ユダヤ人の神の言葉に対する意識 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ユダヤ人の”聖書”観念はこうです。パウロも同様です。

聖書に登場する人達、使徒、パウロ全て含めて、現代の宗教の

世界が語る聖書観=モーセの五書は呪いの律法などと考える人は

誰一人として居ません!神の言葉を憎む、忌み嫌う、悪いものであると教える、そんな人は誰一人1世紀の信者、ユダヤ人の中に

存在しないのが事実です。現代でも同じです。

パウロ、彼らの教科書は100%トラー=モーセの五書なのです。

人生を賭けて追い求める、慕わしい神の言葉、愛の印である

婚姻契約、麗しい美しい神の性質を生きる”宝” 神の言葉が

真珠として聖書の中に例えられて書かれている通りに

真珠の粒を一つ一つ発見し拾い集めて繋げて行く宝探しの意識。

人は神の似姿に造られた。麗しい貴重な存在として造られた。

その人達は、神の似姿である麗しい姿を生きれる特権と

栄光の中に招き入れられている。

私達は、おどろおどろした窮屈で残忍で呪いの律法に縛り付けられ生きる様には造られていないのです。

神の性質=トラーに書かれた、神が教える神の造られた

美しい本来の人間の性質を生きる!事に取り戻されているのです。

 

イスラエルの神は、子供達に”トラー”を瞳のごとく守り、

ガードせよと教えています。異邦人は神が教える事とは

逆の教えをしているのです。

 

言葉、教え、知恵、教訓、戒め、さとし、悟りetc etc etc

聖書のどの箇所に書いてあってもそれらは全て100%モーセの五書を指して話しているのです。

 

箴言4:1 子供らよ、父の教を聞き、悟りを得るために

耳を傾けよ。

4:2 わたしは、良い教訓を、あなたがたにさずける。

わたしの教を捨ててはならない。

4:3 わたしもわが父には子であり、わが母の目には、

ひとりのいとし子であった。

4:4 父はわたしを教えて言った、

わたしの言葉を、心に留め、わたしの戒めを守って、

命を得よ。

4:5 それを忘れることなく、またわが口の言葉にそむいてはならない、知恵を得よ、悟りを得よ。

 4:6 知恵を捨てるな、それはあなたを守る。それを愛せよ、

それはあなたを保つ。

4:7 知恵の初めはこれである、知恵を得よ、

あなたが何を得るにしても、悟りを得よ。

4:8 それを尊べ、そうすれば、それはあなたを高くあげる、

もしそれをいだくならば、それはあなたを尊くする。

4:9 それはあなたの頭に麗しい飾りを置き、

栄えの冠をあなたに与える」。

4:10 わが子よ、聞け、わたしの言葉をうけいれよ、

<クリスチャンの世界では、神の言葉を破棄せよ!恵みの無い

生き方に戻るのか?ユダヤ人はトラーで滅び、異邦人は神の

教え、インストラクション=トラーを捨てて勝利した!と言う

スローガンは、神が直接語られた言葉、教えとは全く逆である事に気が付かないなら神の言葉は頭上を素通りしてしまいます。>

 

そうすれば、あなたの命の年は多くなる。

4:11 わたしは知恵の道をあなたに教え、

正しい道筋にあなたを導いた。

4:12 あなたが歩くとき、その歩みは妨げられず、

走る時にも、つまずくことはない。

4:13 教訓をかたくとらえて、離してはならない、それを守れ、それはあなたの命である。

 

箴言は100%トラーをさして、トラーの知恵を語っているのです。神は神の教え=トラーに対してどうしなさいと教えていますか?神は神のトラーを捨てよ!と教えていますか?

 

ちゃんと聖書に書いてある通りを読んで、信じて受け取りそれを生きないならあなたの意識は、思考回路は、呪いの下=神から外れた場所に飛び出してしまいます。

人の教えという呪いの下に閉じ込められ、縛られてしまいます。

 

異邦人の世界が語る神の言葉の概念はこんな感じが一般的です。

1否定的、毛嫌い、嫌悪、無用、不要、悪いものである!

呪いの律法 廃れた 破棄せよ!律法に戻るのか〜!

 

ユダヤ人は違います。トラーが永遠不変の神の言葉、婚姻契約である事実を知った異邦人たちも神の仰せを喜び、神の教えを

待ち望む!のです。

 

イザヤの預言にもあります。預言=神から託された言葉=

トラーを生きよ!トラーに戻れ!婚姻契約の愛=初めの愛に

戻りなさい。

 

 42:1 わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選び人を見よ。わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道をしめす。

42:2 彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、

 42:3 また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。

 42:4 彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。

海沿いの国々はその教を待ち望む。

 

道を地に確立すると書いてある箇所のヘブライ語は、

義<ミシュパット>と彼の”トラー”<トラトウ>イエシュアの

トラー=教え、インストラクション=モーセの五書に書かれた

実態を地に確立すると書いてあります。

島々と読んで、あるパスターが”日本もこの中に含まれていると

いいな〜”と言われた事を思い出しますが、イザヤが預言した

人々が神の教え=トラーを待ち望む様になると言う部分は

見えていなかったようです。

 

42:5 天を創造してこれをのべ、地とそれに生ずるものをひらき、その上の民に息を与え、その中を歩む者に霊を与えられる主なる神はこう言われる、

42:6 「主なるわたしは正義をもってあなたを召した。わたしはあなたの手をとり、あなたを守った。わたしはあなたを民の契約<契約=ブリット=婚姻契約=トラー>を与えたとし、

もろもろの国びと=ゴイム=異邦人の光として与え、

 

<イスラエルの神はイスラエルを代表とし、同じ”契約”=トラーを世界の国々の民へ光として与えたと書いてあります。

アヴラハムを通して同じ福音=神の似姿を生きれる祝福を

与えたと言うこととぴったり繋がる預言です。ユダヤ人と

異邦人への教えが別!と言う仮説は、神の言葉に照らし合わせればそれは非聖書的教えなのです。

1つの人=アダム=アダマ=同じ土から神に造られた人は1つ

として出現し繋がっているから、同じ人間=同じ神の性質を

与えられ、同じ1つの神の教えが与えられたのです。

それはまず”イスラエル”は世界の光=代表として選び出され、

神の言葉を受け取り、それをしっかり理解し、学び続けて

世界へ教える役割として立てられた事が書かれているのです。>

 

詩篇133:1 見よ、兄弟が和合して共におるのはいかに麗しく

楽しいことであろう。

133:2 それはこうべに注がれた尊い油がひげに流れ、

アロンのひげに流れ、その衣のえりにまで流れくだるようだ。

133:3 またヘルモンの露がシオンの山に下るようだ。これは主がかしこに祝福を命じ、とこしえに命を与えられたからである。

 

ダビデは”モーセの五書”だけが彼の聖書、教科書です。

モーセの五書を指してダビデは詩篇119で、神の教え、

インストラクションをどれほど慕い求め賛美し麗しいものとして

讃えているのでしょうか?さとし、み言葉、戒め、教え、

あかし、おきてetc etc 全ては100%トラー=モーセの五書に

書かれた神の教えの内容を指してダビデは神に語りかけているのです。

祈りとは、神の教えに照らし合わせながら神の前で神の意図通りの状態、意識に軌道修正をすることをヘブライ語の”祈り”と

言う意味なのです。

 

西洋人の語る”呪いの律法”=モーセの五書を指して、ダビデはこの様な意識で、神のトラーを神の前で賛美しているのです。

長いので全てペースト出来ませんが、ぜひ119篇を読んで神の前でダビデがトラーを語り賛美し、神のトラーを慕い求め、神の前に告白している事実だけに立って神の言葉に対する意識の軌道修正をする必要があります。

 

詩篇119

119:1 おのが道を全くして、主のおきてに歩む者はさいわいです。

119:2 主のもろもろのあかしを守り心をつくして主を尋ね求め、

119:3 また悪を行わず、主の道に歩む者はさいわいです。

 119:4 あなたはさとしを命じて、ねんごろに守らせられます。

119:5 どうかわたしの道を堅くして、あなたの定めを守らせてください。

119:6 わたしは、あなたのもろもろの戒めに目をとめる時、

恥じることはありません。

 119:7 わたしは、あなたの正しいおきてを学ぶとき、正しい心をもってあなたに感謝します。

119:8 わたしはあなたの定めを守ります。

わたしを全くお捨てにならないでください。

119:9 若い人はどうしておのが道を清く保つことができるでしょうか。み言葉にしたがって、それを守るよりほかにありません。

119:10 わたしは心をつくしてあなたを尋ね求めます。

わたしをあなたの戒めから迷い出させないでください。

119:11 わたしはあなたにむかって罪を犯すことのないように、心のうちにみ言葉をたくわえました。

119:12 あなたはほむべきかな、主よ、あなたの定めをわたしに教えてください。

119:15 わたしは、あなたのさとしを思い、あなたの道に目をとめます。

119:16 わたしはあなたの定めを喜び、あなたのみ言葉を忘れません。

119:17 あなたのしもべを豊かにあしらって、

生きながらえさせ、み言葉を守らせてください。

119:18 わたしの目を開いて、あなたのおきてのうちのくすしき事を見させてください。

119:19 わたしはこの地にあっては寄留者です。

あなたの戒めをわたしに隠さないでください。

119:20 わが魂はつねにあなたのおきてを慕って、

絶えいるばかりです。

119:21 あなたは、あなたの戒めから迷い出る高ぶる者、のろわれた者を責められます。

119:61 たとい、悪しき者のなわがわたしを捕えても、

わたしはあなたのおきてを忘れません。

119:70 彼らの心は肥え太って脂肪のようです。

しかしわたしはあなたのおきてを喜びます。

119:71 苦しみにあったことは、わたしに良い事です。

これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。

119:72 あなたの口のおきては、わたしのためには幾千の金銀貨幣にもまさるのです。

119:73 あなたのみ手はわたしを造り、わたしを形造りました。わたしに知恵を与えて、あなたの戒めを学ばせてください。

119:74 あなたを恐れる者はわたしを見て喜ぶでしょう。

わたしはみ言葉によって望みをいだいたからです。

 119:75 主よ、わたしはあなたのさばきの正しく、また、あなたが真実をもってわたしを苦しめられたことを知っています。

119:76 あなたがしもべに告げられた約束にしたがって、あなたのいつくしみをわが慰めとしてください。

119:77 あなたのあわれみをわたしに臨ませ、わたしを生かしてください。あなたのおきてはわが喜びだからです。

 119:78 高ぶる者に恥をこうむらせてください。彼らは偽りをもって、わたしをくつがえしたからです。しかしわたしはあなたのさとしを深く思います。

119:87 彼らはこの地において、ほとんどわたしを滅ぼしました。しかし、わたしはあなたのさとしを捨てませんでした。119:88 あなたのいつくしみにしたがってわたしを生かして

ください。そうすればわたしはあなたの口から出るあかし

守ります。

 

 

続く