ヘブル1:2 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエスさまの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ヘブル1:2 この終りの時には、御子によって、わたしたちに語られたのである。神は御子を万物の相続者と定め、また、御子によって、もろもろの世界を造られた。

 

70人訳で使われるのは、”これらの最後の日々”と言う言葉は、 創世記49:1 民数記42:14 エレミヤ32:20

で見られるヘブライ語では文字通りこれらの最後の日々と言う

意味です。

 

ユダヤ人の賢人達は、”現在の時代” オラム ハゼを”これから来る時代”オラム ハバ"と区別しています。

現在の時代は未完了相自制で記されている言葉で、これから来る

世界の時代とは神が統治する世界なので完了時制で書かれています。

メシアの日々と記されている時代は現在の時代が終わる時であり

来るべき世界が導入される時代、神の完全なる統治の世界が訪れる時です。

 

ヘブル書の著者はこの様な見解に立っている事は明らかです。

現代の時代、メシアが到来するので今の時代は最後の章になり、現代の時代は終わると言う日が来ると言う事です。

 

終わりの時に入る時である時代は、著者が居る時代も含まれ、

て、これらの日と言う意味で書かれています。

ヘブル2:2、エレミヤ23:20 49:39、エゼキエル

38:16、ホセア3:5、マイカ4:1、使徒2:17、2テモテ3:1 エレミヤ5:3、2ペテロ3:3。

 

 

彼が私達に語られたーこの”語られた”(ἐλάλησεν < λαλέω)と言う言葉は、アオリスト時制、メシアの全ての業が集められ、そして父により確実に語られた言葉が明らかにされたことが記されています。

ここで注目するのは、この啓示は”私達に”直接語られているものです。それは、神の完全なる啓示は主の人々、神の子らの時代を

確実に運命付けているものであります。

 

この様なイエシュアの観点が幾度も語られていて、父の言葉を

この会話の中から聞き取る事が出来ます。

 

ルカ10:21 そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。父よ、これはまことに、みこころにかなった事でした。

マタイ11:25 そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。

 
ここで強調されているのは、”御子によって”と言う事です。
 
神の御子である性質を持つお方、卓越した預言者であると言う
ことです。
神の御子である性質として啓示された方は、完全でフルである
お方です。人間である神に任命された預言者達がそれぞれに、
この御子であるお方を預言し、説明して来たのです。
 
預言者を通して語られた方=その内容が現実に完全版であるお方
御子、救い主として地上に現れ出ると言う事です。
様々な預言者を通して時代ごとに語られ続け伝えられて来た
お方がキリストであり、そのお方が実際に地上に現れたらそれ以上の進行が無くなるわけです。
だから、聖書は閉じられたと言う事なのです。
そしてそれ迄の様聖書を書き記す様な預言者=神の言葉を預かり
人に伝える存在が止まったと言う事でもあります。それでなければ、聖書は常に書き記され続けてしまう事になるからです。
全て必要な教え、全て必要な預言、全ては完全に聖書の中に書き記されて閉じられたのです。
 
だから、今の時代には聖書に登場する様なイスラエルの預言者
聖書を書き記す様な預言者が存在しないのです。
神の言葉を正しく理解し伝える、預言=神の言葉を預かり語る
それは人が聞いた事、聖書に読んだ事がない教えを語る!と言う事ではなく、語られた神の言葉を正しく解釈して伝え生きて教える。それがイエシュアが言われた、成就、破棄と言う言葉の意味
なのです。成就=神の言葉を正しく解釈し伝え生きる、破棄=
神の言葉を神の意図通りに理解しない、ずれた解釈で語り、生き実践する事と言う意味でイエシュアが語られたからです。
 
マタイ5章に”破棄、成就”と書かれている言葉は、当時1世紀の時代のユダヤ人ラビ達の中で使われた慣用句であり、トラーを
正しく理解する=成就、ずれた解釈をする=破棄すると言う
言い回しなのです。
 
神の言葉を正しく学び理解し人に伝える事の出来る知恵を神から与えられている人達は現代にも居るでしょうけれど、それらの人は、聖書に記された内容に反する事を発言しない事が前提なのです。そしてイスラエルに居た預言者達の様な神の言葉を神から直接聞き全ての人に伝える〜聖書を書き記す様な役割を今現代誰も与えられていないのは、聖書が閉じている事でも明らかな事実
です。そしてイエシュアが地上にもう既に来られた事でもそれらが分かるのです。
 
イエシュアは全ての創造物に対する所有者である事実に基づき
任命された法的に叶う正統な天の継承者です。
詩篇2にこれが記されています。
神は世界の終わりの時に、メシアを世界を統治する者としている
と記されています。コロサイ1:15−16
 
コロサイ1:15 御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである。

1:16 万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。

 
ヨハネ1:3 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
1:10 彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。
 
1コリント 8:6 わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである。万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する。また、唯一の主イエス・キリストのみがいますのである。万物はこの主により、わたしたちもこの主によっている。
 
コロサイ1:16 万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子に
よって造られ、御子のために造られたのである。
 
創世記1:28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
 
創造の最初にアダムに元々与えられた約束、神の創造された世界を治めると言う主権は、メシアにより確立され、(詩篇8)
全てを創り出した方が全ての物の相続者となるからです。
したがって、創造の目的は最終的には万物の継承者に見出されなければなりません。確かに”主”により世界の全ては最初に造られたのです。ここで、神の子が父のデザインを執行する人であるのです。世界の全ては御子を通して造られたのです。
 
ギリシャ語で書かれた世界、世とは、ヘブライ語では”オラム”と言う言葉である事は疑う余地がないものであり、その意味は、
代々、永遠、そして全世界という意味の言葉です。
 
イエシュアが創造主でありこの世界を支えておられるお方であり
ヘブライ思想では、物理的領域とそれを超えた意味があるものです。
全ての出来事、そしてそれらが起きる全ての時代です。
イエシュアが継承者であり、全世界の創造主であり、全ての物
全ての出来事は最後にイエシュアにより集約され全てイエシュアに帰せられるからです。
 
続く