イエシュア パウロ 使徒達 神の言葉に対する冤罪 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

アメリカでは、1973年以降、8700人以上の人が死刑を宣告されそのうち、1500人以上が処刑されました。

死刑執行待ちの人のうち182人が、冤罪が判明し、社会復帰したと、ナショナル・ジオグラフィック英語版2021年3月号に掲載されたフィリップ・モリス記者がそう書いています。

日本でも多くの冤罪があります。裁判にかけられてしまう時点で

既に有罪99%と見られてしまうそうです。

ヨセフもそうでした。潔白なのに犯罪者とされ、12年近くも

投獄されたのです。

 

冤罪とは、やってもない罪をやったとされ、濡れ衣を着せられることです。そして、冤罪が証明、確定された以降も世間には、

その人は犯罪者として偏見の目で見られ続け、そのレッテル

一旦張られてしまうと、Aさんイコール、犯罪者という意識で

見られてしまい、長い年月が経って無罪が証明されてもずっとその偽物のレッテルは付きまとうのです。

 

名誉毀損、風評被害と同じく、一旦偽の噂が浸透したら、

それは嘘であり、真実ではないのに、人の中には、その人に

対する固定概念を植え付けてしまうのです。

パウロも使徒21章で記された様に、トラー=モーセの五書に

反した教えをし、割礼を施すことを禁じていると巷の大々的な

疑惑、噂が浸透したことが記されています。

事実は、パウロは、モーセの五書を否定するどころか、モーセの五書=トラーを教え、実際に自分も忠実に生きていることを

証明しているのです。

パウロも冤罪着せられたまま、異邦人クリスチャンの間では、

パウロが来て、今までになかった教えを様々伝え、トラーを

否定した!と、こんな偽情報が、聖書であると堂々と公に

今に至るまでずっと伝えられ信じられ続けているのです。

問題は、大衆、大多数のクリスチャンが真実を知らないまま

神の言葉と神の性質の進化論を、2000年近くも世界へ

浸透してしまったから、それが真実だと思っているのです。

進化論、偽仮説を信じるのと全く同じカラクリなのです。

 

イエシュアを愛すると言いながら、 神の言葉=イエシュアご

自身を敵認定し、神の言葉に敵対意識を持たされている。

古い箇所=律法〜人を縛る悪い教えと。

神が、人に「するしない掟リスト」を与えた、又はメシアが

来られる迄、律法を生きて義とされたとか、聖書を正しく知らなまま、その様な思想を語る時点がで神を誤解していると目覚めないとならないのです。

神の言葉をそんなふうにしか 見ることができない歪んだ目、

思想を刷り込まれてしまったからです。

 

エデンの園と同じ。神は人を創造し、神が創造された通りの性質

を生きて、それ以外を生きると破壊される、死をもたらす!と

人を守るために、真実を教えているのに、その教えを蛇がうまい具合に曲げて、人を破壊したのと同じことをずっとさせられているのです。

人間が作ったローマ教は、冤罪だらけです。冤罪を編み出し続けているものです。

聖書に書いてあることを、正しく理解していない、詰まりそれは、ローマ帝国皇帝が作った混ぜ物人造宗教が出てきてしまった教えを、神の言葉を捨てて信じているせいなのです。

偽物の教え、混ぜ物、コピー品の教えを土台とした宗教、

その宗教教理は、半分真実、半分嘘だからです。嘘〜神の言葉が

終了、破棄、十字架で抹消されたという大嘘、考えれば分かる

神に対する大冒涜が堂々と大手を振って、イエシュアを信じる

人たちの口から世界へ語られ続けてしまったからです。

 

イエシュアが約束のメシアであり、子羊の血の購いで人は

それを受け取るだけで、神の元に戻され、新しくされ、

聖霊を内側に受けるということに関しては事実でも、後の聖書解釈解説、特に神の言葉が廃れた!という、信仰の土台、根幹が

偽物の教えだから問題なのです。

しかも、神の救い、購いは2000年前に有効になり稼働し、初めて人が新しくされた事実を受け取り、聖霊を内側に受けた!

これも聖書とは真逆、聖書を正しく読み取れない人が語る思想であり、神が伝えている事実とは異なります。

永遠の中から同じ!エデンの園から同じ!

この世が物理的に出来る以前、礎が創造される以前、永遠の中に、子羊は屠られ、人は神の中に選び取られていた!とはっきり聖書にはそう書いてある。その意味を、それがトラー、預言書、諸書に詳しく書かれているのに、それらを読み取れない人の側の理解力の問題なのです。

それはそうです。神の言葉が廃れたと信じる人は、聖書の最初の

部分など、正しく学ぶ必要などないと考えて、翻訳聖書を読み流すだけだからです。それでは何が書かれているのか、よく分からないのは当然の結果なのです。

神が伝える事実は、神が伝える通り永遠から永遠に変わらない。それを変え続けているのが、人間!シンプルです。

 

しかも、神の言葉を捨てること、変えること、付け加えること

これは神が厳重警告していることであるのに、基本的なことを

聖書解釈のルール=聖書は聖書で読み解くという事を完全に違反し、理解しないまま、人の教えで、聖書を曲げて読み解いている、それが置換神学や、デイスペンセーション神学〜人間の編み出した思想教理で、神の言葉を様々に塗り替えた教えの聖書解説なのです。

はっきり言って、クリスチャンの世界では、それが主流。

それ以外の、聖書のオリジナル、元に書いてある意味通りの聖書解釈なんて、殆ど聞かれることもありませんでした。

ドコモ、かしこもダービー教思想で聖書を解説する。

 

今や偽預言や、偽の教えが堂々と浸透しているのです。

偽の教え、間違った解釈は、多岐に渡り、数多くあります。

これは、本当に聖書を正しく書かれている通りを先ず学び、人間が作った宗教の教え、偽物の教理、思想こそ、1つ1つ破棄して

行かない限り、見えないことですが、神こそが、ご自身が伝えている事実、真理、真実を人にどれ程知らせたい、知って欲しいと切に願望されている方だから真実を求める人に、神の深い考えを神の言葉を通して教えて下さいます。

聖霊を通して、聖霊が書いた神の言葉に戻り熱心に神を求めることをする。神を求めるという意味は、イコール神が伝えている神の中にある考えを人が熱心に求めて知ろうとすることを、主を

求めよ!と言っているのです。

神が伝える性質通りを生きること!これが礼拝という翻訳でされている、アヴォダの本当の意味なのです。

 

神の言葉を否定すること、偽教師、偽預言者は、神の言葉、

聖書によれば、石打の刑、極刑に当たる罪なのです。

詰まり、パウロの冤罪に繋がる噂はそれ程深刻、シリアスな

偽の噂が蔓延したということだったのです。

それを払拭する唯一の正当な方法は、神殿に於いて、ナジル人の

請願を神の前に立てて、噂が嘘であることを、証明すれば良いのです。

この箇所を読み、パウロがした請願の意味を理解しながら、

この箇所を読んでいるクリスチャン、殆どいないと思います。

そして、よく考えて下さい。昇天以降も、神殿での様々な行事

シャバット、祭り、日々の立ち上る全焼のコルバンは朝に夕に

絶えず捧げられていたのです。人々も願うなら、コルバンを

自由に祭壇の上に捧げることができたのです。

それが今ないのは、ローマ帝国が神殿を崩壊したからです。

コルバンと礼拝とは1体であることを、教えているのです。

これは、別の大きなトピックであり、深い解説がないと理解できないので、今は省きます。

 

神の家の祭壇以外で、コルバンは捧げてはならないから、それが出来ないだけです。何も変わっていません。未来、イエシュアが

戻られたら、エルサレムの神の家を中心に、同じ様にコルバンが

捧げられ、シャバット、祭りも祝われる、全世界が神の創造された記念日を祝い、神の教え=トラーを生きる!それがエレミヤ

31章にある、全員が神の教えを生きる、全員が神を知っている

互いに教え合うことなどないほど、神を知って、神のトラーが

頭脳に刻まれて生きている状態になる、と預言されているのが

それなのですが、その箇所も、違う解釈をしているのです。

 

パウロが冤罪を完全証明する方法で、神殿で長い期間、動物の

コルバンを祭壇に捧げ、ナジル人の請願をはたしたのです。

クリスチャンの世界の教え=ローマ帝国教の教えは、神の教えは

十字架で破棄されたと言いますが、ローマ帝国皇帝が破棄する様にローマ帝国下の市民全員に命令しただけで、神はそんなことを言ってない証明が聖書には書かれているのです。

 

パウロ達は、昇天以降も、神殿崩壊まで、同じ様にコルバンを

捧げ、シャバット、過越、仮庵、全てはエルサレムを拠点に

同じ様に生きていたのです。

だから、諸外国にいるユダヤ人も、エルサレム拠点のパリサイ派に属するトラー学者であるパウロに、自分たちの群れにある

問題に関して、トラーからの知恵で、どう適用、生きたら良いのか、色々質問状を送っていたのです。

彼らは、パウロのトラーとは違う、別の教えを聞いてなどいませんでした。

その回答が、パウロの手紙に書かれた数々のことなのです。

パウロは、それぞれの群に宛てた手紙の中で、パウロ教〜

トラーを否定した別の教えや、トラーとずれた解釈、解説など

1つもしていません。している様に読み違えていることは、

パウロが何に関して話しているのか、正しく読み取っていないまま、早合点で空想、想像して考えているからです。

「割礼」という言葉をパウロが書いているのを読んで、それが

アヴラハムの割礼、神のトラーと勘違いして読んでいるでしょう。

そして、パウロが割礼を禁じた、終わりにした!と、とんでもないゴミクズ教理=誤解した教えを通して、聖書解説しているのです。

神の契約、譲渡契約、信仰義認である「印」として与えられた

契約の証拠を、神が捨てることなどしません!この印は永遠に

続くのです。神の契約や印を捨てているのは、クリスチャン〜

異邦人です。

パウロが語っている割礼とは、神の教えにない、トラーに記されていない、人間が編み出した教えのこと、先祖の言い伝え、

口伝律法のこと、ユダヤ人の間での取り決めです。異邦人は、

ユダヤ人になる改宗儀式をしなければ、正式な神の国のメンバーにはなれない!というそのことを、「割礼」と呼んでいた改宗儀式は、神の教えではないと言っているだけなのです。

人の手柄で、 新生体験、聖霊、新しくされた人を、努力で受け

取るのではない!と、パウロが言っている意味が全く通じていません。

 

パウロの手紙の内容を完全に誤解したまま、聖書をとんでもなく、歪めて、曲げて解説し続けているから、聖書に何が書かれているのか見えないのです。

その大元は、最初の部分、神の言葉、教えの完全版=トラーを

正しく学ばないからです。それを学べば、神は人間に神の言葉に

付け足し、差し引きするな!ということは、黙示録の最後まで

同じ警告であることを、正しく理解できます。

 

詰まり人間の教えという、あってはならない毒、異物が、混入しているのです。

でも、キリストという、主の名を唱えてそれを語るから

それが聖書だと勘違いしているだけです。

 

使徒 21:20 一同はこれを聞いて神をほめたたえ、そして彼に

言った、「兄弟よ、ご承知のように、ユダヤ人の中で信者になった者が、数万にものぼっているが、みんなトラーに熱心な人たちである。

 

<1世紀のイエシュア信者は、殆ど大多数がユダヤ人です。

そして、その人達は、神が伝える通りの教えを、同じ様に生きていたのです。

神の教えを捨てる様になったのは、ローマ帝国皇帝が、神の教えを乗っ取った後、徐々に偽物の宗教の教えに異邦人が主の名を唱えながら、移行して行ったからなのです。>

 

21:21 ところが、彼らが伝え聞いているところによれば、あなたは異邦人の中にいるユダヤ人一同に対して、子供に割礼を施すな、またユダヤの慣例にしたがうなと言って、モーセにそむくことを教えている、ということである。

 

<パウロが、トラー=モーセ=婚姻契約、神の教えに反することを教えているという噂が蔓延し、冤罪をかけられていたのです。そして、唯一の解決策!神の前に身の潔白を証明し、公にそのことを証明するのは、神殿での請願をすれば良いのです。>

 

21:22 どうしたらよいか。あなたがここにきていることは、

彼らもきっと聞き込むに違いない。

21:23 ついては、今わたしたちが言うとおりのことをしなさい。わたしたちの中に、誓願を立てている者が四人いる。

21:24 この人たちを連れて行って、彼らと共にきよめを行い、

また彼らの頭をそる費用を引き受けてやりなさい。そうすれば、

あなたについて、うわさされていることは、根も葉もないことで、あなたはトラーを守って、正しい生活をしていることが、

みんなにわかるであろう。

 

<このナジル人の請願は日数も長く、しかもコルバンは大金が

かかるもので、軽く出来る様なものなのではない。それほど深刻な意味がある請願、儀式なのです。しかも他の人の分まで、

パウロ が費用を負担している、この意味をクリスチャンには、

全く通じないままになっているのです。

それは、正しく聖書を教えるはずの教師が、聖書ではない、曲がった、歪んだローマ教思想で聖書解説をし、パウロが神の教えを変えたとか、神が十字架で律法を破棄されたなどという大偽情報をずっと流し続けているからです。

本気でそれが聖書に書いてあると、書いてないことを信じているからです。裸の王様の衣装、空気椅子、実在しないもの、書いてないのに、書いてある見えると信じて語っているのです。

純粋にそう信じている。そして人格者、知識人、リーダー達が、

その様なことを語れば、それが本当!と普通の人は思い込む。

教師こそ、偽情報から脱却するのは困難です。なぜなら、偽情報を信じ続け、再検証もしないまま、人の編み出した思想だけを

通して聖書を考えて、それを人に伝えるため、偽情報を考え続け

人の作った教えを学び続けならがら、その思想を通して聖書

解説し続けるから、偽情報が脳回路を占拠してしまうからです。

 

 

続く