クリスチャンは、一般的に以下の様に信じていませんか?
1)1世紀にキリストが地上に来られて、今迄の教え、古い律法、
はじめの愛=トラー=モーセの五書とは違う新しい別の教えを、
キリストが解き始めた。
2)今迄は、神殿の祭壇で生贄捧げた人だけが、罪の許しが与えられた〜!
3)キリストの処刑、昇天以降は、今迄にない罪の許しの方法、
キリストの血で、告白するだけで許される。
生贄は廃止で、昇天以降、神殿の祭壇で、生贄も捧げられることが
停止した。
4)「新約聖書」という創作タイトルで記されている箇所には、
「異邦人クリスチャンの教会、カトリックやキリスト教」の教えが
が書かれている。
5)古い教え、ユダヤ教は廃れて、キリスト教、古い教えを否定した教えをキリスト、弟子達、パウロが教えていた。
新約聖書には、新しい教えと、新しい許し、救い、購いの方法が
書かれている。
古い教えは、廃れたので、シャバットも、古い律法の教えである
新月、過越、仮庵の祭りも廃れた。
6)神が創造されたシャバット、祭りは終了し、その代わりに、
ローマ皇帝が、聖書が閉じられた後、聖書に書かれていない
4世紀に人間が作った新しい時代の祭り、日曜礼拝、クリスマス、
イースター、又は万聖節を祝わう様に、神がご自分の真理を曲げて人間の考えローマ皇帝に賛同し
人々に命じた。
7)古い教えを生きることは、律法に戻ることであり、それは悪いことだ!又は、やりたい人だけやっていれば良い。又はユダヤ人だけ
やれば良い。律法は、神により十字架で処分されたのだから、
わざわざ古い教えに戻るのは愚かで、神の恵を無駄にする、悪い生き方だ。
8)今の時代は、神の言葉ではなく、それぞれ個人の判断が中心。
それぞれが考えて、神の言葉を仕分けて良い時代だ!
個人が考える日を、大事な日とし、どの日も安息日、記念日として
良いのだから、人間が自由に曜日を選んで祝えば良い。
神に対する人の気持ちが、何より大事だ。
(根拠されてしまった誤解箇所。ローマ14、コロサイ2、
1コリント16、使徒20)
9)今は祈れば、きよくない動物もきよくなり、何でも食べれる
時代になった。
(マルコ5、使徒10、ローマ14)
9)キリストを信じたら、キリスト教、カトリック、その他のどこかの宗派、教会に属さないとならない。
その教会の牧師、リーダー、方針に忠実に仕える。
活動、集会に熱心に参加し、奉仕し、多くの人に伝道して、
キリストを伝えなくてはならない。
十一献金は、マスト、神の命令だから絶対に捧げなくてはならない。
生活の中心は、教会、宗教活動が中心でなければならない。
家庭や個人の生活が第一ではなく、教会活動が中心。
10)日曜日は、主の日なので、日曜礼拝に教会に行かなくてはならない。日曜は、主の日、聖日だ。神がシャバットを変更し、
昇天以降は日曜日を聖別された。
11)クリスマス、イースターをクリスチャンは祝い、古い律法の
教えの祭り、シャバット、新月、過越、仮庵の祭りなど、今の時代には関係ない祭りは祝わない。古く廃れた時代錯誤の祭りだからだ。
イエシュアに出会ったら、一般のクリスチャンは、このような事を
教えられるのではないでしょうか。
上記の思想、教え、信条は、10000%全て、聖書、神の言葉、
神の教えなどではありません。
第四の獣の思想から編み出され、4世紀にはローマ帝国下に生きた人が強制的にやらされたことが、始まりです。
1世紀〜4世紀、特に聖書が記されている時代、マタイ〜黙示録の
時代のイエシュア信者、同時にイエシュアを知らないユダヤ人で
こんな思想を教えられ、これが神の教えだなどと受け取る人、
考える人など、誰一人いませんでした。その事実からだけ考えて下さい。
歴史の史実や、聖書解説で、1世紀以降のクリスチャン、
クリスチャン教会という表現がされてしまっているので、
クリスチャン、イコール今の様なキリスト教という宗教の教えを信じ、実践しているのが、1−4世紀のクリスチャンのことだと考えてしまいますが、それは、事実とは全く違います。
マタイ以降も、そして黙示録に登場するイエシュア信者、そうではないユダヤ人も、異邦人イエシュア信者も、もれなく全て、ローマが4世紀に作った宗教のの教えなど聞いたこともない、実践もしていない。
聖書に登場する残りの民、イエシュア信者、ユダヤ人、異邦人は
廃れた律法!とクリスチャンが教えられている、はじめの愛=トラーを神の教えとして、トラーを学び、生きていた人達である!という、
正しい理解に戻して下さい。
ローマ教の教えに生きる様に異邦人がなって行ったのは、
4世紀以降のことであり、聖書が閉じられた後、第四の獣が預言
通り、神のトラーと神のモアデイムを破棄して作った宗教です。
そして、ローマ帝国の迫害下、はじめの愛を捨てた異邦人、そして
同様に偽物のユダヤ人、イコール、偽物教え、ローマの神々の思想、宗教ニコライ派、バラムの教え、偽女預言者イザベルの教えという
言葉でヨハナンが警告し書いているのは、ローマ帝国に巣食っていた、偽物の神々そして、皇帝崇拝カルトの教えの事です。
その教えに染まって、神の契約=トラー=はじめの愛から離れた!
とユダヤ人が警告されているのです。
1世紀の時代も、ローマ帝国が危うい状態になって行った3、4世紀も、イエシュアを信じる人、ユダヤ人、異邦人、そしてイエシュアを知らないユダヤ人、皆イスラエルの神という唯一無二の神を信じ、
トラーを生きていた人を、ローマ帝国では、「無神論者」と呼んで
認識していました。なぜでしょう?
イスラエルの神を信じているのに、なぜ無神論者と言われるのか?
それは、ローマ帝国、時の皇帝の信じる神々、女神を信じない人、
そして、皇帝崇拝カルトをしない人、それらの人は、他の神々を信じていてもイコール、神を信じていない人となるのです。
ローマ帝国皇帝、帝国のために存在する神々、女神を喜ばせない
信じない人、イコール、無神論者と認定された。
詰まり、ローマ帝国が安泰に繁栄して行く為には、皇帝が信じる
異教の神々、女神を怒らせない、気に入られる崇拝、礼拝をやっているからだと考えていたからです。全ては皇帝の考えが中心!!!
皇帝が神だからです。
ローマ帝国に内紛、争い、又外部からの敵に戦いを挑まれる、
イコール、異教の神々を怒らせているから、悪いことばかりが起きているのか?これ、偶像礼拝の根そのものなのです。
神々に気に入られることをやっていないから、神々がご立腹、機嫌
損ねているかも、献金、礼拝足りてない〜この様な思考回路こそが、偶像礼拝、偶像の神々に近づくやり方と同じ、ずれた思考回路であることが、聖書に記されています。
関係を求めるのではない。
自分のため、ご利益のために、神を利用しているだけだからです。
1世紀以降、ユダヤ人、そして異邦人迄もが、イスラエルの神を信じて、皇帝崇拝、ローマの神々を信じない、イコール、これは国家反逆罪、転覆罪、ローマ帝国に悪いことをもたらす元凶だ!と考えられていたのです。
4世紀以降は、異邦人イエシュア信者は、すっかり神の教え=
はじめの愛から離れました!今と同じです。神の教えから離れた理由、ローマが作った宗教をやっている原因は、この時代に迄さかのぼるものです。
最初は、異邦人も、使徒15章にある様に、ユダヤ人に神の教えを
教えられ、トラーを生きて、シャバット、新月、祭りを祝っていたのに、ローマ帝国に迫害された為、はじめの愛を完全に捨て、4世紀以降ローマが作った新宗教、ユニバーサル教に乗り換えたのです。
そして堂々と、ローマ帝国の前で、はじめの愛=イエシュアが
教えられた父の教え=婚姻契約=トラーの生き方を、行動を通して
否定し、神の教えを生きていない証明したのです。神の教えを捨てた!
そうしなければ、トラーを生きる異邦人も、ユダヤ人同様、処刑されたからです。命乞いです。
これが、黙示録の警告とぴったりと繋がっているものなのです。
その結果、今のようなクリスチャンと呼ばれる、異邦人だけの、
造語であるキリスト「教会」というものが、4世紀以降出現し、
今に至っているのです。神の契約=はじめの愛を離れた!捨てた!
これは、聖書の事実と、歴史の中で第四の獣、ローマ帝国の迫害で、
強制的に神の教えを捨てさせられたことを、自分でゆっくり考えない限り、見えてこない事実なのです。
今も同じでしょう。律法は廃れた!古い教えに戻るのか!
それは、4世紀にさかのぼるのです。
信じたら、ユダヤ人やめよ!ユダヤ的な古い教え全部捨てよ!
と言い続けているのが、それです。
そして、聖書にない教え、人が神の教えを否定、終了、廃れた!
と言い続け、ニコライ派と同じ、異教の神々、女神の要素の祭りをし、
きよくない動物を異教徒と同じ様に食し、罪を行い、聖別を汚し、
神の教え=はじめの愛から離れ、ローマの教えに移行したのです。
1)2つの群れ、スミルナと、フィラデルフィアで表されている
2つの群れ=トラー=はじめの愛=神の契約、教えに忠実に生きた
本物の残りの民のことが記されています。
2)ユダヤ人でも、5つの群で表される、トラー=はじめの愛を捨てて、ローマの偽物の教え、神々、女神の崇拝、祭り、そして、
聖別を汚す行為、不品行、異教徒と同じくきよくない動物を食する
ことをした!このタイプの群れがいました。
3)異邦人は、ローマ帝国下の迫害に耐えられず、元から契約に根付く生き方、神の教え=トラー=はじめの愛を知らないから、
簡単に神の教えを否定し、神の教えなど生きていません!!!と
行動を持って、それをローマ帝国に示したのです。
そして、ユダヤ人イエシュア信者は、イエシュアを信じることで
ローマ帝国からも、そして、裏切り者の同胞ユダヤ人からも、
酷い目に遭わされたのです。
カトリック、キリスト教が教える、メシアが来て、神の教えが変わり、新しい教えが出現し、新しい教会という異邦人だけの群れが
出来て、シャバット、祭りが廃止されたという偽情報の方を、
完全削除、消して下さい。事実無根の作り話であり、聖書に反する事実無根の嘘だからです。
そして、神は、神が創造されたモアデイム、シャバット、祭りを
人が汚すことを断固として禁じています!!!変えてはならない!
と警告しているでしょう。
それを変えるのが、反キリスト、神に敵対するものの行為と
ダニエル書7:25にも、はっきり記されています。
そして、それを、ギリシャ帝国同様に、第四の獣、ローマ帝国が預言通りに、それをしたのです!神のトラーと、神のモアデイムを変えた!!!
イエシュアが来られても、はじめの愛=トラー=神の教えは変わっていません!永遠に変わらない。それが神の創造された、神の性質通り=イエシュアそっくりにされた、人の生き方だからです。
その事実が、聖書、神の言葉から理解できない人たちが、第四の獣
ローマ帝国、反モーセの五書、反ユダヤ思想で、神の教えを塗り替える聖書解説をし続けているのです。
1〜4世紀は、現代のようなキリスト教、カトリックという宗教の
教えも存在していない!日曜礼拝、クリスマス、イースターもまだ
無い時代です。この事実からだけ、考えて下さい。
これらの祭りは、第四の獣が、神の教えと、モアデイムを捨てて、
代わりに作った記念日であり、聖書などではありません!
ローマ帝国のトラーを生きる人たちへの迫害につぐ、迫害と、
そしてローマ帝国内も安泰ではありませんでした。
カトリックという宗教が、コンスタンチヌスにより作られる前の
ローマ帝国は、どのような様子だったのでしょう?
ローマ帝国、皇帝は、皇帝が神です。
コンスタンチヌスは、戦争に勝利したのは、もしかしたら、
キリストのおかげかもと思い、そのキリスト的な思想を取り入れて、新しい宗教を作り、ローマ帝国の宗教にしたのです。
考えても分かりますが、思想の土台が人間中心。皇帝が神、教皇も
神です。そして、反モーセの五書、反ユダヤ思想が土台。
詰まり、皇帝、それに継ぐ教皇は、神の権限が与えられているという
大冒涜を平気で信じて、執行し続けてきたのです。
プロテスタントは、それに反抗、反対したのでしょう?
しかし、宗教の土台、根は変わってなどいないのです。
キリスト教史を正しく学ぶ必要があります。
元々、人間が神の言葉に手を加え、差し引きして作った宗教など
存在してはならないものだったのです。
イエシュアが教えられたこと、神の教えはユダヤ教や、キリスト教という宗教などではないからです。
そして、この1点、1〜4世紀には、キリスト教、カトリックの宗教の教えを実践し、神の言葉を廃れた!として生きている人はいない。
しかし、ローマ帝国の迫害で、皇帝崇拝、異教の神々、女神の偶像
礼拝と、神の教えを破る生き方をしていた人達も中にはいた!!!
これをやってしまったのが、黙示録に書かれている5つの群れです。
5=モーセの五書=はじめの愛=神の教えから離れた!
今のような宗教の教え、日曜礼拝、クリスマス、イースターは
ありません。偽の教えに交わった人は、皇帝崇拝、異教の神々
女神の不品行祭り、異教の神殿の祭壇に捧げられた汚れた動物
豚を儀式で食した。そういうことをしていたユダヤ人、異邦人が
いたのです。
クリスチャンは、神の教えが廃れたので、今は記念日はいつでも良い。シャバットはいつでも良い、なんでも食して良い。
果ては、LGBTQでも良いなどと、神の教え=はじめの愛から
完全に逸脱した教えを堂々と教えられ、実践しているので、ヨハナンの警告、はじめの愛から離れた、忘れた、捨てたという意味が全く通じていません。その代わりに、黙示録から汲み取る教訓は、空中軽挙で
消えるから頑張れ!と教えられているだけです。そんなのは嘘です。
現実逃避思想であり、ヨハナンは、空中軽挙で皆消えるなど、
トラーを知るユダヤ人には異物の思想など、編み出しませんし、
教えませんし、そんなこと黙示録に書いてもいません。
最後の警告、神の言葉、預言の書に、付け足し、差し引きする人への
厳しい厳重警告でその手紙、黙示録が締め括られているでしょう。