神の子らは、どんな形でも、イスラエルの神、創造主が伝えた事
とは違う教え、生き方、別物を通して神とのあるべき状態、
関係に留まれない、神を偽物を通して礼拝出来ない、近づけないと教えているのですが、それをやり続けるのです。
問題の根は、エデンの園から同じなのです。
人間が、神の教え、言葉、モアデイムを否定して、神の言葉
教えとは違う教えを編み出し、神の言葉を廃れた!という
大嘘を通して、神に近づくこと自体が異常事態であると
気が付かなくてはならないのです。
これこそが、神が禁じている偶像礼拝そのものだからです。
異邦人が聞かされている教えが、聖書から逸脱した聖書解説が
無数にあるその原因、理由は、土台が、人間が神の言葉を否定して4世紀に、第四の獣が作った人造宗教だからです。
その点にはっきり気がつけば、なぜ今や4万7000千もの
宗派があるのか、なぜ、神の言葉が終了した、異邦人には関係ない教えだと、聖書に書いてもないことを信じ続けているのか?
分かるはずです。
西洋宗教の教え=神の教えを人間が否定し、聖書ではない教えを次から次へと編み出すこと。
異教の宗教の慣わし、儀式、記念日は、聖書に書かれていない、又はローマが本物を作り替えたもの、そして、異教の神々
女神の儀式、祭り、記念日を作り替えたものなのです。
しかも、イエシュアが禁じていることを、イエシュアを愛すると発表する人が、堂々と主張する、行動する。
それらが、何を意味するのか、神の前に何なのかも全く考えてもいない。これこそが、大矛盾なのです。
問題の原因は、全て、人間が神の言葉を塗り替えている行為
そこから発生しているのです。
もし、昇天以降、神が神の教えを処分し、トラーとは違う教えを教えたと信じているなら、又は神が今は人間が教えを編み出し、神の教えを時代ごとに解釈を変え、神の記念日も変え、自由にその人の考えで決めて良いと言うと考えているならば、
その時点で、聖書から完全逸脱した第四の獣、龍の声を聞いていることに、聖書から気がつく必要があるのです。
その龍が語る教えは、聖書に記されたユダ族のメシア、イエシュアではない教えであり、オリンピアローマの別物のキリストが
語る、神の言葉を捨てよと教える宗教の教えだからです。
大衆が語る声は、大きすぎて、多すぎて簡単に覆せません。
進化論を信じる学者に、神の創造、いや神が存在し、創造されたということは、その人が受け取らなくても、世界がビッグバンで発生し、創造主無しに、細胞から進化したのではないと言っても
それは、受け取られ無いのと同じです。
大衆の声が圧倒的に強い。
しかし、それが真実ではないから問題なのです。
神の創造された世界に、進化論の根拠、証拠が1つも存在しないのに、その存在しないものを信じているのです。
人造宗教、人間が神の言葉を否定して語る聖書解説もそれと
同じです。聖書に根拠がない、人間が編み出した嘘、架空、
空想話を土台に聖書を解説しても、それは聖書、神が語る真実などではないからです。
これらの思想は、浸透しているので聖書であると思いこんでいる
数々の聖書解説、学説、教理は聖書ではないダービーという人物の発想です。人間の思想!聖書から逸脱した思想。
置換神学では、契約は異邦人が受け取る代表になったと
主張し、イスラエルは神に見捨てられたという主張をしています。
そして、霊的イスラエルは異邦人クリスチャンであると主張しています。
これらは、聖書、神が伝える事実ではありません。
そして、西洋宗教の教えは、寓話として解釈してしまっているのです。
未来、この地上に天が降りてきて1つとなり、神の民、
イスラエルも異邦人も全員が、神が伝えた生き方に戻るとは
理解していないのです。
デイスペンセーション神学で、1つ聖書の事実を語っているのは、契約は、イスラエルが代表として受け取り、イスラエルという国もイスラエルに与えられたという、聖書に記述を認めています。
しかし、イスラエルと異邦人とは、2つ別の群れに切り離し
聖書から逸脱した、偽の教えを説いている。
永遠に、天と地で分裂して、統治するという作り話をしている。聖書ではない聖書解説、半分真実、半分嘘を語る、それが人の
教えなのです。
トラーを知らない異邦人が聞いたら、それらしく聞こえるのですが、正しく聖書を解説していないのです。
常に、異邦人には関係ないという作り話にすり替えられた
聖書から逸脱した教えを教えられているのです。
それ以前に、聖書に書かれていることではない、西洋宗教というものが、ローマ帝国により預言通り作られてしまったのが
4世紀です。それは、聖書が閉じられた後のことなのです。
イエシュアが教えられたのは、ローマが作った西洋宗教の教えなどではありません。
イエシュアが教えられたのは、太古から語り継がれる同じ
父の教え、はじめの愛、婚姻契約、トラーだけです。
昇天前後に、デイスペンせーション神学、ダービーが語るように
ローマ教が語るように、神の教えも、神の性質も、神の贖いの
方法、救いの方法、許しの方法も変わった?
使徒2章のシャヴオートの祭りで、聖霊が初めて人の内側に
住まうようになったのではないのです。
イエシュアが地上に来られない時でも、子羊の血の代価の贖いは
永遠の中に既に完了済みであり、完結しているのです。
神は人間ではないのです。ご自身が創造された時空に支配されない、何でも出来るお方です。
それは、この世の礎が物理的に造られる前、永遠の中に完結しているからです。
イエシュアが来られる前の時代の人も、その人たちも見えない神が現れ出て、同じ贖い、救いを与えられていることが聖書に
書いてあるのに、読み取っていないだけです。
モーセの五書など、ヘブライ語で記された意味を知れば、
最初から創世記の冒頭からイエシュアが教えられていることが、
見えます。
誰かに、ヘブライ聖書に記された本物のイエシュアを伝えるなら、聖書に書いてある事実を正しく知り、聖書の最初から解説すれば良いのです。
プロテスタントは聖書信仰であると、信条を掲げていますが、
聖書信仰とは、100%神が記された神の教え、トラーを
イエシュアやパウロ、使徒たち、1世紀、そしてエデンの園から
出た後も、神のトラー、教えを、永遠普遍の真実であると知り
神の教えを生きることなのですが、プロテスタントの主張は、
部分的聖書信仰にとどまっているのです。
なぜなら、神の教えは、十字架で処分、破棄されたという
聖書に書いてもない、人の作り話、偽情報=砂の思想、龍の声を土台としたローマ帝国が4世紀に作った宗教を土台とする信仰だからです。
聖書ではない。イエシュアが、教えられた父の教えを、その通り
真実である、永遠普遍であるとイエシュアが言われた通りには
受け取っていない、信じていない、よって生きてもないのです。
結局、神の教えの有効、無効の判定を、人間がするという大罪
違反、冒涜、敵対を神に対してしているのです。
神ご自身の口から、神の言葉は永遠にすたらない、変わらない!と言っているその言葉をまるでなかったことのように、
丸ごと無視するように、教える、それが子羊イエシュアではない父の教えではない、人間の教え、龍の声。
ヨハナンが黙示録で、人が作った宗教、第四の獣、龍の声という暗号で預言書の警告を暗号で書いていますが、
ある人は、神から新しい啓示を受けたとか、生涯300以上の
幻を見た発表して、預言者として扱われる人がいますが、
そんなことは何も関係ありません。
聖書が閉じられた後、聖書に記されてもない教えを語るのは
それは、その人が幻想、空想で話していることなのです。
神の言葉の中に、人が生きる生きる上で必要な教えの全てが
記されています。
聖書が閉じられた後、偽物の預言者、偽教師が、聖書ではない
教えをする。それから守られるのは、神の残した揺るがない証拠
トラー、預言書、諸書に照らし合わせて、事実か、嘘か照会
出来るのです。
詰まり、神が聖書に書かれていない、新しい特別な啓示など、
聖書が閉じられた後に、人を通して与えません。
預言されている未来のことは、詳細まで神は人に教えていません!
なぜなら、それでは人が神に信頼する必要がなくなるからです。
それが、起きた時、それが分かる。
ダニエル書に記された預言も、4つの帝国であり、神の教えを
西洋宗教というものに塗り替えた、ローマ帝国のことも書いて
あるでしょう。
西洋宗教は、神の純粋な教えではない!これを理解しないとならないのです。
預言で警告されたこと、ローマ帝国が、神のトラーと、神の創造されたモアでイムを塗り替える!塗り替えました!
それをクリスチャンがやっているとは、考えもしないのです。