異教の神々に仕えるモアブ人の女性とイスラエルが犯した罪 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

前回のトラーの箇所は、コラの反乱から続き悲劇が記されています。

民数記25章から30章は、ピネハスというタイトルが付けられています。

ピネハスは、レビ族であり大祭司となれるアロンの子、エレアザルの子です。

地上に天に実在する神の家を、そっくりそのままの通り物理的に神が人に作らせた理由は、目に見えない神の家、神との関わり、生き方、神の子らの家を通して、五感を通して、体験的に教えるためのものです。イエシュアご自身そのものを教え、イエシュアの業、福音の本質を体験的に教える、神と神の人が住う家を通して、教えたのです。

 

クリスチャンは、2000年前に初めて人がメシアを知ったとか

聖霊を初めて受けることが始まったとか、初めて新生体験与えられたとか、聖書とは違う事を、聖書であると信じてますが、最初から、神は人と共に住うインマニュエルという名の通りの神である事を、実体験を通して教えていた事、見逃しているのです!

その中に実際に神の臨在、栄光があったのです。

 

未来、イエシュアが再び地上に戻られて、天と地が1つになった時、神の家は、エルサレムのあの場所に存在するのです。

世界の中心。

 

荒野では移動式の神の家、ミシュカンが作られました。

モーセが天の中で見せられた、天にある神の家を神が言われた通りに作りなさいと神から伝えられ作られたのです。

 

神の臨在の中心、神の契約の箱、神の言葉、神=言葉と神が伝える通り、至聖所の中に置かれた契約の箱、購いの蓋、チェラビムが羽で両側から覆っている。ここに戻れ!エデン、神の中に戻るとは、神が伝える通りを理解して生きることの中にある事をずっと教えているものなのです。

人間は、神が創造された物からのコピーしか作れません。

神が創造された物を見て、それに似せたものしか作れないのです。

 

なぜなら、人は創造主ではないからです。

独自の創造物を無から編み出せない、神が与えた事以外ないからです。

人間の編み出した教えは、全て偽物宗教です。

民数記25章では、モアブ人の女性の異教神 バアル ぺオルの

偶像礼拝をしている女性と、イスラエルがよりによって至聖所の中で異教の神々の礼拝である多産の儀式、性的交わりを行ってしまったことが記されています。

 

イスラエルの神に引き出されて出エジプトした人達が、いとも簡単に異教の神々の教え、礼拝に引きずられてしまうの?と思うのです。

でも、イスラエルはエジプトに居て異教神〜太陽神〜ラーの崇拝を430年も見て学習してきたのです。

イスラエルの神が伝える通りの神との関わり合いを、知らない、

理解していない人たち。

これが出エジプトした後、婚姻契約を受け取るシナイ山の元でも

やっていたでしょう。

エジプトの太陽神、牛、ミトラ教、ローマ教も太陽神信仰であり、

牛がシンボルです。同じなのです。

異教の神の大元は、ラー太陽神だからです。ローマ教も太陽神との混ざり物、所詮人間が作った宗教なのです。

皆汚染されている。偽物の教えに汚染されているのです。

 

その慣れ親しんだ方法で、自分達の持ち出した物で一番大事で高価な金で、子牛の偶像を作り出し、偶像を通してイスラエルの神の祭りを祝おう!とやったことが書かれています。

これは人間が編み出した宗教、そしてローマ教も全く同じ性質なのです。

自分たちの慣れ親しんだやり方、考え、思想で、創造主が伝えることとは違う事をやり、その人間が編み出した方法、近づき方でイスラエルの神を礼拝イスラエルの神に近づく、偶像の神々に近づく方法と全く同じ近づき方をし続けているのです。

 

今や日本の国会議員、クリスチャンと名乗る人が堂々と国会で

LGBT賛成の起立表明をしながら、同時に祈り会?を国会でする?

牧師がこぞってLGBT賛成する?どこもかしこも、混ざり物の偽物、不純物に染まってゆるゆる。

偽物の教えに対して、寛大でガードが甘く、罪を平気で招き入れているのです。

このような行為、神の前にどう申し開きをするつもりなのか?

聖書を教える人が、神の教えを理解していない、別物の教えで人を

誤りの教えに導いているのです。

混ぜ物の教えの根は、偽物、人間の作り物の教えを混ぜ、神の教えを退ける時点で始まる警告、エデンの園の警告をしっかり覚えて、危険から守られる事を最初に知る必要があります。

 

創造の源とは、神が命の全てを生み出すと言う事実です。

受胎とそれに続く出産という行為に対して、自らが創造した神々に向かい、懇願し、祈願し、命を生み出す儀式をする。

多産を祈願する行為は、異教の神々の崇拝の中に必ずあるのです。

命を生み出す、経済が潤う働きがある、全部人間の肉中心、

創造主である神が命の源である事を無視した行為です。

さらに、多産を願う儀式、行為は、人間に側にこの神聖な子を産む責任を負わせ、神との関わりを一切排除しているものです。

神は生命の源です。実際、神の御名はこの概念を体現しています。「常に在り、そして永遠に在る神」、すなわちすべての生命の不変の源である事実、創造主自身が人に伝えています。

(ローマ11:36)。

 

人間の宗教、これはローマ帝国が作り出した宗教も同じく、人間の考えが中心、人間が神になり変わる行為をしているのです。

聖書が絶対!とプロテスタントが主張するならば、その主張通りに生きようではありませんか!

それなのに、クリスチャンが神の言葉を絶対と言いながら、同時に神の教え、言葉を破棄、終了!と否定する思想を信じ、主張し、人間ローマ帝国皇帝が作った偽物混ぜ物宗教の教えの方を大事にし、信じて、神の言葉教えを捨てているのです。

今日も、今も人間の教えを実践し続けているのに、その誤り、罪に全く気がついていなのです。

あらゆる異教、異教の神々の教え、宗教において、姦淫と神への奉仕の義務が混在しているのは興味深いことです。

これは、悪魔崇拝も同じです。必ずその儀式があるでしょう。

なぜでしょうか?なぜ不道徳と偶像崇拝は常に結びついているように見えるのでしょうか?

 

その答えは、神が結婚という形を通して私たちに伝えようとしているメッセージにあるからです。

夫と妻の結びつきは、神がご自分の民への愛と情熱を示すために人類に与えてくださった唯一の物理的な形です。

真の結婚の核心である貞節、忠誠、そして信頼は、結婚における肉体的な結びつきが神の意図するものとなるために不可欠です

 

このように、夫婦の親密な関係は、神の民に対する神の忠実さ、

そして神が民に忠実に応えて欲しいと願っていることの鮮明な例証です。

だからこそ、敵は結婚を憎んでいるのです。神の創造された婚姻を、歪め、卑猥なものにし、同性同士のおぞましい形の結びつきを人に奨励し続けているのです。

サタンは、まず結婚を誓った男女から生まれる交わりと幸福を心底憎みます。エデンの園の敵の攻撃を、考えてみてください。

サタンは妬みの塊、嘘つきです。

一体である、自分のエッセンス、自分の中から出てきた自分そのものこれ以上の近さがない親密な間柄に、ヒビ、亀裂が入ったのは、神のデザインとは違う事、神の言われた事を疑わせて違う事をしたこんなシンプル、単純な理由で、別の世界の飛び出し閉じ込められ自分が誰か分からなくなり、相手の本当の性質も分からなくなり、そして本来の関係に亀裂、歪み、破壊が生じたのです。

これを、宗教の教え、人間の作った教えが教えて、ずっとやっているのです。

神がデザインされ造られた人の性質と、神が造られた時を、人間が変えて別物にし、神の如く神の座に座り、神の伝える事をことごとく自由自在、気ままに変え続けているのです。

神の言葉を捨てるという行為は、この歪み、破壊、傷を招き入れて別物の神々の教えを生きる、ずれた路線を生きることに導かれてしまうことなのです。
は結婚を憎みます。神のデザイン、性質そのものを憎んでいるのです。まず神に身を捧げ、互いに忠実な人生を歩む男女から生まれる交わりと幸福を、敵は憎みます。

私たちの敵は、結婚の結びつきによって生まれる子供たちの喜びも軽蔑します。

だから、神の創造のデザインを歪めているでしょう。

同性同士の夫婦なんて、神のデザインとは真逆の神が忌み嫌われる汚らわしいおぞましい行為なのです。

そんな人達から、罪、ずれにまみれた環境で偽物を学ぶ成長する子の悲劇があるのです。

考えてみたら、普通の意識があるならば、神のDNAが搭載されているから、それらが気色悪い、異物!と考える方が当然の反応なのです。

同性同士は、子供を生み出せないのです。命を絶やすものです。

善を悪、悪を善とクリスチャンまでもが、神の言葉に敵対して言い続けているのです。

 

イザヤ5:20わざわいなるかな、彼らは悪を呼んで善といい、

善を呼んで悪といい、暗きを光とし、光を暗しとし、苦きを甘しとし、甘きを苦しとする。

神の教えを真っ向から堂々と否定する教えを聞くのに耐えられない。

聖書を教えるはずの人が、イエシュアを愛するという人が、言葉=神に対して否定、破棄、退け、そのズレ、罪に対して完全に無感覚、無知のまま敵の声を復唱させられているのです。

そして、あらゆる手段を尽くして結婚と家庭を破壊し、結婚関係の美しさを、情欲に駆られた安っぽい利己主義に変えようとします。

これが、神から離れて、神に聞く事を無視した人の成れの果てです。

クリスチャンまでもが、牧師が、神の言葉を正しく伝える事をしなくてはならない人が、率先して悪魔の手先、悪魔の教えを人に施し偽物を伝えて、神の聖別を汚しているのに全く無感覚なのです。

正しく理解されれば、私たちの創造主がご自身が選ばれた者たちに抱く深い切なる思い、そして彼らの人生をご自身の愛で満たすことによって生み出そうとする人生を、言葉では言い表せない言葉で表現するのです。

だから、サタンとその仲間たちが、この最も素晴らしい象徴を、

ただ心痛と破滅的な人生を生み出すものに変えようと、あらゆる手段を尽くすのも不思議ではありません。

サタンが神聖なものを俗悪なものに変えようとしていることを、

私たちは忘れてはなりません。

このようなサタンの手先に、クリスチャンの教師たちがこぞって賛同し、神の教えを正しく理解していないままなのは、人間が編み出した神の教えを曲げる宗教の教えだけを、偽物、混ぜものを聞かされてきてしまったからなのです。
残念ながら、預言書の警告通り、神の言葉、教えが、ローマ帝国により塗り替えられて作り替えられた宗教の教えが、異邦人の世界へ伝えられてしまったのです。

クリスチャンは、異邦人〜教会という新しいグループが代表となり自分たちこそが、世界へイエシュア、メシア、福音を伝えたのだと勘違いしています。福音は、使徒たち、パウロのようなトラーを教えた人たちを通して最初伝えられたのです。神の言葉、教えはエルサレムから出たからです。最初の最初からメシアは、残りの民により伝え続けらて来たのです。しかも、ローマ教のような偽物のメシアではない、本物!!!!

 

アヴラハムも未だ地上に来られないイエシュアを知っていたと書いてあるでしょう。聖書を正しく読み取れば、何が書いてあるのか見えます。福音が伝えられたのは、神の純粋な教え、トラーは、異教徒、異教神に属する異邦人から伝えられたのではない。

クリスチャンは、今も神の教え=トラーを否定し、捨て、距離を置いているではないですか。彼ら聖書に記された人達は、ヘブライであり、ローマ教の教えなど教えていない人達です。

 

神の純粋な教えと、そして、神の創造された時である記念日を人間が預言された警告通り、塗り替え続けてきました。

神の記念日を変えるとは、神が創造された時を、人間が神になり変わり勝手に変える行為であり、それが反キリストの特徴であると、はっきり聖書には記されています。

神の教え、トラーと神の時を塗り替える行為を、反キリストは歴史の中でやり続けている、これからもやり続けて終わりの時に、神がその偽物のを全部一掃されるのです。

イエシュアは永遠の中に存在している神であり、神の業も、人間の性質も、人の生き方も、時代ごとに変わらないのです。

生活形態が変わっても、人間として神が伝える生き方は変わらない。

異邦人の世界に伝えられたのは、人間が作った聖書ではない教えが混じっている人造宗教の教えなのです。

神の言葉を退けて否定する教え、人間が作った宗教の教えは、最初から存在してはならないもの、人に伝えて生きてはならないものだったのです。

でも、神は敢えてそれを許されて来た、イスラエルに対しても高き所の偽物を通して神に近づく姦淫の罪を 千年近くも忍耐したのと同じ。でも偽物の教えはここで終わり!という時が、近い未来に必ず来ることが書いてあるでしょう。

熱心に、メシアを人に伝えても、土台が人間の作り物の教え、

ローマ化した偽物のメシア、イエシュア、人間の宗教を伝えていては、それは

本物のイスラエルの神の教えなどではありません。偽物、まがい物偽札と同じ。

そして、イエシュアは宗教の教えが語るような事を人に伝えていないやらせない、全く違う本質を伝えているのです。

神がデザインした通りの関係の中で生きる事。

宗教活動することなんかではないのです。

 

異邦人の世界に伝えられた神の言葉、教え終了!という思想は、

真っ向から神に対して冒涜的で、敵対する、神を汚している教えなのです。

神の言われることではなく、ローマ帝国皇帝コンスタンチヌスや

教皇が伝える教えを尊重しているのです。

聖書に書いてもない事を、信じているだけです。

聖書は絶対、完全と言いながら、実は神の言葉、教えを退け

ローマ帝国皇帝が作った人造宗教の教えを信じている、半分嘘

半分本当、混ぜ物、不純物、性質が違う教えを聞かされている事を知らないままだと思います。