十1献金として、クリスチャンの間で教えられていることは、
実は、聖書ではない教えです。
そのようなことが、あたかも神の教えの如く、強制的に10%
捧げるのが義務!などと、なぜクリスチャンは教えられるのか?それは、人間が作った宗教と、その宗教組織が考えついた教えを、伝統的で教え継承し、その宗教組織を運営しているから、
それが聖書だと思い込んでいるだけなのです。
この教え、相当呪縛であり、人の意識を縛る教えです。
宗教団体に10%捧げてない場合に、罪悪感があります。
そして、日本の国自治体に税金を多額に納めているのに、
尚も宗教団体にお金を強制的に吸い上げられてしまうのです。
福音書以降に記されている内容を、聖書に書いてある通りに読めば、4世紀以降人間が作った宗教の教えや、記念日、実践など
誰一人として実践していない人達であることは、明確な事実です。
日曜礼拝、クリスマス、イースター、十一献金が聖書の教え、
神の仰せではない!
それらの教えは聖書に記されていない、神の教え、言葉が途中で変化したと聖書に書いてない理由は、ローマ帝国皇帝の主張にしか過ぎないからです。
4世紀に作られた人間の作り物の宗教であると発見するクリスチャンでさえも、必ずこう言います。
「聖霊こそが私たちの新しい教師であり、昇天以降は、モーセの律法ではありません」と言います。
聖霊は、2000年前に初めて出現したのですか?????
歴史線上に、神が変化する、神の言葉、業が別物になると
分けて考えるダービー教の教えが人の意識を支配しているのです。
聖霊=言葉=神=イエシュアであり、永遠から永遠に存在すると、神が伝えている意味を、理解しない人が、このようなことを言い続けているのです。
神の言葉は、聖霊が預言者を通して、文字として記したものです。文字で記された人の生き方を、そっくりその通りに生きて
示してくださったのがイエシュアであると書かれています。
その箇所さえ、勘違いして読んでいるのです。
ヨハネ1:17 トラーはモーセをとおして与えられ、めぐみとまこととは、イエス・キリストをとおしてきたのである。
トラーに記された通りの恵とまことをイエシュアが表されたのでしょう。古代ヘブライ人は、この箇所を読んで、最初に律法が
与えられ呪いの律法がイエシュアにより破棄された!恵の時代になったからなどと、西洋宗教ダービー教ミトラ教異教の教えが
混じる教えを信じるような思想で読み込みしません!
神は永遠から永遠に同じ、恵、憐み、愛、許しに富んだ神と
ご自身の永遠不変の性質を紹介しています。
聖霊は、神の言葉に反することは1つも言いません。
神=言葉=聖霊であり、神はご自身を偽れない、嘘をつけないと
言っているでしょう。
このような歪んだ解説している本当の原因、理由は、結局人間が編み出したローマ教、神の教えが時代ごとに変化するという人間ダービー教、デイスペンセーション神学や、契約は変化し異邦人が契約を受け取る代表となったという置換神学など、聖書ではない教えを聖書だと勘違いして、聖書を正しく知らない人達の解説を信じた最初から、教師、牧師から聞かされ続けるからです。
教師、牧師も神学校で、オリジナルヘブライ聖書に書かれた事を正しく学ぶのではなく、宗教の教え、教理、人間の思想=神学を教えられてしまうからです。
置換神学など、どう考えてもおかしい、間違っている思想です。
なぜなら、契約を受け取る代表となったのは異邦人なのだ!と
言いながら、実際は神が伝える契約の生き方など異邦人は無視し人間、ローマ帝国皇帝が作った偽物宗教を実践し、神の契約の
生き方を捨ています。イエシュアが教えて生きたトラーを生きているのではなく、人間ローマ帝国皇帝が4世紀に作った、
人造宗教をやっているではないですか。
しかも、神の言葉、教え、記念日の方を捨てて聖書に書いてない人間が発想した別物、偽物の教えと、人間の作り物の記念日を
実践している不思議に気がついていないままです。
新しい代表、異邦人が別の契約を受け取ったが受け取ったと言う
その契約とは一体何の契約ですか?神の教えを神が否定し、捨てて、神の教えが書き換えられ、破棄された別の契約ですか?
そんな契約書は、書物=聖書としてこの世に存在もしない契約でしょう!!!
トラーを否定した別の聖書=架空、空想、空気椅子、裸の王様の服と同じ聖書の記述に基づき、考えれば考えるほど、クリスチャンの間で語られている思想、神学が、聖書とは何の関係もない
空想、結局ローマ帝国皇帝、人間の教えをこねくり回して
不信実を土台に語り続けてることを発見するのです。
証拠も、根拠も聖書にない教え。人間が作った偽物の教え。
トラーとは違う別物の聖書などない。新約聖書とクリスチャンがいう箇所は、別の契約書などではなく、預言者ではなく、使徒がトラー、預言書、諸書を短く解説したものに過ぎないのです。
そこには、トラーを塗り替え、否定した教えなど書かれていない。パウロや使徒の書簡をクリスチャン学者さえも、正しく学ばず、勝手な解説を施して人に偽物の教えを施してしまっているのです。
半分嘘、半分本当の人間の教えを信じているから、何が本当、
どこからどこまでが、神の教えか人間の教えか、本当か嘘か
分からないままなのです。しかも、本質が宗教、人間の教えなのです!神が伝える本質とは全く違う、人を縛る教えにすり替えられているのです。
エレミヤ31:31で語られているクリスチャンが100%誤解している「新しい契約=モーセの五書とは別物の契約」と勘違いしている「契約」は、中身はシナイ山でモーセを通して全人類の代表、全民族の父とされたアブラハムの子孫に対して与えられた同じシナイ山の契約であり、しかも、ユダの家とイスラエルの家に対してだけ再更新される契約=それを新しい=新月の神と同じ
ハダスという言葉で書かれているものなのです。
シナイ山、イスラエルに与えられた契約に、異邦人も同様に加わる!と神が言っているのに、その意味を全く教えられていないのです。
クリスチャンは、聖書=契約というもの性質が、どんなもので
あるのか、正しく理解していないのです。
神が伝える通り、神がもし神が提示した「契約を破る」ならば
動物が2つに裂かれたようになる!いや、神の側では契約は
破らない、人間が神に与えられて同意した契約を破り続けているだけであるのです。
イエシュアが過越の祭りの最後の晩餐で言われた「新しい契約」とは、エレミヤ31章にある、中身はシナイ山で与えられた
同じ婚姻契約を再更新すると言っているのです。
シナイ山で結ばれた契約以外、神の別の教え=別物の契約など
ありません。そんなものは、文字で記されてもいないし、
神と人との両者の間で合意して受け取る儀式などもしてないでしょう。
イスラエルの神=創造主、イエシュアはクリスチャンの間で
教えられているような、変化する神、ご自分の言葉をコロコロ
途中で変えるような神ではないのです。それが聖書に書かれているのに人間の教えという分厚い目隠しで、神の言葉に対して盲目になってしまっているのです。
別物の偽物のイスラエルの神像、ローマ化けしたイエシュアを
教えられ、聖書に記された通りの神、神の言葉を教えられていない、これが異邦人の間にのある問題なのです。
真実から外れた逸脱した人間が編み出した思想、教理、宗教を
通して聖書=神の言葉を曲げて読んでいるから、聖書に書かれている意味を正しく読み取ってもいないまま、聖書に反する別教えを編み出し続け、それが神の教えであるなどと勘違いしているのです。人の教えは、人を奴隷にし、縛ります。
神の伝える真理は、人を解放し、神の命の中に自由に生きられる
力を与えるものです。
こんな間違いの根本=人間の思想で作られた宗教の土台こそを
根こそぎ除去、一掃、排除、破棄、終了させない限り、神の伝えることが曲げられ、誤解され、結局神の教えではなく、人間の
教えが混じった混ぜ物の「生温いから吐き出そう」と神が警告する偽物を信じて、騙され、宗教の教えに縛られてしまうのです。
サタンは巧みです。聖書を教えるはずのクリスチャンの教師の
口から、聖書ではない教えを、真実の如くに堂々と語らせているからです。
エデンの園で起きた重大事件と同じことを、ずっとやらせているのです。
半分嘘、半分本当、神の言葉、教えから意識を遠ざけ、神の言葉に対して拒絶させ、距離を起き、神はそうは言っていないと
人間の考えに判断の基準を置かせることをしているでしょう。
問題の根は、神の言われたことを疑わせることにあることを
覚えておいて下さい。
人間の漫画のストーリーでもあり得ないことを、クリスチャンの
間では教えられているのです。
神ご自身が、神に敵対することを言うのですか?
イエシュアが父の教えに敵対すると信じていることこそが、
聖書からずれていると、聖書を正しく理解する人は、認識できないとならないのです。
「ウルトラマンタロウが、ウルトラの父を撃退するの巻」なんて
ないでしょう!尚更、イエシュアが父の教え=トラーに敵対
破棄し、父の教えが呪いの律法であるので、その呪いの教えから開放する為に来たのだ〜!こんな大嘘、聖書と真逆の思想を
信じられるのは、元が育ちが異教徒、異邦人、神の教えを知らない出自だからです。
弟子たちも、頓珍漢なことを考えて、イエシュアに正されているでしょう。
イエシュアが父の教えに反することを人に教え、罪を犯すように
教えたと言うならば、イエシュアの言葉は何も意味がなくなります。
マタイ12:24 しかし、パリサイ人たちは、これを聞いて言った、「この人が悪霊を追い出しているのは、まったく悪霊のかしらベルゼブルによるのだ」。
12:25 イエスは彼らの思いを見抜いて言われた、「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない。
12:26 もしサタンがサタンを追い出すならば、それは内わで分れ争うことになる。それでは、その国はどうして立ち行けよう。
都合の良い箇所を、都合の良いように曲げて解説し、人を縛る
教えをし続ける罪に気がついて下さい。西洋人造宗教の組織に
献金しなくてはならないなどと言う教えは、聖書ではありません。
クリスチャンは神の教えを捨てているのに、どうしてその廃れた神の教えと主張する教えのある箇所だけ取り出して、それも曲解した解説をし続けるのか?それは、トラーを正しく学ばないから、聖書に書いてある意味が曲がり、別物の教えに変身した教えを、教師が知らないまま人に、偽の教えを教えているからです。
異邦人の教師の中に、ヘブライのトラーをユダヤ人のように
正しく教え、解説する人なんて今まではいなかったと思います。
聖書に何が書かれているのか分かったら、十一献金などと言う
ことを人に伝え、強制搾取なんてしません。
日曜日に礼拝に来ることが、神の仰せ、教え、命令などとも言いません。
トラーに記されている捧げ物とは、強制でもありません。
大きな柱は、1)イスラエルの国家、税金、神殿、神の祭りや
管理をするための資金
2)個人個人が、神のモアデイム、シャバットや、新月、祭りの
時に神の前で普段食べられないご馳走、お酒で喜び楽しむための
お金を取り分ける。
3)困っている人、未亡人など、同胞の間での援助資金です。
その他、そして7年ごとのシュミタ年に、負債が消去される教え
7年を7回繰り返すヨベルの年にも、同じように土地が元の所有者に戻るなどの教えがあります。
アメリカでは、トラーの教えの痕跡があります。
7年目に負債が消去されるからです。
人間が作った西洋宗教、宗教団体を維持するための資金など、
聖書の教えにはありません。個人個人は、その団体に負債や
支払うべき資金を負ってもいません。
神のモアデイムは、神ご自身が創造された永遠に祝われる記念日であり、神が神の子ら、人種に関係なくイスラエルの神のものとされた人全員を呼び出している同じ記念日です。クリスチャンの間では、ユダヤ人の祭り、記念日などと言っていますが、聖書の伝える真実通りに戻して下さい。神が神の子らを呼び出している日であり、ユダヤ人だけの祭りや記念日などありません!