異教神由来のクリスマスの祝いの伝統の数々 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

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全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

現代祝われているクリスマスは初代異邦人クリスチャンにより

発達、作られたものなのでしょうか?

現代祝われているクリスマスの祭りの数々は異教信仰のシンボル、慣わしがたくさん取り入れられています。

初代異邦人クリスチャンの間では異教の慣わしを取り入れクリスチャン信仰の中にフィットする様に作り変え取り入れ、異教神の慣わしの由来を隠し、西洋宗教の教えを代わりに意味付けて新しいものに作り変えました。

以下のものは異教の祭りから取られたものです。

                                                                                    1 西洋ヒイラギ

2 ヤドリギ

3 ツタ

4 月桂樹のリース

5オーデイン<北欧の死神>

6サタナリアの祭りで贈り物をするローマ

7クリスマスの酒宴

8緑の葉と赤い実

9グループで歌う

10ユールの丸太

11冬至

12キャンドル

 

サタナリアの祭りはローマの神”サターン”を崇拝する古代の異教の祭りです。毎年12月17日から24日の間に祝われる祭り

です。北欧地域の冬至に当たる時期のその週は食べる飲む、

プレゼントを送り合う事で祝われました。

ケルト人は、冬至が訪れ一年で一番日照時間が短い日を迎えますが、同時にそれは再び明るくなり、春がもうすぐそこに訪れている事を喜ぶ時でもあったのです。

 

1. 異教由来の西洋ヒイラギ

 
ローマ神話ではヒイラギはサターンの神の聖なる植物であり、
サターンの神を崇め敬意を払い、サタナリアの祭りでは
ローマ帝国の人々はお互いにヒイラギのリースを贈り合いました。

異邦人クリスチャンがイエスキリストの誕生日をこの冬の異教神の祭りの時期に祝い始めた時、異教神を信仰する人達から自分達の新しい宗教=ローマ教の信仰を迫害されないために、自分達の

家にこの西洋ヒイラギを同じ様に飾り、人が家の前を行き交う時に、この家の人達はサタナリアを祝っているのであり、

キリストの誕生日を祝っていると思われないために、この西洋

ヒイラギをサタナリアを崇拝する人達と同様に飾ったのです。

 

ここで2つ気が付く事があります。この祭りの背景は異教神の

祭りです。だから、この祭りを新しい宗教=ローマの宗教=

異邦人信者だけがモーセの五書を離れて神のオリジナルの記念日を祝う事をやめ、神の教えから離れ、ヘレニズム思想である

異邦人西洋教父達が編み出した教え祭りに切り替えた事実があるのです。神の言葉を曲げる事に対して何の罪悪感もない異邦人の

思想の世界なのです。

 

だからこの祭りは、異邦人クリスチャンだけにより祝われていたのです。ユダヤ人信者はこの祭り=サタナリアの時期にキリストの誕生日を祝う事をしなかったし、現代でも同じです。

トラーを理解しないユダヤ人はなんでもやりますが。

 

徐々に異邦人クリスチャンの人口が増えてこの冬の祭りの習慣が

定着して行くと、西洋ヒイラギを家の扉に飾る事が、

異教神のオリジナルの由来である事が忘れられ

薄れて、知られなくなりました。

異邦人クリスチャンは、1世紀後半にローマ帝国から同様に

”モーセの五書”をユダヤ人と同じ様に神の教えを生きて、聖書にあるオリジナルの神の記念日、シャバット、新月、祭りを生きている事で4000ドル相当の純金で支払う罰金=税金と、投獄、処刑を課せられ、迫害を受けていました。

異邦人はユダヤ人とみなされないために、”モーセの五書”を

生きてないと言う事を行動でローマ帝国に表し、神の教えに

反した生き方を選択したのです。

殺されないため、迫害を逃れるために、そうしたのです。

ユダヤ人はそれをしないで処刑され、そしてエルサレムから追放されて散って行ったのです。その様に異邦人はオリジナルの聖書信仰から離れ、ユダヤ人グループとも離れ独自の教えを編み出す西洋異邦人教父達の元違う路線の信仰内容を歩みだしたのです。

 

はっきりした事実は、神が2つの教えを作ったのではなく、

異邦人はオリジナル聖書から離れて西洋宗教と言う神の言葉を

否定し変えた教えの路線に入った事実は歴史の上で明らかな

事実、証拠があるのです。

 

それと同じでこの西洋ヒイラギで偽装した様に、ユダヤ人と関係無い事を証明するために、神のオリジナルの教えと、神の記念日から離れる事をやった歴史があるのです。迫害を逃れるために色々変装し、神の教えから離れる、そしてサタナリアでは彼らの祭りと同じ祭りを祝っていると偽装する、この手の作戦をずっと古代から続けてそれがのちに、伝統として定着したので、

どうして異邦人がオリジナルの神の言葉から離れて違う思想=

聖書とは違う教えを語り、神の言葉は終わりで関係無いと言い

続けているのか、その根拠を探ると真相が色々と見えてくるのです。

現代では、異教神サターンの祭り、サタナリアの祭りのシンボルは平和、喜びの象徴となり、争い事を終わらせると言う意味で

このヒイラギの下に立つのです。

ドイツでは、春の西洋ヒイラギは教会で飾られ、そのシンボルは

落雷と雷鳴から家が守られると言う迷信を信じています。

もちろん作り話ですが、イギリスでは農民が蜂の巣にこの西洋

ヒイラギを飾りました。それは、最初のクリスマスで赤子の

イエスの周りを蜂が飛び回り敬意を称したとしているのです。

この創作話が伝統で伝わり、歌が作られました。

クリスマスによく聞く歌です。

"Decking the halls with boughs of Holly"

 

2 ドロイド教の”ヤドリギ”信仰

 

 

 

ヤドリ木はケルト人、ノルウエー人、そして北アメリカ、そして
アメリカに居たインデイアン達により聖なる木として崇められ
崇拝されていました。

ドルイド教徒はヤドリギが落雷と雷鳴から身を守ってくれると

信じていました。ドロイド教僧侶達は金の鎌を使ってオーク木からこのヤドリギを切り、地面に枝が落ちる前にそれらを取る事をしました。このヤドリギは小さく裁断され、そして人々に配られ

ました。

ドロイド教ではこのヤドリギは喜びと平和のシンボルとして

考えられています。もし敵同士がこのヤドリギの下で鉢合わせしたら、両者は武器を置いて次の日まで休戦状態に入る義務があり

ました。この慣わしから、春に天井からヤドリギのボールを飾り

このヤドリギの下でキスをすると言う習慣はこの慣わしから

由来しています。

 

3. ローマ神 バッカスがツタを着た
 
ローマでは、ツタはバッカス神=ワインと歓楽の神のシンボルとされていました。バッカス神はツタを永遠の命の象徴として
着用していると信じられていました。

なぜなら異教徒はツタをまとわせることをして、初代異邦人

クリスチャンは、教会の中をツタで飾る事はしませんでした。

異邦人クリスチャンは建物の外側をツタで覆い飾る事を好みました。そしてツタはイギリスのクリスマスの伝統で重要な意味を

しめるシンボルでもあったのですが、アメリカではツタは

意味の無いものとして扱われました。

クリスマスに歌われる人気の賛美歌で”The Holly and the Ivy"は

クリスマスイコール”ツタ”を連想させる同意語として使われて

います。

 

 

4. ローマが月桂樹のリースを作った
月桂樹やその葉は異教徒ローマには人気のもので、それらは
太陽神アポロに取り聖なるものとされていたからです。
古代ローマでは月桂樹で作ったリースを使い装飾し、このリースは勝利を意味するものでもあったからです。
そして、リースは季節でドアに飾るものでした。

北ヨーロッパでは、月桂樹の葉は普通にあるものではなく、

その代わり常緑樹の枝を集めて包みか丸い輪のリースを

作りました。

そして現在で一番使われている常緑樹はクリスマスツリーです。

 

5. 異教神 オーデイン

ファーザークリスマス=サンタクロースは、1930年代に
コカコーラ社の宣伝キャンペーンで作られたものです。
元のファーザークリスマス=サンタクロースは、異教にルーツが
あるものです。イギリスではファーザークリスマスと言い、
アメリカではサンタクロースと言います。

世界中の子供達はファーザークリスマス=サンタクロースは

聖ニコラスであると教えられていますが、異教神信仰の世界では

この話の裏には、もっと隠された内容がある事を知っています。

異教神でその名をオーデイと言う神、太って白い髭があって

長い服を着ていると言う様に話されています。

このオーデインの神は戦いと死の神、死神です。

 

ここまでの5項目で聖書、イスラエルの神=イエシュアと何も

関係の無い異教神の信仰、シンボル、祭りに便乗させた

キリストの誕生と言うものを同じ時期に祝う事にした異邦人

クリスチャン。異邦人西洋教父達が様々に聖書の記述とは違う

異教神の慣わし祭り教えに混ざり、オリジナル聖書から離れて色々な教えや祭りを編み出した足跡があるのです。

 

トラー、預言書で約束されていた救い主が実際に地上に来られた

事、その事実を語る事は重要な事です。

でもその事実を変形させ、真実では無い形で伝えることに問題が

あるのです。この事を考えた事は13年前まで全くありませんでした。キリストが伝わればなんでも良いと言う思考回路は異教徒

異邦人的思考です。なぜなら神は混ぜ物を絶対禁じているからです。そして言われた通り!その通りをして!語り生きて!と

ずっと伝えているのです。モーセが山で見た=天の領域で見た

神の家をそっくりそのまま地上で再現してと神が言われた言葉は一人一人に対して言われているのです。

イスラエルの神のものとは別物を表現、提示、表す事それは

イスラエルの神を歪める事でもあるからです。

 

考えれば考えるほど、神の教えに照らし合わせれば

合わせるほど、見えてくる明らかな事実があるのです。

それは一人一人が自分で考えて神から本物の答えを見出す以外

ないのです。どうしてユダヤ人がクリスマスを祝わないのか

最初から祝っていないのか、その理由が聖書から見えるのです。

 

高き所=異教の神々の礼拝場でイスラエルの神を礼拝しては

ならない事が聖書にはずっと記述されています。

 

2列王記17:15 そして彼らは主の定めを捨て、主が彼らの先祖たちと結ばれた契約を破り、また彼らに与えられた警告を軽んじ、

かつむなしい偶像に従ってむなしくなり、また周囲の異邦人に

従った。これは主が、彼ら=異邦人異教徒のようにおこなってはならないと彼らに命じられたものである。

 

 

続く