西洋宗教の伝統や教えを聖書と勘違いしている 第四の獣がやったこと | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

クリスチャンは、一般的に以下の様に信じていませんか?

 

1)1世紀にキリストが地上に来られて、今迄の教え、古い律法、

はじめの愛=トラー=モーセの五書とは違う新しい別の教えを、

キリストが解き始めた。

 

2)今迄は、神殿の祭壇で生贄捧げた人だけが、罪の許しが与えられた〜!

 

3)キリストの処刑、昇天以降は、今迄にない罪の許しの方法、

キリストの血で、告白するだけで許される。

生贄は廃止で、昇天以降、神殿の祭壇で、生贄も捧げられることが

停止した。

 

4)「新約聖書」という創作タイトルで記されている箇所には、

「異邦人クリスチャンの教会、カトリックやキリスト教」の教えが

が書かれている。

 

5)古い教え、ユダヤ教は廃れて、キリスト教、古い教えを否定した教えをキリスト、弟子達、パウロが教えていた。

新約聖書には、新しい教えと、新しい許し、救い、購いの方法が

書かれている。

古い教えは、廃れたので、シャバットも、古い律法の教えである

新月、過越、仮庵の祭りも廃れた。

 

6)神が創造されたシャバット、祭りは終了し、その代わりに、

ローマ皇帝が、聖書が閉じられた後、聖書に書かれていない

4世紀に人間が作った新しい時代の祭り、日曜礼拝、クリスマス、

イースター、又は万聖節を祝わう様に、神がご自分の真理を曲げて人間の考えローマ皇帝に賛同し

人々に命じた。

 

7)古い教えを生きることは、律法に戻ることであり、それは悪いことだ!又は、やりたい人だけやっていれば良い。又はユダヤ人だけ

やれば良い。律法は、神により十字架で処分されたのだから、

わざわざ古い教えに戻るのは愚かで、神の恵を無駄にする、悪い生き方だ。

 

8)今の時代は、神の言葉ではなく、それぞれ個人の判断が中心。

それぞれが考えて、神の言葉を仕分けて良い時代だ!

個人が考える日を、大事な日とし、どの日も安息日、記念日として

良いのだから、人間が自由に曜日を選んで祝えば良い。

神に対する人の気持ちが、何より大事だ。

(根拠されてしまった誤解箇所。ローマ14、コロサイ2、

1コリント16、使徒20)

 

9)今は祈れば、きよくない動物もきよくなり、何でも食べれる

時代になった。

(マルコ5、使徒10、ローマ14)

 

9)キリストを信じたら、キリスト教、カトリック、その他のどこかの宗派、教会に属さないとならない。

その教会の牧師、リーダー、方針に忠実に仕える。

活動、集会に熱心に参加し、奉仕し、多くの人に伝道して、

キリストを伝えなくてはならない。

十一献金は、マスト、神の命令だから絶対に捧げなくてはならない。

生活の中心は、教会、宗教活動が中心でなければならない。

家庭や個人の生活が第一ではなく、教会活動が中心。

 

10)日曜日は、主の日なので、日曜礼拝に教会に行かなくてはならない。日曜は、主の日、聖日だ。神がシャバットを変更し、

昇天以降は日曜日を聖別された。

 

11)クリスマス、イースターをクリスチャンは祝い、古い律法の

教えの祭り、シャバット、新月、過越、仮庵の祭りなど、今の時代には関係ない祭りは祝わない。古く廃れた時代錯誤の祭りだからだ。

 

イエシュアに出会ったら、一般のクリスチャンは、このような事を

教えられるのではないでしょうか。

上記の思想、教え、信条は、10000%全て、聖書、神の言葉、

神の教えなどではありません。

第四の獣の思想から編み出され、4世紀にはローマ帝国下に生きた人が強制的にやらされたことが、始まりです。

 

1世紀〜4世紀、特に聖書が記されている時代、マタイ〜黙示録の

時代のイエシュア信者、同時にイエシュアを知らないユダヤ人で

こんな思想を教えられ、これが神の教えだなどと受け取る人、

考える人など、誰一人いませんでした。その事実からだけ考えて下さい。

 

歴史の史実や、聖書解説で、1世紀以降のクリスチャン、

クリスチャン教会という表現がされてしまっているので、

クリスチャン、イコール今の様なキリスト教という宗教の教えを信じ、実践しているのが、1−4世紀のクリスチャンのことだと考えてしまいますが、それは、事実とは全く違います。

マタイ以降も、そして黙示録に登場するイエシュア信者、そうではないユダヤ人も、異邦人イエシュア信者も、もれなく全て、ローマが4世紀に作った宗教のの教えなど聞いたこともない、実践もしていない。

聖書に登場する残りの民、イエシュア信者、ユダヤ人、異邦人は

廃れた律法!とクリスチャンが教えられている、はじめの愛=トラーを神の教えとして、トラーを学び、生きていた人達である!という、

正しい理解に戻して下さい。

ローマ教の教えに生きる様に異邦人がなって行ったのは、

4世紀以降のことであり、聖書が閉じられた後、第四の獣が預言

通り、神のトラーと神のモアデイムを破棄して作った宗教です。

 

そして、ローマ帝国の迫害下、はじめの愛を捨てた異邦人、そして

同様に偽物のユダヤ人、イコール、偽物教え、ローマの神々の思想、宗教ニコライ派、バラムの教え、偽女預言者イザベルの教えという

言葉でヨハナンが警告し書いているのは、ローマ帝国に巣食っていた、偽物の神々そして、皇帝崇拝カルトの教えの事です。

その教えに染まって、神の契約=トラー=はじめの愛から離れた!

とユダヤ人が警告されているのです。

 

1世紀の時代も、ローマ帝国が危うい状態になって行った3、4世紀も、イエシュアを信じる人、ユダヤ人、異邦人、そしてイエシュアを知らないユダヤ人、皆イスラエルの神という唯一無二の神を信じ、

トラーを生きていた人を、ローマ帝国では、「無神論者」と呼んで

認識していました。なぜでしょう?

イスラエルの神を信じているのに、なぜ無神論者と言われるのか?

それは、ローマ帝国、時の皇帝の信じる神々、女神を信じない人、

そして、皇帝崇拝カルトをしない人、それらの人は、他の神々を信じていてもイコール、神を信じていない人となるのです。

ローマ帝国皇帝、帝国のために存在する神々、女神を喜ばせない

信じない人、イコール、無神論者と認定された。

詰まり、ローマ帝国が安泰に繁栄して行く為には、皇帝が信じる

異教の神々、女神を怒らせない、気に入られる崇拝、礼拝をやっているからだと考えていたからです。全ては皇帝の考えが中心!!!

皇帝が神だからです。

ローマ帝国に内紛、争い、又外部からの敵に戦いを挑まれる、

イコール、異教の神々を怒らせているから、悪いことばかりが起きているのか?これ、偶像礼拝の根そのものなのです。

神々に気に入られることをやっていないから、神々がご立腹、機嫌

損ねているかも、献金、礼拝足りてない〜この様な思考回路こそが、偶像礼拝、偶像の神々に近づくやり方と同じ、ずれた思考回路であることが、聖書に記されています。

関係を求めるのではない。

自分のため、ご利益のために、神を利用しているだけだからです。

1世紀以降、ユダヤ人、そして異邦人迄もが、イスラエルの神を信じて、皇帝崇拝、ローマの神々を信じない、イコール、これは国家反逆罪、転覆罪、ローマ帝国に悪いことをもたらす元凶だ!と考えられていたのです。

4世紀以降は、異邦人イエシュア信者は、すっかり神の教え=

はじめの愛から離れました!今と同じです。神の教えから離れた理由、ローマが作った宗教をやっている原因は、この時代に迄さかのぼるものです。

最初は、異邦人も、使徒15章にある様に、ユダヤ人に神の教えを

教えられ、トラーを生きて、シャバット、新月、祭りを祝っていたのに、ローマ帝国に迫害された為、はじめの愛を完全に捨て、4世紀以降ローマが作った新宗教、ユニバーサル教に乗り換えたのです。

そして堂々と、ローマ帝国の前で、はじめの愛=イエシュアが

教えられた父の教え=婚姻契約=トラーの生き方を、行動を通して

否定し、神の教えを生きていない証明したのです。神の教えを捨てた!

そうしなければ、トラーを生きる異邦人も、ユダヤ人同様、処刑されたからです。命乞いです。

これが、黙示録の警告とぴったりと繋がっているものなのです。

その結果、今のようなクリスチャンと呼ばれる、異邦人だけの、

造語であるキリスト「教会」というものが、4世紀以降出現し、

今に至っているのです。神の契約=はじめの愛を離れた!捨てた!

これは、聖書の事実と、歴史の中で第四の獣、ローマ帝国の迫害で、

強制的に神の教えを捨てさせられたことを、自分でゆっくり考えない限り、見えてこない事実なのです。

今も同じでしょう。律法は廃れた!古い教えに戻るのか!

それは、4世紀にさかのぼるのです。

信じたら、ユダヤ人やめよ!ユダヤ的な古い教え全部捨てよ!

と言い続けているのが、それです。

そして、聖書にない教え、人が神の教えを否定、終了、廃れた!

と言い続け、ニコライ派と同じ、異教の神々、女神の要素の祭りをし、

きよくない動物を異教徒と同じ様に食し、罪を行い、聖別を汚し、

神の教え=はじめの愛から離れ、ローマの教えに移行したのです。

 

1)2つの群れ、スミルナと、フィラデルフィアで表されている

2つの群れ=トラー=はじめの愛=神の契約、教えに忠実に生きた

本物の残りの民のことが記されています。

2)ユダヤ人でも、5つの群で表される、トラー=はじめの愛を捨てて、ローマの偽物の教え、神々、女神の崇拝、祭り、そして、

聖別を汚す行為、不品行、異教徒と同じくきよくない動物を食する

ことをした!このタイプの群れがいました。

3)異邦人は、ローマ帝国下の迫害に耐えられず、元から契約に根付く生き方、神の教え=トラー=はじめの愛を知らないから、

簡単に神の教えを否定し、神の教えなど生きていません!!!と

行動を持って、それをローマ帝国に示したのです。


そして、ユダヤ人イエシュア信者は、イエシュアを信じることで

ローマ帝国からも、そして、裏切り者の同胞ユダヤ人からも、

酷い目に遭わされたのです。

カトリック、キリスト教が教える、メシアが来て、神の教えが変わり、新しい教えが出現し、新しい教会という異邦人だけの群れが

出来て、シャバット、祭りが廃止されたという偽情報の方を、

完全削除、消して下さい。事実無根の作り話であり、聖書に反する事実無根の嘘だからです。

そして、神は、神が創造されたモアデイム、シャバット、祭りを

人が汚すことを断固として禁じています!!!変えてはならない!

と警告しているでしょう。

それを変えるのが、反キリスト、神に敵対するものの行為と

ダニエル書7:25にも、はっきり記されています。

そして、それを、ギリシャ帝国同様に、第四の獣、ローマ帝国が預言通りに、それをしたのです!神のトラーと、神のモアデイムを変えた!!!

イエシュアが来られても、はじめの愛=トラー=神の教えは変わっていません!永遠に変わらない。それが神の創造された、神の性質通り=イエシュアそっくりにされた、人の生き方だからです。

その事実が、聖書、神の言葉から理解できない人たちが、第四の獣

ローマ帝国、反モーセの五書、反ユダヤ思想で、神の教えを塗り替える聖書解説をし続けているのです。

1〜4世紀は、現代のようなキリスト教、カトリックという宗教の

教えも存在していない!日曜礼拝、クリスマス、イースターもまだ

無い時代です。この事実からだけ、考えて下さい。

これらの祭りは、第四の獣が、神の教えと、モアデイムを捨てて、

代わりに作った記念日であり、聖書などではありません!

ローマ帝国のトラーを生きる人たちへの迫害につぐ、迫害と、

そしてローマ帝国内も安泰ではありませんでした。

カトリックという宗教が、コンスタンチヌスにより作られる前の

ローマ帝国は、どのような様子だったのでしょう?

ローマ帝国、皇帝は、皇帝が神です。

コンスタンチヌスは、戦争に勝利したのは、もしかしたら、

キリストのおかげかもと思い、そのキリスト的な思想を取り入れて、新しい宗教を作り、ローマ帝国の宗教にしたのです。

考えても分かりますが、思想の土台が人間中心。皇帝が神、教皇も

神です。そして、反モーセの五書、反ユダヤ思想が土台。

詰まり、皇帝、それに継ぐ教皇は、神の権限が与えられているという

大冒涜を平気で信じて、執行し続けてきたのです。

プロテスタントは、それに反抗、反対したのでしょう?

しかし、宗教の土台、根は変わってなどいないのです。

キリスト教史を正しく学ぶ必要があります。

元々、人間が神の言葉に手を加え、差し引きして作った宗教など

存在してはならないものだったのです。

イエシュアが教えられたこと、神の教えはユダヤ教や、キリスト教という宗教などではないからです。

そして、この1点、1〜4世紀には、キリスト教、カトリックの宗教の教えを実践し、神の言葉を廃れた!として生きている人はいない。

しかし、ローマ帝国の迫害で、皇帝崇拝、異教の神々、女神の偶像

礼拝と、神の教えを破る生き方をしていた人達も中にはいた!!!

これをやってしまったのが、黙示録に書かれている5つの群れです。

5=モーセの五書=はじめの愛=神の教えから離れた!

今のような宗教の教え、日曜礼拝、クリスマス、イースターは

ありません。偽の教えに交わった人は、皇帝崇拝、異教の神々

女神の不品行祭り、異教の神殿の祭壇に捧げられた汚れた動物

豚を儀式で食した。そういうことをしていたユダヤ人、異邦人が

いたのです。

クリスチャンは、神の教えが廃れたので、今は記念日はいつでも良い。シャバットはいつでも良い、なんでも食して良い。

果ては、LGBTQでも良いなどと、神の教え=はじめの愛から

完全に逸脱した教えを堂々と教えられ、実践しているので、ヨハナンの警告、はじめの愛から離れた、忘れた、捨てたという意味が全く通じていません。その代わりに、黙示録から汲み取る教訓は、空中軽挙で

消えるから頑張れ!と教えられているだけです。そんなのは嘘です。

現実逃避思想であり、ヨハナンは、空中軽挙で皆消えるなど、

トラーを知るユダヤ人には異物の思想など、編み出しませんし、

教えませんし、そんなこと黙示録に書いてもいません。

最後の警告、神の言葉、預言の書に、付け足し、差し引きする人への

厳しい厳重警告でその手紙、黙示録が締め括られているでしょう。