終末だ!メシアが来られると、クリスチャンだけではなく、
多くのユダヤ人もメシアが来られることを、ずっと待っています。
トラー、預言書を正しく理解しない、メシアがイエシュアであることを理解しない人たちは、メシアとは、迫害からユダヤ人を救い出し
王の王として世界を統治する人と考えています。
これは、再臨の時に起こることであり、最初の到来では起きないことはイザヤ書にも記されているのに、それを理解していない人がいたのです。
メシアという理解も、それぞれに違います。聖書に記されている
神であり人であるメシアを信じないユダヤ人が多くいます。
サドカイ派は、レビ族であり神殿を管理する人たちでしたが、
1世紀のサドカイ派の中には、復活を信じないという人がいたことが
書かれています。
つまり誰でも、神の言葉を理解する人、しない人は、どの時代にも
存在することが、書かれているのです。
今も同じです。神の言葉が、永遠普遍と神が言う通りに、クリスチャンは理解していないでしょう?イエシュアを信じながら、イエシュア語る教え、言葉=トラー=父の教えを、その通りには信じていない
不思議な状態なのです。
一世紀のユダヤ人の中にも、王の王、主の主、ローマ帝国の迫害
圧力、支配から完全に救い出してくださるメシアを待っていました。
弟子達も同様でした。
使徒1:6 さて、弟子たちが一緒に集まったとき、イエスに問うて言った、「主よ、イスラエルのために国を復興なさるのは、この時なのですか」。
イスラエルは最初からずっと迫害、国外追放と、弾圧、処刑の歴史を辿って来ました。
古代および中世の迫害
初期の離散(追放)
・バビロン捕囚:紀元前597年/586年のバビロンによる征服により、ユダヤ人は捕囚・追放されました。
ローマ支配下
・ローマ帝国の統治下で、ユダヤ人はさまざまな制限を受けました。
中世
・ユダヤ人は、黒死病(ペスト)などの自然災害や疫病の責任を押しつけられる「スケープゴート」とされることが多くありました。
・また、キリスト教徒の子どもを殺害したとする虚偽の告発、いわゆる「血の中傷(ブラッド・リベル)」にも苦しめられました。
追放と十字軍
・1095年に始まる十字軍の過程で、数千人のユダヤ人が殺害されました。
・大規模な追放は、イングランド(1290年)、フランス、スペイン(1492年)、ポルトガルなどで起こりました。
隔離政策
・ゲットーへの強制居住、土地所有や公職就任の禁止など、厳しい社会的制限が課されました。
近世から19世紀まで
ポグロム
・ロシア帝国では、国家が黙認または奨励した「ポグロム」と呼ばれる、ユダヤ人共同体に対する暴力的で殺戮的な襲撃が発生しました。
思想的変化
・反ユダヤ主義は、宗教的な反感情から、19~20世紀にかけて人種に基づく政治的イデオロギーへと変化していきました。
20世紀とホロコースト
ナチスの思想
・第一次世界大戦後、ナチスはドイツ敗戦の責任をユダヤ人に押しつけました。
組織的ジェノサイド
・ホロコースト(1933~1945年)は、国家主導による体系的な迫害と大量虐殺であり、ゲットー化、強制労働、大量殺害を含み、約600万人のユダヤ人が命を落としました。
戦後
・生存者たちは、難民・避難民として引き続き多くの困難に直面しました。
歴史を通して
これらの迫害は、ユダヤ人に絶え間ない移住を強いることとなり、
世界各地に広がる**ユダヤ人ディアスポラ(離散)**を形成しました。
1948年5月14日に建国して以来、その直後から今に至る迄、
ずっと敵に戦いを挑まれ続けているのです。
世界のニュースにさえならない、ミサイル攻撃は日常の一部なのです。
建国直後の翌日、アラブイスラエル戦争が勃発しました。
引き金(発端)
この戦争は、1948年5月14日のイスラエル独立宣言およびイギリス
委任統治の終了を受け、直後に開始されました。
期間
戦争は1948年5月15日から始まり、休戦協定が締結されるまで続きました。主要な戦闘は1949年1月7日までにほぼ終結し、正式な協定は1949年中に成立しました。
こうして、今に至る迄、常に世界中の標的にされているのが
イスラエルなのです。
これにより、イスラエルに世界が注目し、やがてイスラエルの神が
イスラエルを救出し、そして、イスラエルの神が、神であることを
世界へ、神ご自身が証明、知らしめることが、起きるのです。
アヴラハムという一人の人物〜異邦人を通して、その人を全世界の
民族の父とし、全世界へイスラエルの神が伝える生き方、祝福を
与える役割を神が任命されたのは、イスラエルの神が神である証明を
するためです。
不特定多数の異邦人を選び出しても、それが見えません。
そして、イスラエルの神のもと、一つの大家族にやがて1つとして
集められる壮大な神のプランがあるからです。
神が預言されたことは、ことごとく成就しています。
神の言葉が現実に起きて、証明され続けて行くのです。
エデンから出て、エデンに戻る。
一体であった、1つ家族は、最後1つ神=創造主のもとに戻る。
私達は、人類創造以来、サタンの陰険な基本戦略が、神の子ども達と、神の誤りなき御言葉との間に覆いをかけることであったと知っています。これを、正しく理解しないクリスチャンも大勢います。
聖書にはそれが書かれています。問題は何なのか?
はっきり、クリアーに書いてあります。
神の言葉を、歪め、薄め、蔑ろにさせ、そして神の言葉の方を疑うこと!自分の考えの方が優れていると思わされること!
それは、蛇がエバに「神は本当に言われたのか?」(創世記3:1)と
問いかけたエデンの園から始まりました。
これは、神の言葉の権威と真実性に疑いを投げかけるものでした。
その日以来、サタンは聖書の無誤性と完全普遍性を攻撃し続けています。
サタンは、人をそそのかし、神の言葉を疑わせ、神の言われることとは違うことを人にやらせ、人に言わせて、神の実態を違うもの、
神の性質通りに造られた人が、その性質通りには生きないように
そそのかし続けているのです。
それが、確実に、破滅、破壊に繋がっているのです。
1)神の目から見る通りが見えなくなった。
2)自分が誰か分からなくなる。
3)相手の本来の姿もその通りには見えなくなる。
4)本来の関係が壊れる
5)相手を疑う、なじる、批判する、相手の存在そのものが、
自分の生き方に悪影響を与えると主張する責任転嫁。
神に対して、あなたが置かれたこの女のせいで〜と言ったでしょう。
世界の問題の根は、人間関係です。相手を行動、言葉で傷つける。
破壊させる。それは個人間でも、国単位でも全く同じです。
サタンの目的は、神のデザインされた生き方を歪めて、
人を破壊することだからです。だから、神の言葉を捨てる危険がどんなことなのか、イエシュアを内側に住まう人は、絶対に目覚め、気が付かないとならないのです。人間の教えの嘘に騙されてはならない。
間違いなく、サタンがこの戦略を加速させていることは明らかです。
一世紀、使徒達が生存していた時代は、ローマ帝国下の勅令、
神の教えを生きることを禁じられる迫害はマックスでした。
一世紀は、クリスチャンが空想しているように、カトリック、
キリスト教などの教えなど存在しません!聖書には、そんな人が作った神の教えを歪め、薄め、曲げて、否定した宗教の教えは書かれていません!
彼らは、太古から語られた同じ神も教え=イエシュアが教えた父の教え、トラーを生きて、ローマ帝国に迫害されたのです。
1ペテロ 5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵で
ある悪魔が、ほえたけるししのように、食いつくすべきものを求めて
歩き回っている。
5:9 この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい。あなたがたのよく知っているとおり、全世界にいるあなたがたの兄弟たちも、同じような苦しみの数々に会っているのである。
サタンが私たちから、神の言葉、トラー=聖書そのものを取り上げることに失敗するとき、彼は私たちを聖書=神の言葉、トラー、
神の教え、契約に根付き生きる事から引き離そうとします。
その方法の一つは、超自然的体験について語る一部の男女の主張に、
聖書ではない教えを語る人達を通して、キリスト者の関心を集中させることです。
超自然、奇跡、いやし、高揚感体験を求める事は、あれと同じです。
薬物依存。高揚感を味わえるから、薬物を打つのです。
人は、感情がハイ状態には留まらないようになっています。
だから、ある出来事、興奮状態が過ぎたら落ち着くでしょう。
それを、常に探し求める事が、異常な状態を求めているのです。
薬物中毒と同じ状態です。あの体験をずっとしたい!
刺激的な体験や新しい聞いた事もない、誰かが語る新しい教えを
求める人々は、聖書の中にある神の真理を探し求める時間も関心も
失ってしまいます。その通りのことが、起きたのです。
カリスマ運動は、神の言葉に根付くことではなく、体験、奇跡、
いやし、感情マックス体験をすることを、求めて、神の言葉を追求することとは違うことを、追い求めました。
神の言葉に根付いて、落ち着いて生きて成長するのではなく、
体験を求める、高揚感を求める、異常な状態。
神が奇跡を行われることを否定することはできません。カリスマ運動の中で起こっていることの中には、真に聖霊の働きであるものもあるでしょう。いや、これも、識別が必要なのです。
しかし真実は、キリストの体はすでに、十分で永遠の神の御言葉を
与えられているということです。
私たちに新しい使徒、新しい信仰治療師、あるいは自称の奇跡を行う者が必要なのでしょうか?
それとも、より大きな必要は、聖書=神の言葉=教えに立ち返り、
聖霊=神ご自身が伝える生き方に根付き、揺るがない力と、神が
伝える契約の愛の実態に根付いて生きる中で、
神の全きご計画を宣べ伝えることなのでしょうか。
神の言葉を否定しているとは、クリスチャンは考えていませんが、
実際に、神の言葉が廃れた!という言葉で、神の言葉を捨てるよう
人に伝えているのです。聖書に書いてもないことを、信じて、
聖書に書いてあると思い込んでいるから、その偽情報に気がつけないのです。
何を信じて、何を語っているのか、注意深い再検討、棚卸し=偽物の教えを、倉庫=頭脳の中から一掃しないとならないのです。
人間が神の教えを塗り替えた!塗り替え続けているという事実に
盲目な場合、何を言っても、それが真実だと思い込みます。
人間が神の言葉を、昇天以降は変えて良いのだ〜〜〜!
人の判断で、神の教えを仕分ける時代なのだ〜!
神に対する冒涜、死に匹敵する重大な罪を罪と、神の言葉から
理解できない思考回路の原因は、神の言葉が廃れたという大嘘を
信じ込まされているからです。
全て、神が預言された通り、神の時と神のトラーを塗り替える、
神に敵対するものがそのような行為をする!と警告、預言されているのです。