人は何をしてきたのか? | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

聖書を読んで、神の教え、警告が丸で、過去の話であり、自分には

関係のない他人事に聞こえるならば、神の声はその人には、

神が意図している通りには、届いていないのです。

神が警告している偶像礼拝、高き所の礼拝、ヤラベアムの罪とは

今も同じです。人間が神の教えに、付け足し、差し引きし、人間の

考えを通して、神に近づく、礼拝すること、それをずっと神は警告

し続けているのに、神の教えを捨てる人には、神の警告、

教えは、全く通じていないままになっているのです。

 

1列王記 12:28 そこで王は相談して、二つの金の子牛を造り、

民に言った、「あなたがたはもはやエルサレムに上るには、

およばない。イスラエルよ、あなたがたをエジプトの国から

導き上ったあなたがたの神を見よ」。

12:29 そして彼は一つをベテルにすえ、一つをダンに置いた。

12:30 この事は罪となった。民がベテルへ行って一つを礼拝し、

ダンへ行って一つを礼拝したからである。

 12:31 彼はまた高き所に家を造り、レビの子孫でない一般の民を

祭司に任命した。

12:32 またヤラベアムはユダで行う祭と同じ祭を八月の十五日に

定め、そして祭壇に上った。彼はベテルでそのように行い、

彼が造った⑥子牛に犠牲をささげた。

また自分の造った高き所の祭司をベテルに立てた。

12:33 こうして彼はベテルに造った祭壇に八月の十五日に上った。

これは彼が自分で勝手に考えついた月であった。そして彼はイスラエルの人々のために祭を定め、祭壇に上って香をたいた。

 

ヤラベアムは、何をしたか書いてあります。

出エジプトしたイスラエルと異邦人、異教の神々、太陽神のシンボル

金の子牛を通して、イスラエルの神の祭りを祝ったとあるのを、

ヤラベアムは繰り返しています。

神の祭りは、過越、シャヴオート、仮庵。

シナイ山で婚姻契約を受け取った、それがシャヴオートで、その祭りをしていたことが書かれています。聖霊降臨祭りなどではありません。

しかも、ヤラベアムは、

1)2つの金の子牛を作った。金の子牛に動物の犠牲を捧げた。

2)エルサレム以外の場所に、神の家、祭壇を作り、

捧げてはならない場所で、コルバンを捧げた。

3)高き所の礼拝所、異教の神々の礼拝場に神の家を作り、

そこにレビ族でない男子を祭司として立てた。

4)エルサレム、神の家に上り祝う、都上りの祭り「仮庵の祭り」

は、第七の月の15日です。

その祭りの日を別の日に変えた。第8日の月の15日にした。

それは、ヤラベアム王が、勝手に思いついた日であると書いてあります。

これ、4世紀のローマ帝国がやったことに、同じようにぴったり

当てはまる、同じ警告です。

1)金の子牛、様々な偶像、太陽神の偶像を作った。

人を神と同等にまつりあげ、聖人とした。

イエシュアの母、ミリアムも女神とした。

2)高き所の礼拝場、異教の神々の礼拝場=バシリカを、イスラエルの神の礼拝場とした。

3)神のシャバット、第7日目ではない日、太陽神の日、ローマ皇帝の日の日曜日変えた。

第七日から、第1日にシャバットを人間が変えた。

4)祭司は、レビ族以外にいないので、その新興宗教は、教皇という

神になり変わる人、神の権限を持ち、神の教えを塗り替える権威を

持つ人として立てられ、宗教階級制度を作った。

5)神のトラー=モーセの五書を生きることを禁じた。

6)神の創造されたモアデイム、シャバット、新月、祭りを

全部廃止、祝うことを禁じ、代わりに太陽神信仰に根付いた異教徒

異邦人のために、日曜礼拝、クリスマス、イースター、万聖節、

太陽神の祭りを、ローマ教的に作り変えて、それを通して、イスラエルの神を礼拝することに変えた。

自分たちの思いつきの、別の記念日を作った。

西洋と、ヘブライは全く別物なのです。

これ、神の前に、神が伝える死に匹敵する、イスラエルの神を汚す、聖別を汚す罪ではなくて、一体何なのでしょうか?

神は、今はいつでも、記念日、神のモアデイム廃止して良いと

いつ言われましたか?

人が、神の教えと、神の記念日に手を加え、変えることを、断固と

して禁じているでしょう。

ダニエル7:25にある、反キリストとは、神の教えと、神の時を

変えようとするもの!それそのものではないのでしょうか?

神の言葉に照らし合わせたらそうです。

 

神が創造されたモアデイム、祭りは、今年は、4月1日、水曜日の晩が過越の祭りです。聖書の暦では、第一の月の15日が始まる時。

その日前に、家の中からパン種を全て除去すると神が教えています。

そして、7日間、種無しパンを食べる週である、使徒20にある

除酵祭りとは、過越から7日間の種無しパンを食べる祭りのことです。

馬鹿馬鹿しい教え?そう、神の教えを受け取らない人には、

愚かに聞こえる変な教えですよね。

こう言うことです。神の言われることを、聞いてそれをする人、

神の考えを理解するに至る。神の言葉を軽くあしらい、受け取らない

神の考えはその人には伝わらないままになると言うことです。

過越の祭りでは、パン種=ハメッツは、罪を表しています。

神が罪を除去された!種無しパンは、マッツアです。

シャヴオートでは、小麦の初穂にパン種を入れたものを捧げるのです。新しくされた命を表しているものなのです。イエシュアの性質。

 

1コリントで、パウロが過越の祭りを祝う中で、教えています。

あなたは、マッツアと。

要らないもの=罪が削ぎ落とされた人である!

これは、過越の祭り、エデンの園の最初からマッツア=新しくされた人を与えられている、信仰により受け取ることを、教えているのです。

パウロは、日曜礼拝、クリスマス、イースターを人に教え、

自分でも祝ったりしてもいないことは、聖書を読めば分かるのです。

しかも、ローマ教は、聖書が閉じられた後、4世紀に西洋人が

作ったものなのです。

又は、ローマ14章を読み違えた間違った聖書解説のように

いつでもその人が考える日で良い!神の記念日のことなど、

ローマ14章でパウロは微塵にも話していません。

そんな罪、神に対する冒涜、不敬、神を汚す、聖別を汚す事を

教える人は、神の使徒、聖書を正しく教える人ではなくなります。

神の言葉、記録が、それを証明しているからです。

 

パウロが、シャバット、新月、過越、仮庵、神が創造された記念日を

祝ったのは当然です。なぜなら、パウロはユダヤ人であり、神の教え=トラー、契約に忠実に生きている人であり、使徒だからです。

パウロ自身も、使徒21:21でそれを証明しているからです。

パウロが何者か?と言うことを知らないまま、空想話、作り話、

パウロは、モーセの五書とは違う、モーセの五書、割礼やその他の教え、神の記念日を今は自由に作り変えて良い!などという罪を人に

教えない人であることを、はっきり聖書から把握し、正しく理解してください。

パウロは、過越の祭りの晩餐を祝うことに関して、教えているのです。

1コリント5:6 あなたがたが誇っているのは、よろしくない。

あなたがたは、少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませることを、知らないのか。

 5:7 新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。わたしたちの

過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ。

5:8 ゆえに、わたしたちは、古いパン種や、また悪意と邪悪との

パン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンを

もって、をしようではないか。

 

祭りと読んで、イースターなどと読み違えないでください。

パウロは、過越の祭りの7日間の話をしているのです。

最近、新しく友達になった、クリスチャンがいるのですが、

過越が来るので、クッキー、クラッカーなど、イーストが入っているものを全部、皆にお裾分けしました。

こう言われました。「なんでこんなことしているの?」と。

そうですよね。イエシュアを信じても、聖書を教えられていない

イエシュアが何を教えて、何を生きよと教えているのかも知らない

ヤラベアムの罪と同じく、西洋ローマが作った宗教の教えに変えられた教えや、記念日を教えられてしまったのが、異邦人なのです。

神の創造された記念日は永遠に祝われるものであるとも、理解しないそれが普通なのです。

イエシュアが処刑される前の晩、過越の祭りの晩、弟子たちを集めて

再更新されたのは、同じモーセの五書=シナイ山で与えられた

同じ契約です。

新しい契約=中身が別の契約などと、イエシュアは語りません!

なぜなら、神の家の家訓=父の教えは、1つしかないからです。

再更新され続ける同じ契約です。そして、その契約を受け取る人の

状態が変わって行くこと、中身が変わることが、重要なのです。

神の教えが変わるのではなく、変わる必要があるのは人の内側の方であることを教えていることを、理解してください。

神の言葉は、完全であり、変わる必要がないからです。

 

イエシュアの贖い、救い、許し、神のものとされ、聖別されていること、聖霊が住まうこと事実は、最初から教えられているのです。

 

同じ神の教えは、預言者やその他、様々な方法で同じ教えを伝えられ、その教えが実際にイエシュアが肉体を取って地上に来られ、

同じ教えを証言し、教え、生きたと書いてあるのです。

 

ヘブル 1:1 神は、むかしは、預言者たちにより、いろいろな時に、

いろいろな方法で、先祖たちに語られたが、

 1:2 この終りの時には、御子によって、わたしたちに語られたので

ある。神は御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、

もろもろの世界を造られた。

 

出エジプト12:1 主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、

12:2 「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。

12:3 あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、

この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。

12:4 もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。

12:5 小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。

12:6 そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮にこれをほふり、

12:7 その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、

かもいにそれを塗らなければならない。

12:8 そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。

12:9 生でも、水で煮ても、食べてはならない。火に焼いて、

その頭を足と内臓と共に食べなければならない。

12:10 朝までそれを残しておいてはならない。朝まで残るものは火で焼きつくさなければならない。

12:11 あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。

すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、

急いでそれを食べなければならない。これは主の過越である。

12:12 その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に

審判を行うであろう。わたしは主である。

12:13 その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、

しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越す

であろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。

12:14 この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。

12:15 七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。

12:16 かつ、あなたがたは第一日に聖会を、また第七日に聖会を開かなければならない。これらの日には、なんの仕事もしてはならない。ただ、おのおのの食べものだけは作ることができる。

12:17 あなたがたは、種入れぬパンの祭を守らなければならない。ちょうど、この日、わたしがあなたがたの軍勢をエジプトの国から導き出したからである。それゆえ、あなたがたは代々、永久の定めとして、その日を守らなければならない。

12:18 正月に、その月の十四日の夕方に、あなたがたは種入れぬ

パンを食べ、その月の二十一日の夕方まで続けなければならない。

12:19 七日の間、家にパン種を置いてはならない。種を入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生れた者であれ、すべて、

イスラエルの会衆から断たれるであろう。