昨日の朝、目覚める前に剣の映像が私の脳裏に現れました。
その傍には契約の箱もあったような気がします。
しかし、特に剣の方が強く私に迫ってきたので、その後、聖書を開いてみました。
そして、以下の聖書の箇所が示されました。
マタイ10章
34)わたしが来たのは地に平和をもたらすためだと思ってはなりません。わたしは、平和をもたらすために来たのではなく、剣をもたらすために来たのです。
35)なぜなら、わたしは人をその父に、娘をその母に、嫁をそのしゅうとめに逆らわせるために来たからです。
36)さらに、家族の者がその人の敵となります。
37)わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。
38)自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。
39)自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。
40)あなたがたを受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。また、わたしを受け入れる者は、わたしを遣わした方を受け入れます。
エペソ6章
11)悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。
12)私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
13)ですから、邪悪な日に対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
14)では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯(※1)を締め、胸には正義の胸当て(※2)を着け、
15)足には平和の福音の備えをはきなさい。
16)これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
17)救いのかぶとをかぶり(※2)、また御霊の与える剣(※3)である、神のことばを受けなさい。
18)すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。
※1)イザヤ11:5
正義はその腰の帯となり、真実はその胴の帯となる。
※2)イザヤ59:17
主は義をよろいのように着、救いのかぶとを頭にかぶり...
第一テサロニケ5:8
しかし、私達は昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。
※3)ヘブル4:12
神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろなはかりごとを判明することができます。
本当に、イエス様がこの地上に裁きの剣を振り下ろされる日が非常に近いのだということを覚えます。