アイルランド人、ダービーが19世紀に作った思想、教理は、
まがいものです。
それ以前に、ローマ帝国、人間が宗教の教えなどを作った時点で
聖書ではない教えが、混入、しかも、神の教えそのものを
真っ向から人間が否定する冒涜。
神の教えは破棄された、異邦人には無用、廃れた、古いという
教えを、主張したのは、ローマ帝国が神の教えを捨てて作った思想。
それらは、皇帝、教皇、司教、教父、全て異邦人がやった事であり、神ではありません。
キリスト教という今まで聞いた事もない別の教えを、イエシュアが
教えに来たとか、今迄教えられた神の教えは廃れたとか。
いや、どの部分の神の言葉が廃れたと主張しているのですか???
神の言葉が分解できない性質であることが、見えないのです。
全部丸ごとで、神の性質通りに造られた人の生き方を教えているのです。
車のマニュアルを与えれたら、ある部分を捨てますか?
それは、その車全体の構造、機能を知らない事になるだけです。
生贄?それは、罪の赦しのためにされているものではない。
これが、分からないのは、単に同じ問題、聖書を正しく教えられて
いない、教育の欠落です。
誰一人、動物の血で罪許される人はいないとあるでしょう。
ミシュカン、神の家の中で、イエシュアのされた贖い、救い、
許し、修復の意味、そして、新しくされた人として、神の前に出て、
交わる、対話する、臓物全部神の祭壇の上、神の前に出して、
透明な状態で安全に話せる。それを教えられているのです。
コルバンが、シミ、傷、欠損がない初子、それは、イエシュアを
通して、新しくされた人を教えているものなのです。
最上の初穂も同じです。
カインとアベルが、神の前に出て捧げ物をした時、カインは、
最上の初穂ではない、普通のものを持って来た。
そして、アベルは、初子の子羊を神の前に捧げた。
カインのコルバンが、拒絶されたのは、神が言われた通りにしな
かったからです。
このような事件を通して、神は人に同じことを教えています。
エデンの園の命の木と、知識の木〜同じ1つの木。
神が言われた通りの近づき方、関係を求める近づき方
それとも、自分の考え、自分の要求満たすために近づく近づき方
これは、命に繋がらない生き方になるのです。
イエシュアが来られて、初めて子羊の血の代価が支払われ、
贖い、許し、救いが与えられる時代になったという、時系列上の
西洋人が語る福音とは別の福音を削除してください。
古代の人は、エデンの園から、永遠の中に屠られた子羊の代価、
そして、新しくされた事実を、教えられ、聖霊を受けて知っていたのです。それは、その一人一人が、受け取り、生きるかの違いであり
今と同じです。
時系列上、思考回路だから見えないのです。
聖書には、贖われ聖霊を内側に受けた人のことが書かれています。
それが、残りの民です。特別な人だけに与えられたものという
キリスト教の解説は、聖書の事実ではありません。
聖書には、限られた人のことが書いてあるから、イコール、それら
選ばれた人だけが、聖霊を与えられたという間違った読み方を
しているのです。
見ないで信じるものは、幸いと言われた通り、見えない世界〜霊的と
言う、天の現実、永遠の中に完結し存在している、贖いの方法は
1つ、イエシュアを通して以外、誰も神のもとに戻ることは、
出来ない、それが事実です。
キリスト教の教えに沿えば、聖書とは異なる人が考えた教えを
教えられてしまうのです。
永遠の中から同じ!何も変わらない。
目に見えない現実〜永遠の中に屠られて支払われた代価、神ご自身が
与えた命の代価は、既に完結しているのです。
それが、地上で証明されたのです。
今までにない事が起きると、何かが変化したと思いこむのは、
神が言われている言葉、事実、実態に立っていないからです。
神は変わらない、神の言葉は永遠に変わらない。これが神の伝える
事実です。
西洋人が編み出した思想は、聖書の思索ではありません。
パウロのように、トラーを幼い頃から学び、最高峰の学者から、
学んだような教育がない人が、勝手に自分の思想を作り出す。
こんな偽物、神の言葉を人間の思想で歪めて解説する聖書解説、
聖書とは違う聖書解説は、五万とあるのです。
もし、聖書を正しく理解するなら、神の教えは廃れた、無用、
神の記念日は、人が自由に選んで良いのだ〜などと言う、
神に対する冒涜的な教えなど出て来るわけがありません。
エデンの園から同じ。神へのアプローチが、神が言われた通りではなく、人間の教えにすり替えてアプローチする。
命の木、命の源にそのまま繋がるのではなく、人間の思想で、
神が言われた事とは別物、別の見方、やり方を取り入れ、それを
通して、神に近づく。根本がずれているのです。
人間が神に物申す?人間が神の名で呼ばれる?聖なる父?
その名は、神ご自身だけが使えるタイトルであり、人間が盗めるものではありません。
しかも、聖なる父は聖書を正しく解説していない事は、その人が語る聖書解説からも、明らかです。
有名な教師、思想、イコール真実ではありません。
世の中は、偽物で溢れかえっています。土台が、偽物のパン種が
たくさん潜んでいるからです。
有名な教師、伝道師が、聖書ではない教えを、堂々としているのです。
ある部分は事実でも、土台が聖書ではない、人間が神の教えを否定
削除、破棄した思想だからです。
世界には、忠実に神の言葉を学ぶ人達、学者がいるのです。
他の学問の世界、プロの世界なら、通用しないことが、信仰の世界では、平気で通用してしまっているのです。
正しい訓練、学びをしない外科医に、自分の手術など頼まない。
デイスペンセーション神学が、浸透して、それが聖書と勘違いされ
教師が、人間の歪んだ教理から、曲がった聖書解説を施し、
ことごとくパウロという人物と、彼が記した書簡に、歪んだ聖書解説を施しているのです。
全部が不真実ではない。でも、思想の土台が事実ではない。
水に少しでも毒物を混入したら、その水は汚染されるのです。
二言目には、神の教えは廃れた!異邦人には関係ない!今は人が
判断して決めて良い!今はいつでも、人が考える日が安息日、記念日。神の教えは生きなくてよい。これ、神の教えに反する人間の教えであり、神が伝える事実とは、真逆の偽の教えなのです。
パウロは、100%もーセーの五書に忠実に生きて、人に教えた
トラー学者なのです。パウロは、ダービーのようなイスラエルの神と神の言葉の進化論など人に教えていません!
デイスペンセーションは、最初から、歪んだ思想であり、まがいものの教えである、欠陥教理の証拠は、その教理自体が証明しています。
聖書にそぐわない、マッチしない思想だからです。
だから、その神学はずっと手直しをされ続けているのです。
いや、その神学を、普通の人でも、間違っていることに気がつけます。そして、その教えを排除、削除しているのです。
こんな人間の作った思想など研究しないで、神の言葉、オリジナルの
ヘブライ聖書を学ぶということを、聖書を教える人はしなくては
ならないのに、偽物の教えを熱心に追求し、人間が作った歪んだ教理
思想で、聖書を読み解くという聖書解説の違反をしているのです。
その事実が、見えていない。本物の教えと思い込んでいるからです。
詳しい事が分からなくても、人が神の言葉、教えに対して、
これが終わり、あれは無用と勝手に手を加えて、付け足し、差し引き
する時点で、神に対する罪を犯し、神が禁じていることをしている
とはっきり自覚してください。
正しく聖書を教える教師がいない。これが事実です。
聖書は聖書で読み解き、解説しないとならないという、基本的な
ルールを完全違反しているのが、宗教とその教理で聖書を解説する
行為なのです。
不具合だから、偽物の教えだから、ずっと手直ししているのです。
1)古典的デイスペンセーション
2)改訂デイスペンセーション
3)斬新的デイスペンセーション
神のオリジナルの言葉には、改訂版や、訂正はありません!
ヘブライ聖書には、改訂版の必要がありません。
神の口から語られた、神の言葉は完全だからです。
翻訳には不具合やより意味の近い翻訳があれば、それに改訂する。
聖書にそぐわない、人間の思想、教理だから、こんな何度も何度も
今も、この神学に手直しがされているのです。
唯一、置換神学と比べて真実を述べているのは、イスラエルは契約を
受け取る民という事実は、認めているところです。
しかし、異邦人には関係ない教えと、真実ではないことを主張する
こんな教えは全部捨てて、神の言葉だけに戻らないとならないのです。
オリジナルが保存されているという意味は、重要なのです。
一字一句、文字の数も、言葉も同じ。誰も変えられない!
人間が神の言葉に手を加えられないからです。神がそれを確保した
のです。
だから、一人の人=一つの民族、一つの言語を選び、神は神の
伝える神の考えを託す、聖別された人を選び出す必要があったことは
クリアーに見えるでしょう。
皆が、今のように神の教えを捨てて、すり替え、塗り替えるような
ことを平気でできる、それが死に匹敵する罪であると神が教えているに対して、全く理解がないからです。
自分に関して考えても、大事なことを人に託して、その人が、
自分の考えてと違うことを伝えるなら、それは伝達人としての役割が
なされていないでしょう。
依頼者に託されて、送られたもの、メッセージを依頼者に伝えられた通りに伝える人は、依頼者の伝言とは違うことを言いません。
長男を教育し、世界へ同じ神のトラーを生きることを教える人が
立てられる必要があるのです。
神の教えを、人間が変えた!ローマ、異邦人が変えた!
これが本当の事実です。空想で聖書を読み、イエシュアの処刑、
昇天、又は、神殿の幕が裂けたから、これから全員神に近づけるようになった!そんな教えをするイコール、聖書を理解しない人が
自分の考え、発想を述べているだけです。
イエシュアしか、父の元に戻る道はないのです。
大祭司しか、至聖所には、入れないのです。
人が誰でも、直接入れない。
詰まり、神のもとに戻る方法は、メルキゼデクの位に属する天の大祭司、であるイエシュアしかその幕を通り、至聖所に入ることが
出来ないのです。
聖書のある箇所を利用して、作り出される空想話、作り話、解説は
後を絶たないのです。
自称、預言者、使徒もたくさん出現しています。
今や、本当にひどいものです。全員が全員ではないけれど、
ローマ教と同じ、階級システムのせいで、そのような偽物にNOと
言えないのです。
そして、世の中と同じように闇、腐敗が広がり、それを知りながら
隠蔽工作しているのです。
これは、神の教えを知らない、契約に根付いて生きるコミュニテイの
生き方ではありません。
これは、歴史の中でずっと起きています。
しかも、それらは西洋宗教の教師です。
巷から聞こえる偽物の教えに耳を塞ぐ
