トラー、預言書、諸書=聖書、預言者達が記した神の言葉から、メシアが来られることを知っていたユダヤ人達は、どの時代にもメシアが地上に来られることを待望していました。
今も同じです。
1世紀は、ローマ帝国の迫害、弾圧から救い出し、王の王
主の主として、世界を神の義で治めることをする王を待望していたのです。もちろん、それはタナックに記されていますが、
王の王として来られるのは、再臨の時代であり、1世紀では
ありませんでした。イエシュアは、苦難を受けるメシアとして
最初到来されたのですが、それを理解していなかった人は
イエシュアをメシアと、彼らの考えに基づいて見ていたから
イエシュアをメシアと認識できない人がいたのです。
パウロもその一人です。でも、イエシュアがタナックに記された
ユダヤ人達、皆が待望していたメシアであること、聖霊により
タナックに記されたことから、知った人達が記されているのです。
今のユダヤ人達、イエシュアをメシアと分からない人も
タナックに記されたメシアを、待っているのです。
エルサレムに神殿を建築することは、準備済みなのです。
彼ら、イエシュアがメシアでないと分からない人だったとしても
再臨の時には、もうイエシュア=メシアであることが否定できない、彼らは刺し通されたイエシュアが地上に戻ったと認識し
理解し、目が開かれると預言されているのです。
だから、ミラーや、ダービーが語る秘密裏の再臨などという大嘘
作り話は、聖書ではありません!全世界が、メシアの再臨を知る!人の作り話を信じても、意味がありません。
それが宗教の教え、虚しい、砂の上に立てる家なのです。
以前私は、神殿=サタン、又は神は神殿などに住う神ではない
などと教えられていましたが、それらは神の家が地上に造られ
神の臨在が実際にそこに実際にあったことを理解しない思想であり、日本人が、無意識のうちに、日本の国旗、日の丸、自分の国を大事に愛すること、悪いことと刷り込まれたことと全く同じなのです。
神の家、神殿を通して、イエシュアを教えられていたこと、
クリスチャンは聖書を読んでも全く気がついていないのです。
トラーの中に書かれた神の教えの意味を、教えられないからです。
アヴラハムも、イエシュアが地上に来られることを神から教えられ、知って、未来のその事実を見て喜んでいたとあります。
アヴラハムは、イエシュアと直接会っていたでしょう。
昇天以降の人々は、過去にイエシュアがイスラエルに来られた
事実を見て、その事実を受け取るのです。
神は、神の業は、救い、購いの業、恵も、祝福も、許しも、
聖霊が内側に住う事実も、時空を超えて同じです。
時代ごと神の業、神の言葉、神の性質は違う!と信じているなら、それは神の伝える事実ではなく、ダービーや、ローマ帝国教の教え、人間の教えを信じていることに、はっきり目覚めて下
さい。偽物の教えであり、真実ではないことを、刷り込まれ続けた代償は深いのです。聖書に書いてあっても、書いてある通りに読み取れないままになっているのです。
でもそれら、偽物の教え、思想、聖書解説は、自分の頭から
自分で削除できます。
神の伝える事実に変換する。偽の教えを削除し、聖書に書かれた
真実と取り替え、神の伝える永遠不変の真実からズレない。
離れない。
それは、トラー、預言書、諸書=聖書=聖書=タナックに記されたメシアそのものが、地上に来られたことを、ユダヤ人は
神の言葉から知って、異邦人も同様に神の言葉から知ったのです。
2000年前に生きて、イスラエルに住んだ少数の人たちだけが
直接イエシュアと遭遇しただけで、地上であの時に、実際に
メシアを見た人、触れた人、関わった人はは歴史の中で
少数です。だから、古代は生贄を捧げてかろうじて許された
というのは、聖書が伝える真実などではありません!
そんなの不可能ですし、動物の血は罪を消さない!とはっきり
書いてあるでしょう!聖書に書いてある意味を、正しく理解しないとなりません。ではそれは何のため?地上で神の家、天にある見えない神の家の中で、全てを教えられていた、体験型神の家を通して全てを学習する場を、神が与えたのです。
そして、神が見ている通りを、人が知り、神が伝える通りを生きることを教えているのです。
それと同様、神の家、神殿で、コルバンを捧げることを体験した人も歴史的に言ったら、ごく少数の人に限られるのです。
神の家で教えられたことは、イエシュアそのもの、人の生き方
そのもの、聖別の意味、ずれたらどのように修復するのか
和解の仕方、神への近づき方、全てが教えられていたのです。
それらが、トラーに記されているのです。
神の家=神の大家族が住う中心、神の家に住う人々の生き方を
神の家で実際に教えているものです。
イスラエルが代表で、全世界へ神に教えられたトラーを伝える
役割があるからです。
イエシュアが地上に来られる前も、永遠の中に存在する神である
イエシュアに出会った人たちの事が、タナックにも記されています。アダムもそうですし、アヴラハム、イサク、ヤコブ、そして
モーセも、皆そうです。
残りの民、聖徒、その人達は、全てイエシュアを通して、神の元に取り戻された人であり、聖霊が内側に住むから、神との対話
関係の中に戻され、神と共に歩んで来たのです。
直接メシアに出会わなくても、目で見えなくても、どの時代も
永遠から永遠にイエシュア=神は存在していて、人にアプローチし、私たちの元に近づき、購い、救い出して、助けてくださるのです。
西洋哲学思想のように、時系列で物事を考える、歴史線上に
全てを見ている見方は、ヘブライ聖書に書かれている思索、
思考回路と全く異なります。
人間が考えていることと、神が伝えていることがズレているのです。
しかも、複雑な線上のチャートまで作って、患難時代をクリスチャンは解説していますが、終わりの時代は今だけではない、
既にモーセからもう終わりの時代に向かっていって、患難は何度も何度も、歴史の中で繰り返され続けられているものだからです。
シンプルに、神ではない闇が支配する時代と、神が永遠に統治
される時代、世界。この二つだけです。
666と、ヨハナンが黙示録でコード化した言葉で書いている
ものは何だと思いますか?
大バビロン、獣の刻印、大淫婦、龍とも書いてある。
反キリスト、反キリストとクリスチャンが言いますが、
その反キリストとは何であると、聖書に書いてあると考えていますか?
イスラエルの神に敵対するもの。神の言葉=トラー=教えと
神の創造された記念日を作り替えることをする!それが、
反キリストの正体と、聖書には書いてああるのです。
詰まり、神の教えと、神の記念日を作り替え、人間の作り出した
神々の思想で、神の教えと、神の記念日を変えて生きる、
偶像礼拝、高き所の礼拝、姦淫の罪と聖書に書かれているのは
まさにそれなのです。
そして、神に敵対するもの、神の教えを曲げるもの、あざけるもの、真実をかく乱させるもの、それは、エデンの園の最初から
存在していたことが、最初から聖書には記されているのです。
終わりの時代に、666が突然登場するのではないのです。
バベルの塔の策略と同じ、自分たちの考えで天に届く塔を作ろうとは、神の教え、神が創造されたデザイン通りではなく、
自分たちの考え、力で全世界を支配しようとすること。
それが、歴史の中でずっと起きては、崩壊し、帝国が起こされては崩壊し続けているのです。
紀元前2世紀のギリシャ帝国も、1世紀のローマ帝国も
神の教え=トラー=モーセの五書に記された神の教えを生きること、シャバットや祭りを祝うことを、処刑、投獄、重税を持って禁じられ、そしてその後神殿も70年にローマ帝国に崩壊され、110万人のユダヤ人は殺害され、9000人が奴隷となって
囚われたのです。
イエシュアが、その日が安息日ではないように祈れ!と弟子達に言われたでしょう。
そして、それ以外の人たちは、それ以降、ローマ帝国から脱出し、世界へ離散したのが、1世紀以降の歴史です。
そして、ユダヤ人を追放し、神のトラーを追放し、トラーに
記された異邦人にとって異物の教え、ユダヤ人のように神に対して、忠誠を誓い生きて団結する人たちを、徹底的に潰した、
それが歴史の事実なのです。
そして、ローマ帝国皇帝、ヘブライのトラーも知らない太陽神
信仰の異教徒、コンスタンチヌス皇帝が作った混ぜ物宗教。
その人間が神のトラーを否定し編み出した宗教の教えを、
教皇達、西洋教父達、司教、がこぞって支持したのは、ユダヤ人
ヘート、そして反トラー思想を持っていたからです。
そしてその後、異邦人が、西洋宗教=ローマ帝国が作った宗教を教え、実践し、神の教えや記念日を塗り替えたものを、異邦人の
世界へ拡散させ、浸透させたのです。
ここで、考えないとならないのは、残りの民はどの時代にも
存在していることです。神は人間が作り出した偽物の教え=嘘
偽り、偽情報で全てが覆われることを許していないからです。
異邦人の中にも、神のトラーに聞いて生きてた人たちがいる。
そして、クリスチャンの中では、多大に誤解されているパリサイ派のイエシュア信者たちにより、密かにイエシュアを信じて
神のトラーを変わらずに生きていたのです。
ユダヤ人の中のイエシュア信者は殆どがパリサイ派だったのです。なぜなら、1世紀当時も、パリサイ派が主流、マジョリテイ
大多数だったからです。
そのユダヤ人メシア信者達が、神殿崩壊以降、タナック=トラー、預言書、諸書に記された純粋な福音をガードしていたのです。地下に潜伏。だから、ユダヤ人メシア信者のことなど
めっきり聞くことなく、西洋宗教の教えに引き寄せられた異邦人ローマ教教徒、カトリック、クリスチャンのことしか、異邦人の世界では聞かれなくなって行ったのです。
異邦人のイエシュア信者で、聖書に書いてある通りに、エデンの園を出た後から、ずっと教え続けられている神の教え、トラー
を預言者、イエシュアや使徒、パウロ、1世紀当時の人々のように、同じように生きて、実践している人なんて、今まで誰もいなかったでしょう。いや、ごく少数は居たのです。
ローマ帝国の支配下にない国々の異邦人イエシュア信者は
5世紀頃までは、トラーに記された1世紀のイエシュアや使徒達と同じように神の教えを否定せずに、神の教え=聖書に書いてあることを生きて、割礼を授け、汚れた動物を食さず、
シャバットや祭りを祝っていたのです。
その後、異邦人達は、パウロのようなユダヤ人のトラー教師を
持たない、ユダヤ人との群れから離れて、結局人間の作った
宗教の教えが浸透して行ったのです。だから、クリスチャンで
イエシュアが生きて、教えて、祝ったように生きている人は
いないのです。
イエシュアは、トラーを教え、トラーを生きて、そして汚れた
動物など食するように人に教えたり、自身でも食べていない。
そして、シャバットを祝い、新月を祝い、過越、仮庵を祝って
いた。こんな異邦人なんていないでしょう?それは、神の教えではなく、人間コンスタンチヌス皇帝が作り替えた宗教の教えに
すり替えられて、その宗教の教えを継承させられた来たからです。神は昇天以降、なんでも良い!などと言いません。
逆を言っているでしょう。どれほど、神の言葉をガードして生きることが大事か。それは自分を守る術であり、騙されない、罪の道に引き寄せられない。そして安全な鎧兜、臍帯、要塞だからです。
それを捨てるように教えるのが、愚かな人間=蛇の声に聞き入ったアダムとハヴァの過ちを学ばない人たちなのです。
神の教えに縛られる?真理=神の言葉、教えを知り、神の言葉=真理は人を自由にする!とイエシュアが言っている意味が
全く通じていないのです。
そんな思考回路こそが、エデンの園から飛び出て、イエシュア=聖霊=神の教えではなく、偽物の教え、声を聞く周波数の下に
いる証拠です。