画像で見る大贖罪日の一日  | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

今日は、聖書の暦では、第七の月の10日。

”ヨム キプール” 大贖罪日です。

イスラエルの神が今日も変わらずに、一人一人に、

そして国民レベル、世界へ呼びかけています。

 

イザヤ58章。

国全体が神の中に戻る。ヨム キプールに”ヨナ”書を読む

伝統があります。

神の契約の命の姿、境界線を超えた民を、なおも滅ぼさずに

救い出す憐れみ深いイスラエルの神。

 

同じイスラエルの神が、今日も変わらずに私達一人一人

そして、家族へ、コミュニテイへ、国民全体へ、同じ様に

”皆で主の中に戻る”日に呼びかけているのです。

 

どの地点でも、神の呼びかけは”シナイ山”=婚姻契約、

神の造られた命の姿、本来の生き方の中に戻る事に

引き戻すのです。

全ての預言者の託宣、預言=神から預言者へ託された、

神の託宣、預言、メッセージは、”トラー”=シナイ山の

婚姻契約に戻れという忠告でもあるからです。

 

シャマー=聞きなさい、イスラエル=神の子らよと

呼びかけています。何を聞くのか?神の呼びかけている内容は、

シャマーせよと言われる内容は、全てトラーの中に書かれて

います。神の言う事を聞く!これが信仰の基本中の基本です。

黙示録の中で、ヨハネが書いた”はじめの愛”を

忘れた、捨てたとは、”シナイ山”の婚姻契約を

コード化した言葉で書いているのです。

トラーを知る人達にしか分らない言葉=初めの愛。

ローマ政府には何が書いてあるのか読み取られないための

コード化した言葉なのです。

”初めの愛”へ戻りなさい、トラーの生き様へ戻りなさいと

言う軌道修正が、ヨム キプールの中心のメッセージでも

あるのです。預言者のメッセージ、神から託宣の中心は、

トラー=婚姻契約の生き方に戻れ!です。未来預言をする事が

預言者の役割ではないのです。それはほんの一部に過ぎない。

預言者と言うヘブライ語の意味は”運ぶ”=神の言葉を運ぶ=

トラーを運び、人々を曲がった生き方から軌道修正させる役割が

預言者の役割なのです。

 

”神のデザインされた、神の似姿、本来の姿”に修復、

神の中に皆で戻りなさいと。

 

レビ記23章は、神の指定した、神のデザインされた、

神の定めの日。それは今現在も不変、変わらないのです。

 

第2神殿が崩壊するまで、もちろんイエシュアが昇天された

後も同じ様に神殿で、この大贖罪日の一日が執り行われて

いたのです。神の永遠不変の仰せにより。

 

現在は、”神殿”が無いと言う理由で、これらが執り行われて

居ないと言う事が、正確な事実です。

再び主が来られたら、まず第一に祝われる記念日、祭りは、

”仮庵”の祭りだと書かれています。

 

そして、神殿の中で教えられて来た事は、仮の教えではなく、

天の現実、福音の中身を肉眼で地上で五感を通して、

学習するためのイスラエルの神のデザインした学習ツールでも

あるからです。

罪の仮の許しのために、動物を屠るのではない。

動物の血は、人のズレ、罪を購う事が出来ないと

はっきりと書かれています。

コインの裏面で、天にある見えない実態を、

傷の無い動物を通して、体感的に教えているのです。

神殿が今現在も存在していれば、今日もこれを神殿で

執り行われるのです。

 

救い主が来られた後は、トラーの中身は全部終り〜!と

言う教えとは全く異なる事が聖書には書かれています。

神の言葉は永遠不変であり、一点一画の文字さえ廃らない!

終わらないと神が伝えているのです。

イエシュアが自ら、手本を示して、トラーを地上で生きた。

神の記念日を生きていた。そして、パウロや弟子達も、

この”都上り”ハギム=祭りを、昇天以降も

エルサレムで変わらず祝っていた事が聖書に書かれています。

 

しかも、聖書には、神の定めの日=モアデイム以外の記念日を

祝う様に神が仰せられた記録など書いてないのです。

”宮きよめの祭り”=ハヌカは書かれていますが、それは、

イスラエルの記念日であり、重要な意味=神が異教の汚れた

人々の手から、神の神殿、人々を救い出した歴史の事実の

記念日ですが、神の定め、仰せで祝っていたのでは無いのです。

それ以外の、他の宗教が作り出した祝い日も初代のイエシュア

信者達にも祝われていない。

神の記念日、祝い日として、現代行なう様な祝い日は、

聖書の書かれている間は存在もしていないし、人々にそれらが

祝い日であるとも認識もされてもいないのです。

そして、ローマ政府が作り出した祝い日を、祝う人もいなかった

歴史と、そして神の言葉の事実があります。

聖書にも書かれていない。

 

でもレビ記23章は、永遠不変です。

大贖罪日の一日が 神殿でどの様に執り行われていたのか
少し知る事が出来ます。

1 大祭司がまず自分の罪 家族の罪を言い表す。
そして、言い表している間に”主の御名”を言う。
そして 神殿に詣で居る人達みなひざまずき
それぞれの罪、ズレを神の前に言い表す。
 

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2 2匹の山羊を連れて来る。 
一匹の山羊が 身代わりになる山羊。
一匹は 荒野に放たれる 山羊 赤いひもを首に付ける。
ニカノアの門から、山羊を出す。
イエシュアの購い、私達の身代わり。

牛の上に両手を置く。
右手を上に置いて、両手で山羊の頭の上を強く押す。
イスラエルの全ての罪、反抗、人々を誤りに導いた
教え行動をして来た罪=ズレをこの山羊の上に載せる。

 

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3大贖罪日はとても緊迫した雰囲気、真剣さでテシュバー

神の言葉の中に自分を戻す、起動修正する、自分の1年の生き方

を振返る。くじでイスラエルの罪のための、

生け贄の山羊を決める。
大祭司は右側 そしてその大祭司の家族(長子)が左に立つ。

 

 

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4 生け贄 身代わりの山羊
イスラエルの全家のための罪が購われている事を告白。
この時 ”イスラエルの神の御名”を唱える。
私達は今その御名がどの様に発音されているかは、

一般的には語られませんが、当時は誰でも知っていたのです。

主の本当の御名を唱える事を禁止したのは、ローマ政府。

処刑、死刑になるならば、安全な方法を取る。

詰まり密室で、時々、主の御名をイスラエルの間だけで

唱えていたのです。でも当時の人は聞いていた。

 

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5白い祭司服。そして至聖所に入る。

コバーンを捧げる以前から、”白い服”を着ている。

これは、既に”義”とされた人の姿を表しているのです。

この事実から、ズレたから、起動修正するのです。

 

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6 香をささげる 
契約の箱、モーセが頂いた石の板に刻まれた10の言葉が
書かれているものが入っている。その前で香を焚く。

契約の箱のフタは、カポーレットと言う言葉です。

キプールと同じ語源です。

命を生み出す場所。神の言葉の中に戻ると言う事。

 

 

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7 契約の箱の前で血を注ぐ
レビ記16:14

 

 

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