第二コリント13章13節
主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。
ローマ書4章25節
主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。
ローマ書5章
1)ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。
2)またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導きいれられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。
3)そればかりでなく、艱難さえも喜んでいます。それは、艱難が忍耐を生み出し、
4)忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
5)この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
20)律法がはいって来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。
21)それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。
ローマ書6章
1)それでは、どういうことになりますか。恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。
2)絶対にそんなことはありません。罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。
3)それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。
4)私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。
5)もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。
6)私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。
7)死んでしまった者は、罪から解放されているのです。
8)もし、私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。
9)キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。
10)なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。
11)このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだものであり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。
12)ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従ってはいけません。
13)また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。
14)というのは、罪はあなたがたを支配することがない(※1)からです。なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。
15)それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。
16)あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。
17)神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、
18)罪から解放されて、義の奴隷となったのです。
19)あなたがたにある肉の弱さのために、私は人間的な言い方をしています。あなたがたは、以前は自分の手足を汚れと不法の奴隷としてささげて、不法に進みましたが、今は、その手足を義の奴隷としてささげて、清潔に進みなさい。
20)罪の奴隷であった時は、あなたがたは義については、自由にふるまっていました。。
21)その当時、今ではあなたがたが恥じているそのようなものから、何か良い実を得たでしょうか。それらのものの行き着くところは死です。
22)しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖霊に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。
23)罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
ヨハネの福音書14章
15)もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。
16)わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
17)その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなた方とともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。
※1)
ローマ書8章2節
なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。
第一コリント15章45節
聖書に「最初のアダムは生きた者となった。」と書いてありますが、最後のアダム(キリスト)は、生かす御霊となりました。
ガラテヤ5章16節
私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。