その祭りと、キリストの意味を融合して作ったものが、クリスマスや
イースターでもあるのです。
もちろん1世紀にはそのようなものは、ありませんでしたが、
後にローマ帝国が、異教の神々、女神の祭りを変えて作ったものが
それです。
これは、歴史を調べれば分かります。
日本に、イエズス会の教えを伝えたフランシスコ ザビエル。
これは、政治、経済、その他を、布教の地で乗っ取る計画が
裏にあったものだから、時の政府は警戒したのです。
その組織により、宣教師が送られて来たのです。植民地化目的。
この思考回路、ローマ帝国の思考回路そのものです。
人の行動、思想を、帝国皇帝、教皇、トップが全てを支配し、
人民全部を従わせる構造。階級制度。
純粋な神の言葉=教え、=イエシュアが教えられた父の教え=
トラーではない、別物の教えがふんだんに混ざった、ローマ教の教えを伝えに来たのです。
それは、ローマ帝国発祥の宗教であり、イエシュアが教えたトラーではない、別物に変えられたものを、ヨーロッパ=ローマ帝国、
異教の神々の思想が浸透した場所を通過し、東、中国や日本に来た。
それは既に純粋な福音、神の教え、イエシュアが教えた父の教えから
遠く離れた、人間の思想が混入した、オリジナルの教えではなくなってしまったものが、入って来たのです。
彼らのローマ帝国思想の思考回路、考えは、神の言葉を曲げても、
その土着文化に根付いた分りやすいものに変えて伝える。
そういうことをして来たのです。
ローマカトリック教なのに、「天竺教という仏教の一派」ですと
いう嘘で、その宗教を紹介し、当時の日本人の関心を引いたのです。
そのような嘘が神に禁じられていることを、聖書を読みながら
全く理解しない人達が、少数民族のところに行き、聖書に書かれた「イエシュア=子羊を豚」と訳したりするのです。
なぜ?豚は、その民族には、最高に気高い神と同様に崇拝される
動物だから、豚と訳した?こんな違反をする人の手に、
神は契約を受け取る代表者などと、立てません。
神が伝えた通りを、伝えていかないとならないからです。
前回の黙示録の記事の続きですが、
ローマ帝国下にあった祭りは、異教の神々の祭りであり、
それらに、参加しない事は、イコール、社会的、経済的自殺行為
そのものだったのです。
社会から爪弾きになり、ブラックリストに載る行為なのです。
ローマ帝国下で、皇帝を神と崇拝しない、拝まない、又は強制的に
参加させられる異教神、女神の狂った不品行の祭りに参加しないとは、皇帝の繁栄と、国の繁栄を阻止しす行為であり、
神々を怒らせる、呪いを招く行為だ!と考えていたからです。
「反社会的行為」とみなされたのです。
私達は、無神論というと、何の神も信じていない人と考えますが、
当時ローマ帝国下、ヨハナンが手紙を宛てたトルコ周辺の7つの
都市では、ローマ帝国の異教の神々を信じていない、皇帝崇拝を
しない人、イコール、無神論者とみなされたのです。
その人たちは、ローマ帝国の繁栄を邪魔する、異端分子と考えた。
イスラエルの神を信じる事は、全く関係ないのです。
ローマ帝国下に住む人々は、ローマ帝国のために、ローマ皇帝と、
彼の神々、女神を信じないとならないのです。
皇帝を神と崇拝しない人、市場に入る時、これは、宮殿、神殿が
全ての生活の中心ですから、皇帝崇拝の儀式〜皇帝に対してお焼香を
しない人、行動でそれが見えるのです。
それは、イコール、反逆者、帝国の繁栄を妨害する神々を怒らせる人だ!と、即座に爪弾きにされるような環境だったのです。
祭りを祝わないことで、神々を怒らせ、この経済ブーム、国の繁栄、バブルを壊すことをしている!道外れた人非人だ!とみなされたのです。
これに賛同することで、小い店の主人は、商売が出来、社会生活が
成り立っていたので、皇帝崇拝をしない、異教の神々、女神を崇拝しない、異教神のローカルの祭りに参加しないことは、イコール社会的、経済的自殺行為だったのです。
社会的圧力は、膨大で、商売で銀行にローンをしてもらえない。
市場にも出入り出来ない。商売もできない。売り買いも出来ない。
社会的、経済的生活が、閉ざされることだったのです。
祭りに参加することで、皇帝に対し、同時に隣近所の人に忠誠を
示す。それではなければ、ギルドから外される。
ユダヤ人は、このような異教の神々の祭りには参加拒否して、
それで、無神論者とみなされたのです。迫害、阻害があったのです。
春の祭り、3月辺りに来る祭りは、花の祭りであり、酒乱祭りです。
ディオニュソスはワインの神であると同時に、植物の「樹液」や
「生気」といった生命の根源的なエネルギーを司る神です。
春になってブドウの木が芽吹き、花々が咲き誇る季節に、
前年に仕込んで冬の間に熟成させた新しいワインの樽(ピトス)を
開封し、神に捧げて人々が酌み交わしました。
これは、街中が、らんちき騒ぎで賑わう3日間だったのです。
ドイツにもオクトーバーフェストという、ビール祭りがありますが、
この祭りとは全く違い、強制的に酒乱祭りをさせられ、街中が狂うという状態になるのです。
そして、もう一つの祭りは、4月に来る祭りです。
これは、性的に自由奔放、異教の神々の神殿で、異教の神々の
神殿娼婦と不品行で交わるという、アフロディシア祭です。
しかも、公に、壁を立てないで、不品行を街中で行う。
人間ではない、動物以下の祭り。ソドムとゴモラ状態。
神殿娼婦と、他では血を流すゲームした。
ローマ帝国下で、春に各地で行われたアフロディテの祭り。
これ、あの島の事件と同じです。こんな異常な行為をローマ帝国下の
都市に住む人が、こぞってやらされる!
アフロディテは豊穣と性の女神でもあったため、儀式的な売春や、
性的放縦(不品行)を伴う祝宴が広く行われていました。
そして、一方では、コロシアムで人を殺害するようなことをして
いたのです。ドミティアヌス皇帝は、ネロの次ぐ残忍で、
暴君な皇帝であったのです。
これらの狂った祭りに参加することは、ローマ帝国下に在った
都市に住んだ人は、絶対に、皇帝と神々に忠誠を誓い、参加しなく
てはならない行事だったのです。
ローマ帝国に対して反逆者、このようなローマ帝国ライフスタイルをしないのか?こんな事、イエシュアを信じる人たち、
ユダヤ人はできなかったのです。
その当時、異邦人は、イエシュア信者でも、普通のユダヤ人でも、
その区別ができない状態です。
誰もが、神の教え=トラー=契約に根付く生き方をしているからです。このような異教の神々と皇帝を崇拝し、おぞましい不品行を平気でするローマ帝国人とは違う。
この他の春の祭りは何があったのでしょう。
エペソのアルテミス祭
エペソでは、春(およそ4月〜5月頃)に豊穣と多産の女神
「アルテミス」を祝う大祭アルテミシア(Artemisia)が
開催されていました。
内容: 巫女たちが女神の神聖な像を伴って神殿から市内の劇場まで
行進する、壮大な行列が行われました。
春祭り特有の儀式: 儀式には、女神の処女性の回復を象徴して像を
海(港)で清める儀式などが含まれていました。
熱狂と経済効果: 音楽、演劇、スポーツ競技が何日にもわたって
繰り広げられ、広域から巡礼者や商人が押し寄せる、
古代世界最大級の宗教的・経済的イベントでした
融合、統合を頭に置いてください。
このようなものが、ヨーロッパでは、次の祭りのなりました。
イースター(復活祭)の語源となった、多産と復活(春の再生)
を象徴する女神の祭りは、ゲルマン神話の春の女神
「エオストレ(Ēostre)」、またはドイツ語圏の呼称で
「オスタラ(Ostara)」の祭りです。
1世紀のエペソの祭り(アルテミシア)の話から、
ヨーロッパ北部の春の祭りへと繋がる、とても興味深い歴史の
背景があります。
この祭りには、以下のような特徴やシンボルの由来があります。
ヨーロッパ北部(アングロ・サクソン人やゲルマン人)の間で
古くから信仰されていた、「春の女神」であり「地平線から昇る朝日の女神」です。
彼女の名前は「東(East)」の語源でもあります。
冬の死の世界から自然がよみがえる「春の連鎖(復活)」と、
新しい命が次々と生まれる「豊穣(多産)」を司る女神とされていました。
2. 春の女神の祭りとイースターの融合
もともとキリスト教とは無関係な「異教の春祭り」でしたが、
キリスト教がヨーロッパ北部に広まる過程で、
「冬の終わりと命の再生を祝う春祭り」が、時期の近かった
「キリストの復活祭」と結びつきました。
お祭りの名前そのものがキリスト教に吸収され、
英語の「Easter(イースター)」やドイツ語の「Ostern(オステルン)」という言葉になりました。
キリスト教が3、4月にイースターを祝うのは、春の満月、春分の
最初の日曜日を、その日と決めたからです。この祭りが由来です。
現代のイースターでもおなじみのシンボルは、もともとこの春の女神の祭りに由来しています。
イースター・エッグ(卵): 一見すると動かない死んだような
殻の中から、新しい生命が誕生することから「復活」と
「宇宙の始まり」の象徴とされました。
イースター・バニー(うさぎ): 一度にたくさんの子を産み、
春先に活発に動き出すことから、古くから世界中で「多産」と
「生命の繁栄」のシンボルとされていました。このうさぎは
「女神エオストレの使い」だったという伝承も残されています。
歴史のつながり: 前回の「エペソのアルテミス」も多くの乳房
(あるいは卵)を持つ多産・豊穣の女神でしたが、
ヨーロッパ北部にいくと、それが、うさぎと卵を従えた
「エオストレ」になります。地域や時代が変わっても、
古代の人々が「春の訪れ(復活)」と「命の誕生(多産)」
を熱狂的に祝った性質は、驚くほどよく似ています。
これが帝国の特徴です。異教の神々の教え、話、要素、祭りを
融合、合体させて新しいものを作り続ける。
これを、やったのがローマ帝国製造のローマ教です。
皇帝の上に イスラエルの神を信じるのか?という、命懸けの
選択があったのです。