結局、他人は信用しちゃいけないということさ。だから俺だって、見ず知らずの他人に信用される気ないし | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

自分の言葉を信じろみたいな事を言う人間が、自分でそれを覆すんだからな。まあそういう事さ

「誰かを信じる」っていうのは、そりゃいかにも正しくて良い事のように見えるかも知れんけど、それって裏を返すと「自分を裏切るなよ」みたいな願望も込められてる場合が殆どだろう

しかもその「裏切り」ってのが、本当に悪意を持って騙そうとか傷付けようとかするとかいう事だけじゃなくて、往々にして「自分にとって都合良く振舞ってれなかった」程度の事を裏切りとか言ったりするんだよなあ

何と面倒臭い

自分はそれだけ他人から見て完璧に都合良く振る舞えるとでもいうのやら

少なくとも俺はそんな自信は全く無いね。しかも見ず知らずの他人が勝手に抱く印象やイメージ通りになんて無理無理。

だから俺は、自分と深く関わることになる人間以外からは信じてもらおうとも思ってないよ

自分にとって大切な人間の為なら多少は無理をしようという気にもなるが、全然そうじゃないただの知り合いや顔見知りの為にそこまで出来る程も器は大きくない

ただ単に、俺の一部分について利用できそうだとか参考になりそうだと思ってくれるならそうしてくれればいいと思うだけだ

なもんで、当然、俺の考えややり方を押し付けるつもりは無い。こういう考え方やり方もあるよと表明するだけで、それをどうするかは相手が自らの責任において決める事だ。責任を持てない、持つ気になれないというならスルーすればいい。しつこく迫るような面倒臭い事は俺も嫌いだ

大体、人間はそれぞれ抱えてる事情も生い立ちも違う、自分のやり方が常に他人にも適合するなんてことはむしろ例外的な事だろう。だから押し付ける意味が無い。自分に合ったやり方は、自分で見付けるしかないのさ

たまたま役に立ったのならそりゃ良かったねとは思うが、かと言って俺のやり方全てが適切なんてことはたぶん有り得ない。役に立つ部分は役立てて、そうじゃないところは放っておけばいいんだよ

その為にも、俺は馴れ合うつもりも無いのさ。どうせ万人に都合良く振る舞うなんて出来やしないんだからね

となると当然、「思ってたのと違う」って感じる部分もあったとは思うが、その上で利用できる部分は利用してらえればいいさ

ま、俺を利用しようなんていう人間は、当然それを承知の上でやってるとは思うけどね