2世紀以降のグレコローマ哲学思想に染まっている、西洋教父達の教えや彼らの解釈の聖書解説で、人が神の言葉を変え続ける聖書から逸脱した聖書解説が、今に至るまでずっと続いています。
異邦人の中には、「永遠の中の今、天の現実の中を今地上で生きている」と言う意識がない。
イコール、この地上の生活は一時的で意味ない、消え去るなどと思わされるから、再臨、空中軽挙で消えると言う現実逃避思想に惹かれて、浮き足立った意識を刷り込まれてしまうのです。
今の1つ1つの生き方が、永遠に繋がりカウントされているとも
考えないなら、適当に生きようと思うのは当然です。
「わたしは直ぐに来る」とイエシュアが言われて、もう2000年になりますが、1000年は1日、1日は1000年の如くと言われているように、私たちの考える「直ぐ」と、イエシュアが言われた
「直ぐ」は、神のそれとは実際に違うものです。
直ぐなら、昇天された次の月には来て欲しいと思いますよね。
しかも1世紀は、ローマ帝国支配下でユダヤ人は、とことん苦しめられ
トラーを生きることを禁じられ、70年代には110万も処刑され、9000人が奴隷にされ、神殿崩壊までローマ帝国にされたのですから。ローマ皇帝のこの悪の支配から、完全に解放してくださる
王としてのイエシュアが来て欲しいのは当然です。
今の世界を見ても、そう思います。余りにも悪が堂々と行われ
司法も腐り、悪が皆力を持ち、つるんでいる。
いつまでですか?と思うのは、当然であり、普通の意識です。
弱い子供達が痛めつけられ、虐待、餌食になっていることを
見るにつけ、聞くにつけムンクの「叫び」状態になります。
1世紀から、4世紀、徐々に異邦人だけの手に神の言葉が渡り
ユダヤ人とは、完全決別し、その結果異邦人だけの群れが出来て
それら一般の異邦人は、西洋教父達、グレコローマ哲学思想が
頭脳に浸透した人達の教えを聞かされてしまったのです。
この時点から既に、教師など選べない状態です。
直ぐ側にいる人の、その人の思想を通した、聖書とは異なる聖書
解説だけを聞かされたら、それが聖書と思うのは当然なのです。
聖書の正しい教育、教え、実践が欠如し、西洋教父達がそれぞれ
勝手な主張をし始めたことは、書いた通りです。
シャバットではなく、クリスチャンは日曜日を尊重せよ?
イエシュアが教えられた父の教えではなく、イグナチウスやその他
西洋教父、神の教え、言葉を勝手に変えることが罪とも理解しないような教師の聖書解説を教えられて来たのが、異邦人の世界。
神の前にそのような行為は、死に匹敵する罪であるのに
堂々とそれらがされて来たと言うことなのです。
しかも、使徒達が去った2世紀には、既にそのような状態だったのです。
そして古代の生活習慣、風習など知らないまま考えているから
空想話に変身してしまうのです。
古代は今のような週末休みなどない、365日一年中働く文化です。
エジプトも同じです。
神の教え、契約、トラーを生きるユダヤ人は、第1〜第6日、労働日
と皆が理解していました。
だから、ユダヤ人だけシャバットや祭りで休むから、「ユダヤ人は
怠け者」と誹謗中傷されたのです。
もう1つ使徒20にもあるように、もし週の最初の日、日というギリシャ語が原典にはありませんが、過越の祭りを終えた後、パウロ達が次の目的地に出発する前の晩が週の最初の日だとしても、それは、
日曜礼拝しているなどという空想で、事実をすり替えた読み替えをしてはなりません。
しかも、週の最初の日その始まりの時は日没、晩であり、それは
土曜日の晩のことなのです。
日曜日の昼間は皆働いているのです。集まるのは、晩。
クリスチャンが空想、想像しているような日曜日の昼間に皆が集まり
西洋宗教スタイルの礼拝をしている、このようなことは、誰も知らない、分からない、やってもないものなのです。労働、勤務時間だからです。週の最初の日の始まり、イコール、これは土曜日の晩です。
聖書に登場する人達は、西洋教父や、ローマ帝国が後に作った
日曜礼拝など知らない、日曜日をシャバットなどとも考えていない
なぜなら、日曜日、週の第一日目は、創造主である神が人に、
労働の第一日目、普通の日、特別に聖別された日ではないこと
ただの数字の名と、神の解説で証明されているからです。
普通の日は、聖別された日に後に変えられないのです。
1〜6日まで働き、第七日目、神が週の7日間で唯一祝福し、聖別された日が第七日目であると書いてある、それを丸無視するよう
勝手な解説を付け加えて変えたのが2世紀の西洋教父の大罪、大違反
なのです。神がこのように神の言葉に付け足し、差し引きし、
神の創造されたモアデイムに対して、人間が変えること対して
何と言っているのか、聖書にはクリアーに記されています。
このようにトラーを知らない異邦人、西洋教父達の手により、
神の言葉、教え、モアデイムが破壊され、変えられ、捨てられ、
神の言葉を人間が勝手に解説し直し、聖書から逸脱した教えが
浸透し、偽の教えに拍車がかかって行ったのです。その後4世紀に
作られた時の宗教は、反トラー、反ユダヤ思想で作られた宗教。
16世紀の宗教改革では、聖書とは違う教えが大分正されましたが
元の問題、人間が神の教えを否定し、キャンセル、終了!したという
大嘘と、そして神のモアデイムを全部捨て、一部変形させたものを
変わらず継承し続けているという間違い、歪みは正されないまま
今に至るのですが、それさえも、気にも止めない、考えてもいないのです。
「再臨はいつ起きることは、誰も分からない、知らされていない」とイエシュアも言われているにも関わらず、再臨の預言をする偽預言者達が後を断たずいるのです。
不思議でしょう。再臨預言をする時点で、それがいついつなどと言う意味は、イコール偽預言と、聖書から理解しないとならないのに、
聖書を正しく理解しない聖書教師、牧師達が再臨の日を預言し続けたのです。
近年アメリカや韓国やその他でも、仕事をやめ、家を売り、財産を
教団に献金し、そして、皆で再臨の日を待ち、もちろん来なかった。
韓国のある教団でしたが、皆再臨がないことが分かると、
ボ〜〜〜〜〜とした状態が映し出されていましたが、その後の
言い訳も同じ。皆の熱心な祈りで、神が留まり、介入されたのだ!と。本当にこんなことを教える偽教師に導かれる悪、不幸。
騙しです。
前回も書きましたが、聖書によれば、一度でも偽預言をする人は
追放されます。死に匹敵する罪だからです。偽預言を何度もする、
即座に追放されなければならない偽教師なのです。
このような人たちは、真面目に神から特別な啓示を受けたと信じているのです。今もいるでしょう。聖書が閉じられた時代の後なのに
聖書に登場するような使徒や預言者はいません。
使徒、預言者と同じだ!とする、新使徒運動。
聖書ではない、偽物、偽使徒、偽預言者です。
ウィリアム・ミラー(ミラー派)— 1843年〜1844年
ダニエル書8章14節に基づき、1843年3月から1844年10月22日の間にキリストが再臨すると予言しました。
「大失望(Great Disappointment)」を引き起こしました。
運動は分裂し、後にエレン・G・ホワイトらはこの出来事を
「地上への再臨」ではなく「天での調査審判の開始」
として再解釈しました。
ジョセフ・スミス・ジュニア(末日聖徒イエス・キリスト教会 /
モルモン教)
1835年 1835年2月、ジョセフ・スミスは神から「主の降臨が近い」という啓示を受けたと述べ、「あと56年でこの世の幕が閉じる」(1891年頃を指す)と宣言しました。
もちろん、1891年が過ぎてもキリストの再臨はありませんでした。
20世紀の再臨運動
チャールズ・テイズ・ラッセル & エホバの証人
1874年、1914年、1925年、1975年1874年:
ラッセルは当初、キリストが1874年に不可視の形で再臨したと
計算しました。
1914年 「異邦人の時代」が終わり、地上の王国が倒れ、
神の王国が地上に完成すると教えていました。
1925年 ジョセフ・フランクリン・ラザフォード
(ラッセルの後継者)は、アブラハム、イサク、ヤコブが1925年に
地上に復活すると宣言しました。
1975年 ものみの塔聖書冊子協会の出版物は、1975年が人類歴史の6000年目にあたり、ハルマゲドンをもたらすと強く示唆しました。
ハーバート・W・アームストロング(世界神の教会)
1936年、1943年、1972年、1975年
大患難と再臨のタイムラインを繰り返し設定し、日付が外れるたびに計算を修正しました。
エドガー・ワイゼンナント — 1988年
元NASAのエンジニアで、『携挙が1988年に起こる88の理由』
という書籍を出版し、1988年9月のユダヤ教の新年
(ロシュ・ハシャナ)を指定しました。
450万部以上を売り上げました。予言が外れると、彼は1989年、1993年、1994年へと日付を修正した続編を出版しました。
デイヴィッド・コレシュ(ブランチ・ダビディアン)
1993年 自らを最後の預言者であり『ヨハネの黙示録』の
「七つの封印」を解くことができる「子羊」であると主張し、
テキサス州ウェイコの拠点において終末の戦いが切迫していると
説きました。
ハル・リンゼイの主張の根幹も、チャック・スミスと同様に
「いちじくの木の比喩(マタイ24:32–34)」に基づくタイムライン計算でした。
1. 1948年のイスラエル建国がカウントダウンの開始
聖書でイスラエルを象徴する「いちじくの木」が芽吹いたのは、
1948年のイスラエル独立宣言であると主張しました。これにより
「終末の最終世代(The Generation)」が始まったと定義しました。
2. 「1世代=40年」という計算
聖書における「一世代」を40年と解釈し、1948年に40年を足した1988年までに、キリストの再臨を含めた終末の一連の出来事が完了すると主張しました。
3. 1981年までの携挙(ラプチャー)の予測
7年間の大患難(Tribulation)が再臨の前に起こるため、信者が空中に引き上げられる「患難前携挙」は、1988年の7年前である1981年までに発生しなければならないと結論付けました。
著書『The Late Great Planet Earth』での記述のニュアンス:
リンゼイは「絶対の日付設定ではない」と言い逃れができるような
慎重な言い回し(「もしこの解釈が正しければ…」など)を織り交ぜつつも、**「1980年代に世界は終わりを迎え、キリストが再臨する」**という強い印象を読者に与えました。
リンゼイが提示したその他の終末シナリオ
リンゼイは単なる日付の計算だけでなく、当時の米ソ冷戦や中東情勢を聖書預言の成就として鮮やかに解説したことで一躍有名になりました。
ソ連(マゴグ)のイスラエル侵攻: エゼキエル書38–39章に登場する「マゴグ」を当時のソビエト連邦と同定し、ソ連が中東へ侵攻すると主張しました。
欧州共同体(EC)と反キリスト: 当時発展しつつあったEC(現在のEU)が「再興されたローマ帝国」であり、そこから世界を支配する独裁者「反キリスト(Antichrist)」が現れると予測しました。
中国(東方の王たち): ヨハネの黙示録に登場する「二億の軍勢」を
中国の軍隊と見なしました。
その後とリンゼイの弁明
1981年や1988年に携挙や再臨が起こらなかったため、リンゼイに対しても強い批判が集まりました。
「日付を特定したわけではない」という主張:
チャック・スミスがある程度素直に誤りを認めたのに対し、
リンゼイは「自分は1988年に起こると断定(Predict)したのではなく、可能性を提示(Suggest)しただけだ」「『一世代』は
40年ではなく、40年〜100年を意味するのかもしれない」などと
主張を軌道修正しました。
その後の著書での更新:
その後も彼は『1980s: Countdown to Armageddon
(1980年代:アルマゲドンへのカウントダウン)』など次々と著書を出版し、情勢の変化(冷戦終結など)に合わせてタイムラインや解説を修正しながら活動を続けました。
ハル・リンゼイは、現代のポピュラーな「患難前携挙説(ラプチャー)」や「ディスペンセーション主義的終末論」を一般大衆に最も広く浸透させた人物として、教会史・ポピュラーカルチャー史に大きな影響を残しています。
カルバリー・チャペル(Calvary Chapel)運動の創始者である
チャック・スミス(Chuck Smith, 1927–2013)は、1970年代後半にイエス・キリストの再臨と携挙(ラプチャー)に関する公の予測を行いましたが、それは実現しませんでした。
予言の詳細
チャック・スミスの予測は、20世紀後半のディスペンセーション主義者の間で流行していた「いちじくの木の世代」の解釈(マタイによる福音書 24:32–34に由来)に結びついていました。当時の他の福音派の人物(ハル・リンゼイなど)と同様に、スミスはいちじくの木が「葉を出す(芽吹く)」ことを、1948年のイスラエル建国と結びつけました。
計算方法: 聖書における「1世代」を40年と仮定し、1948年に40年を足すと、その世代の終わりは1988年になります。
タイムライン: 再臨の前に7年間の「大患難」の期間があることを考慮し(1988年 − 7年 = 1981年)、スミスは教会が空中に引き上げられる「携挙」が1981年までに起こる必要があると計算しました。
スミスは1978年の著書『Future Survival』の中で次のように書いています。リンゼイの主張の8年後に、著書を出版しました。
"私は1948年の世代が最後の世代であると信じている。聖書における一世代は40年であり、何よりも凄惨な患難期は7年間続くため、
主は1981年より前に教会を迎えに来られ、再臨は1988年に起こり
得ると私は信じている。"
彼は他の教えや1981年頃の礼拝でも同様の考えを繰り返し述べ、
多くの信者に対して、1981年の年末までかそれ以前に携挙が起こるという期待を抱かせました。
その後とスミスの対応
1981年や1988年に何の出来事も起こらなかったため、信者の一部に失望が広がり、神学者や研究者からの批判を浴びることとなりました。
タイムラインの失敗を受けて、スミスは以下のように対応しました。
誤りの承認: チャック・スミスは後に、具体的な日付やタイムラインを推測したことは誤りであったと公に認めました。
姿勢の転換: 彼はマタイによる福音書 24:36(「ただし、その日、
その刻は、だれも知らない…」)という聖書の立場を強調し、日時を特定すること(日付設定)に対して注意を促すようになりました。
宣教の継続: この計算ミスにもかかわらず、カルバリー・チャペルは
世界的な運動へと成長し続けました。しかし、この出来事はキリスト教の終末論における「現代の日付設定(預言のハズレ)」の最も頻繁に引用される事例の一つとして残っています。
ハロルド・キャンピング(ファミリー・ラジオ)
1994年、2011年
1994年9月6日に「携挙(レプチャー)」が起きると予言しました。 2011年5月21日: 数百万ドルを投じて世界中で看板広告を展開し、2011年5月21日を「審判の日」と告知しました。
その日が過ぎると、日付を2011年10月21日に修正しました。