シャブオート<weeks 週> <ペンテコステ 第五十日め>を祝う | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

伝統的なシャブオートの祭りの祝い方は、伝統的にルツ記を

読みます。イスラエルは祭りなのでシャバットとして止まり

国全体休日なので、夜通しトラーを学んだり、話したり

宴会をします。今イスラエルは相当危ない状態ですが。

どうしてルツ記を読むのかは別の記事に書きます。

 

そして、祝いに付き物の宴会。美味しい食べ物、飲み物。

乳と蜜の流れる地に入り、神からの婚姻契約を受け取った祭り

として、この時に、伝統的に乳製品を使ったものを作り、

食べたりします。そして収穫を祝い、花を飾ったり。

自然の中に出て楽しんだり。

祭りは全て”収穫”にちなんでいます。

これも絵画的言語、教えですね。御霊の実にも繋がる教えです。

神の言葉=教え=水=イエシュアの辺りに植わる人は

一年に渡り、季節ごと=この言葉”永遠”に繋がるものである

言葉で、神のサイクルを生き続ける人に実を付ける!

これをヘブライ人が読んだら、即座に神の命のサイクル=記念日

の中、暦を神の教え、声の下で生きて、新しい人として成長

イエシュアの香り、御霊の実を付ける様子だと考えることが

出来るのです。

そう思って詩篇1章を読んだことは以前は全く無かったです。

神がオリジナルに創造された福音、神の業、人の命のサイクルを生きる道のりを表す神の祭りの意味を吟味する。

 

神が永遠不変の婚姻契約をイスラエルを代表として

世界の全ての民族へ与えた事実を思い出す日。

それが”シャヴオート”=ペンテコステの祭りです。

聖霊初降臨がテーマの祭り!ではありません。

 

神は神の記念日に不思議な業や現象をもたらした歴史が

ありますね。しかも、神の記念日はイエシュアの業を

表すものであり、実際に世界に向けて印象付ける神の福音の業を地上で表しているものでもあるのです。

 

使徒2章は”シャヴオート”の祭りで、シナイ山で起きた事の

再来を表すものでもあります。

シナイ山で婚姻契約を初めて文字として受け取った儀式が

あった時には大多数がイスラエル、ユダヤ人でした。

イナズマのごとくの光と轟=神の声=ショーファーの音。

それが使徒二章でも再現されています。

光=火 とどろき=神の声。

でもその中に少数の異邦人もいました。

これがルツ記を読むことにも繋がっています。

ルツは異邦人です。でも姑ナオミの生き方を見て、

”あなたの神は私の神”と告白する自覚に至ったのです。

聖書の中には大伝道会みたいなそんなのは書かれてませんが、

個人個人が神の教えを生きる中で誰かに影響を与えている事が

記されています。ルツがその良い一例だと思います。

 

異邦人でも同じように神はアプローチ、近づいて下さり、

神は呼び出し、招き入れている事実があるのです。

アヴラハムはもともと異邦人!でもヤコブ=イスラエルを

生んだ人になりました。

アヴラハム、イサク、ヤコブの神!とある通りです。

そして異邦人ルツから生まれた子の系図からダビデ王が生まれ、そして救い主イエシュアを生み出したのです。

 

そしてモーセの五書はユダヤ人だけの教え!などと言う教えは

聖書の中身、内容を書いてある本当の意味では理解していない人が考えて主張している聖書では無いただの人間的思想、

発想です。

なぜなら、神は聖書にはちゃんと異邦人を通しても、

同じ神の業をしているからです。しかも全ての人は同じイスラエルの神=創造主に造られた。アダム=土同じエッセンスで

造られて1人の人から全人類が現れ出た事実をまるで無視して

進化論のごとく別の性質の人間なのだと考えている様な

教えを神学は解説しています。変形する人間、進化論信奉?

 

同じ神の子らは同じ神の教えを生きる!と聖書には

書いてあるのです。別の福音は無い!神の言葉を曲げる、

否定する別の福音への警告は聖書の至る箇所に書いてあります。

 

聖書に書かれている内容は全て100%トラー=父の言葉、

モーセの五書だけが書かれている!と言う事に気が付いて

いないから、聖書とはズレた神の言葉を否定した教えや

神学を編み出し続けて、その教えだけを聞かされて来たせいで

それが聖書だとただの人の作った、聖書とは全くズレている

空想神話を信じているだけなのにそれに気がつかないのです。

 

ちゃんと聖書を読めばイエシュアが100%語る言葉が

モーセの五書だと分かる。いやモーセの五書を知らない人は

モーセの五書<それを解説する預言書>からイエシュアが引用して語っていることが見えない!捉えられていないだけなのです。

 

私達日本人も同じイエシュアにどんな方法でかそれぞれ

違えど出会った事実があるのです。

出会った後に、神の本当の言葉、教えを聞いて、神の伝える

実態を聞かないままで生きて来たのか、聞いて生きて来たのか

その差はありますが。

 

婚姻契約に対して、呪いの律法だなどと言う事が出来る思想、

そんな考えをする人の教えは帳消しにしないとなりません。

神が語る神の言葉や契約の性質を真っ向から否定しています。

神は人類に”永遠不変の教え、言葉、約束、保証”と語って

いるのに。神の言葉は終わり!と言う主張は、自分は神との関係にある証拠はなくなりました!保証も約束も消えました!と

言っていることに全く気がつかないで矛盾だらけの教えを

主張しているのです。神の言葉が消えたら何を根拠に語っているのでしょう?福音書以降の新しい教え?福音書以降も

100%トラーの短い解説なのです!

トラー無しに神の言葉、神の言葉の解説など出来ない!のです。

 

婚姻指輪や婚姻証明書を捨てよ!と言う教えが狂ってると

気が付かないとなりません。

福音書〜黙示録に書かれている内容は100%トラー、

それを解説する預言書と諸書<タナック>のみなのです。

福音書〜黙示録には6000以上のタナックが引用されている

ことに気が付いて読んでいますか?

 

シャブオートの祭りに戻ります。

祭りの祝い方はこの様な感じです。

 

キャンドルを灯して、祈りを捧げます。

 

バルーフ アタ アドナイ エロヘイニュ

メラフ ハ オーラム シェヘヒヤヌ

ヴェキマヌ ヴェヒギアヌ リズマン ハゼ

 

私達に命を授け、支えて、この祭りの時を迎えさせて

くださった全宇宙の王、私達らの神主に祝福あれ

 

恒例のワイン、葡萄ジュースを注ぎ、祈ります。

ワインは祝福、喜びを表すシンボルであり、恵みを表すものでもあります。神が造られた創造物、収穫から得る喜び、楽しみ。

 

バルーフ アタ アドナイ エロヘイニュ メラフ 

ハ オラーム ボレー プリー ハガフェン アーメン

 

ワインの実を創造して下さった 全宇宙の王、私達の神主に

祝福あれ

 

パンを割き祝福の祈りをします

 

バルーフ アタ アドナイ エロヘイニュ メラフ 

ハ オラーム

ハ モチイ レヘン ミン ハ アレツ アーメン

 

大地からパンを創造して下さった 全宇宙の王、

私達の神主に祝福あれ

 

宴会でエンジョイ!

出エジプトした一連から、荒野=神の声だけを聞ける場所

ハネムーンの地に導き出し、神が永遠の保証=婚姻契約書

神の国に住まう人の本当の生き方、神の性質を生きる全てが

書かれている教え=トラー=モーセの五書を与えられた記念日

それがシャブオートです。

 

使徒2章で大勢の人がそれぞれの国の違う言語で話し始めた事は

世界へこの文字で書かれたトラーがこれからエルサレムから

出て世界の四隅に本物の人間の生き方が教えられ、伝えられる

幕開けとなる!その印、全世界へ向けて印象付ける儀式の時に

なったのです。シナイ山の出来事と重ねると、同じ事が今度は

異邦人へも!同じイスラエルの神、同じ創造主に造られた人達全てに運ばれる!と言うメッセージとして表されていることに

気がつくと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い服。祭司の服も白。祭りの時は白い服を着ます。

新しくされた人!イエシュアの血で

真っ白にされた人達を表す。

 

 

 

 

 

使徒2章に居たヘブライ人、使徒たちは特にこのシナイ山での

シャヴオートのこの出来事を思い出していたのです。