聖書にある反キリストの定義 神に敵対する 真実な神の言葉を偽物にすり替える行為 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

私達異邦人が聞かされて来た聖書解説は、実は西洋哲学思想、

アリストテレス、プラトン、ソクラテス 、ネオプラトン思想、

聖書ではない思想が頭脳に浸透した人の思想を通して語られる聖書解説です。

ヘブライのトラーを先祖代々知らない、生きてもいない西洋人教父達が語る、彼らの哲学思想、肉の目から見た聖書とは異なる、思想を

通して解釈される聖書解説です。しかも、翻訳聖書だけを通して

語り、オリジナルに、何が書かれているのか、学ばない、解説もされない。

100%完全に純粋な聖書ではない聖書解説を、毎週日曜日ごとに

日曜礼拝という場所で聞かされ続けて、それが聖書の解説だと

思わされているのですが、実はオリジナル聖書の世界、ヘブライ思想

ヘブライ聖書に記されたこととは程遠い、異邦人思想の聖書から逸脱した思想なのです。

 

ヨハナンが記した黙示録、7つのカハール、群れ、ユダヤ人の群れに

宛てた手紙の目的は、何でしたか?

神殿崩壊後、当時110万のユダヤ人が既に殺害され、9000人が

奴隷としてローマ帝国下の国々に、パンと同じ値段で売られた、

その様なユダヤ人の群れも、その大都市に住んでいたのです。

7つの群は今の西トルコ周辺の都市で、それぞれが特徴のある都市なのですが、人種のるつぼ、異教の神々、女神崇拝、皇帝崇拝、

グレコローマ哲学思想、文化、芸術、文学、ありとあらゆるものが

混合、混在、混ざり合った文化、環境の下に生きていたユダヤ人の群れです。

アリストテレス、プラトン、ソクラテス 、ネオプラトン思想に

洗脳され、その思想が浸透している。

そして、黙示録の舞台でも分かる通り、皇帝崇拝カルト教、

異教の神々、女神の思想、崇拝、儀式、神殿娼婦と交わる不品行、

きよくない動物を、異教徒と共に食することを神々の祭りで強要される。それをしないと、売り買いが出来ない、商売が出来ない、社会生活に参加できない、その様な環境に生きたユダヤ人イエシュア信者へ宛てた、トラー、預言書に記された内容を暗号で記したヨハナンの

手紙なのです。

その中心は、はじめの愛に戻れ!神の教えから離れるな!トラーに

根付いた教え、生き方に戻れ!

この黙示録のヨハンナンが記したイエシュアからの警告は

クリスチャンには全く通じていません。

なぜなら、キリスト教は信じたら、古い教え=律法、神の言葉を律法という誤訳で呼び、神の言葉、教えに対して、廃れた、無効と多大にずれた意識を

すりこむ言葉を通して、人が神の言葉を離れて、それぞれの判断でつまみ食いするいい加減、中途半端な信仰を教えているからです。

律法に戻るな!恵のない生き方に戻るな!と普通に教えるでしょう。

一体何を信じて、何を言わされているのか、聖書に基づき、考える

態度、余地もない状態なのです。

これでは、黙示録のヨハナンの伝えているイエシュアの警告、

メッセージは通じず、ダービーやレフトビハインドの小説を書いた

トラーを知らないアメリカ人や、アイルランド人の思想、デイスペンセーション神学、1800年代まで誰も考えたことがない思想が聖書だと、聖書に書いても無いことを、教師が率先して教え、その偽の

教えを皆が信じているのです。

 

もし今、自分の生活している場所で、王や皇帝崇拝するジェスチャー

儀式を日々、日常生活でしなくはならない、王の偶像に焼香を捧げ

なければ、銀行にも、お店にもアクセス出来ない。

スーパーに出入りする時も、異教の神々、女神の偶像を拝まされる。

春や冬の祭りには、異教の神々、女神の祭り、儀式、祝宴に参加し

神殿娼婦と公に不品行をすることに公共の面前で参加させられる。

 

まあ家にずっと潜んでいたら、外部には、自分の生活は分からないかもしれませんが、サタンの会堂、偽のユダヤ人と書かれていた人達、同胞ユダヤ人イエシュア信者をローマ帝国に通報した人達がいたのです。

それらユダヤ人と自称しながら、実はユダヤ人ではない人々とは、

ローマ帝国の勅令に染まり、妥協、迎合、同化、シンクロ、姦淫の罪

偽の教え、儀式に交わったユダヤ人のことです。

これは、何も90年代だけではなく、預言書に警告された通り、

ユダヤ人の歴史の中で、バアル、モレク、その他異教の神々、

異教徒の信仰に染まり、神の教え=はじめの愛から離れた人達がいたのです。

それらを警告した預言者の神から託宣が記されているのが、預言書

なのです。トラー、預言書に記された同じ警告を、ヨハナンは暗号で

書いているのが、黙示録なのです。

その預言者の時代にイエシュアから聞かされた託宣は、黙示録に

書かれている内容と全く同じです。

はじめの愛=神の契約=トラー に記された生き方に戻れ!これを

言われたイスラエルは煙たがって、預言者をことごとく殺したのです。

同じ警告が、今も今日も、イエシュアからされていること、その事実だけに基づき聖書を読めば、何が書かれているのか、何を警告されているのか、何を神が教えているのか見えて来ます。

 

聖書の最初の75%と、最後の25%では、別の教え、別の内容

最後の部分は、初めてキリストが教えられ、新しい別の教えが

伝えられたという大偽情報を捨てて下さい。

それらこそが、まがい物、偽の教え、人間が神の言葉を曲げ、

変え、別物に歪めた思想を拡散して来た偽物だからです。

イエシュアは最初から教えられているのです。

トラー、預言書、諸書に記されているメシアは、神の家の中で

体験を通して教えられていたのです。

神の創造されたシャバット、新月、祭り全て、イエシュアを教えているものなのに、それを捨てている人には、全く見えていない、通じていないだけです。

人の書いた書で、後書きと、本編の内容が違うなどというのは

ないでしょう。あり得ません。なぜなら、後書きは、本編を短く

解説して、註解しているだけだからです。

マタイ〜黙示録は、創世記〜マラキの短い解説、後書きであり、

その中には、最初の部分に反する、敵対する教えは書かれていません!

第四の獣が作った宗教はまがい物であり、聖書ではない教えを

今も今日もふんだんに作り続け、聖書に根拠のないムーブメントを

ずっと流行らせていますが、それらは、神から出たものではない

第四の獣の思想を、色々な形に変化させるマジック、トリック、

手品、まやかし騙しを、人を通して拡散しているだけです。

 

西洋教父達は、パウロの様にトラーを正しく、深く、正確に知らない、学んだこともない、生きてもいない、背景が異教徒上りの人だけです。

その様なトラーを知らない異教徒上りの人達が考える、編み出す

思想を、刷り込まれてしまっているのです。

ここでは、あえて「教会」という言葉を使いますが、教会という

言葉、特に「建物」を連想させる言葉になっていますが、それは聖書にない言葉であり、人が作った言葉、造語です。

聖書にない概念から生み出される言葉は、無数にあるのです。

しかし、それが聖書と思うのは、翻訳聖書だけを読んでいるからです。過越の祭りを、イースターという女神の名が付いたローマが

作った祭りの名にすり替えるという違反をしている翻訳もあるのです。

そして、異邦人とユダヤ人分裂した群は聖書には書いてありません。

聖書に登場する人達は、主にユダヤ人であり、その中に少数の異邦人が混じっていただけです。

異邦人が、ユダヤ人と、パウロの様なトラー教師から完全に離れて

行ったのは、2世紀以降です。

ローマ帝国下での迫害、トラーをユダヤ人と同じ様に生きていたら、

重税、処刑され、社会生活から追放されたからです。

そして、元々神の教え=はじめの愛=トラー に何の馴染みも、

理解、知識もない、生きてもない異邦人は、キリストだけ信じてれば後は良いさ!愛が大事という意味不明な思想、今と同じ様な妥協に徹したのです。それが、ニコライ派の教えと黙示録に警告があるそのものです。

神の教えを捨てることに何も抵抗なく、ローマ帝国の勅令、彼ら

作った宗教に巻かれて行ったので、異邦人は、ユダヤ人とは完全に

別の道に行ったのです。いや、命乞いが一番の理由です。

別の道とは、黙示録で警告されている、はじめの愛を捨てた、

忘れた!

考えれば分かるはずです。クリスチャンは、昇天以降、神が神の教えや記念日を捨てた、変えた!と、聖書にない第四の獣、ローマの大嘘を信じていますが、それらは人間の作り物の教えです。

異邦人がやらされて来たのは、第四の獣が作った宗教の教え、

実践儀式、記念日なのです。これは、誰も否定できない事実であり

聖書に照らし合わせれば、クリアーに見えるはずです。

イエシュアが教えられた父の教えではない、イエシュアが教えられた

シャバット、新月、祭りではない。

それら人間の作った神の教えを否定する教えや、記念日が、聖書に

書いてもないことに気が付いてもいないのが一般のクリスチャン。

神の教えが十字架で処分された、破棄された、異邦人には関係ないから生きるな!古い教えは、恵のない生き方だ!律法に戻るな!

信じたらユダヤ人、ユダヤ的なこと全てやめよ!

一体、イエシュアが誰だと考えているのでしょうか?

空想、聖書ではない教えがこれほどまでに、堂々と人の思索を占拠

しているのに、見えてないのです。

 

この様な偽の教えに警告!と、ずっと預言書でも、黙示録でも、

パウロの手紙でも警告されているのに、自分には関係ない!と

思うのは、キリストを信じるだけで、それだけが大事で、後はどう

生きてもOKさ、いや、ローマ教の宗教の教えの実践、儀式、記念日を

やっているから、安全、それが神を愛することだと思うからです。

しかし、それらは、聖書に書いてもない第四の獣の作り物の宗教を

伝統でやっているだけのものであり、イスラエルの神、イエシュアの教えでもなければ神に属する性質のものではありません。

それらは、未来、一掃され消えるものです。

クリスチャンは信じた最初から、聖書を正しく教えられていませんし、契約に生きることなど、教えられてもいない、実践もしていません。

その様に聖書とは違う、教え、実践、信仰、生き方が浸透したのは、第四の獣、ローマ帝国が作った人間の宗教、神の教え、言葉を変え、人間の思想をふんだんに盛り込み、解説した宗教の実践に

異邦人全てが、4世紀以降、宗教の教えに乗り換えたからです。

人間が作った宗教の思想に反対したルターの宗教改革が16世紀にありましたが、偽物の教えは大分正され消えても、結局、土台が砂、

パン種、神の教えではないものを今も土台としたままです。

しかも、ルターも、晩年超反ユダヤ思想、反モーセの五書思想にひるがえった。

ルターが書いた書からも、彼はトラーなど正しく理解もしていなかった事は、一目瞭然です。

プロテスタントは聖書信仰です!聖書は誤りなき神の言葉です!

と言いながら、同時に矛盾を語る。

人間が、神の教え、言葉を廃れた、変わった、無効になったと否定、主張し、神の教え、言葉は十字架で処分されたという、意味不明、

大矛盾に満ちたことを同時に発言し、信じて、実行しているのです。

矛盾を矛盾とも分からない程、神の言葉、はじめの愛から遠く遠く

離れたのです。

神が神の言葉を捨てよ!ともしも、もしも人にそう言ったらならば、それに人が従うのは、妥当ですとなりますよね?

しかし、そんなこと、神が言う訳ない、有り得ない、嘘つきの神。

聖書、神の言葉から理解出来ない、分からないのは、偽物、ローマのジーザスに変身した偽物の神像を教え込まれて来たからなのです。

聖書の記述に根拠ゼロの人間の編み出した思想を刷り込まれている

からです。

聖書を最初から正しく教えられていない教育の欠如、それは

ユダヤ人の群れから完全決裂した結果なのです。

聖書を正しく学ばない人が、聖書を教える、こんなのは、プロの世界プロの教師の世界、一般の社会、学問、芸術やスポーツその他の世界では、絶対にありえない事なのですが、宗教は違うのです。

プロの教師ではない人、自分の学ぶ分野を正しく知らない人には

学んでも意味がない。

プロの先生に習うと考えるのが、普通ですが、宗教に関しては、

その人が正しく聖書を学び、理解しているのかなど、普通の人には

判定出来ないのですから、結局、周りにいる人、先輩を教師と仰ぎ

見てしまうのです。これは大きな落とし穴なのです。

皆がパウロのように正しくトラーを教えるなら、誰に学んでも安全

でしょうが、現実は違います。

しかも、教師には物言えないという不文律があるでしょう。

特に、日本人の社会はそうです。

そして、ユダヤ人、イコール、皆が正しく聖書を理解して、解説し、生きているのでもありません。今や、トラーを正しく教える人の方が少ないのです。

神に対して無関心のユダヤ人も大勢います。問題だらけ。

 

異邦人の手に神の言葉が渡り、神の言葉を異邦人が聖書ではない教え

という材料、調味料、添加物をふんだんに混ぜ続けて行ったのです。

日本の歌舞伎が、フラダンスやラップ、ヒップホップになるより

もっと酷い変化。同じ舞踊、ダンスでも、中身、性質、本質が違う。

ユダヤ人、そして使徒達が処刑された後の時代、段々とヘブライではない、西洋思想が進入して来たのです。

それは、その様なグレコローマ哲学思想、元々が異教徒上りの異邦人

だからです。

ユダヤ人使徒の時代から、異邦人、西洋教父の時代へ移行

(紀元90年〜140年頃)

ローマのクレメンス、アンティオキアのイグナティオス、

ポリュカルポスといった初期キリスト教の著述家たちは、ローマ教会の階層構造(ヒエラルキー)や、ヘブライの聖書には記されていない

独自の教え、西洋宗教=キリスト教的習慣を確立し始めました。

『バルナバの手紙』(紀元70年〜132年頃)などの著作は、

トラーの掟、教え、仰せは文字通りではなく比喩的(寓意的に

再解釈し始めました。

これ、今もクリスチャンが教え込まれている幻想です。

由来、トラーを正しく理解しない異邦人西洋教父の受け売りです。

 

バル・コフバの反乱と分離(紀元132年〜136年)

シモン・バル・コフバ(多くのユダヤ指導者が、メシアであると宣言した人物)に率いられたローマに対するユダヤ人の反乱は、

ユダヤ人グループと、バル・コフバをメシアと認めることを

拒否したユダヤ人イエシュア信者達との間の分断を深めました。

 

ローマ教、キリスト教弁証家たちの時代(紀元150年〜180年頃)

ユスティノス(『トリュフォンとの対話』)などの著述家たちは、

原型・予型論的(タイポロジー的)解釈を通してヘブライ語聖書を

再構築しました。

彼らはトーラーの儀礼的律法はイエスによって成就され置き換えられた歴史的前兆であると主張し、ラビ派ユダヤ教とは明確に区別されるキリスト教神学を確立しました。

この様な人達が、神の言葉、教えを曲げ続けて、勝手な解釈、無理な解釈を聖書に施し破滅、自滅をもたらしたのです。偽物の教えを教え教師達の弊害、罪は大きいのです。