カホコママの承認欲求の話、ほんとに響いた。

 
自分の中でも他人の人生を生きてると思ってた昨今。
 
答え合わせができてほんとうに良かった。
 
わたしは他人のビジネスに沿うことを。他人の欲求を、他人の期待に応えることをしてきたし、それが心地よかったし、とても住みやすい世界だった。
 
 
今、それを離れる段階にきている。
 
と、思っている。
 
具体的に、まずはSNSを断つ必要がある。



自分の周りで、知らない世界で、今日もいろんなことが行われている。

たいていの物事は、知る必要、ないんですよ。
僕みたいな一般の人なら特に。



情報をうまく処理できない。

すると、
こんな自分はダメなやつだ。とか、
すごい人と比較して、わたしは成功してないから、とか
会社員だからダメなやつ、とか

謎の烙印を自分に押してしまう。



こんな人こそ、なんて不幸な人なんだろうと思う。

どこかで聞いたようなセリフに、会った事もない・存在してるかすらわからない人間の言葉に、なんの価値があるんだろう。その刷り込みに、なんの価値があるんだろう。



他人の刷り込みで生きることが、他者の人生を生きることになるのなら、

SNSで有名な人の言葉も、なんか良いこと言ってる成功者の言葉も、上司の言い分も、恋人の言葉も、家族の言葉も、価値はない。



自分の人生を生きる。



という思いがあるのなら、「自分のなりたい自分になること」が大事だ。
そのために、自分で、自分自身を作っていく必要がある。



自己イメージの構築である。



たとえば、情報を知ったら、体験しなくちゃ、意味がない。
知らない方が幸せだったことっていっぱいあるんですよ。だから、

知ったら、体験する。

知ったら実行する。


これが、情報の扱い方です。これをため込むと情報デブになる。

だから、じぶんで切り拓くためには、
「良い情報だと思ったら、体験すること。」です。
 
 
昔、SNSを絶ったらいいことがあった。自分の時間がめちゃくちゃ増えた。自分の知りたいことだけ能動的に取りに行けるようになった。
 
課金も辞めれた。周りの目が消滅したから全てがやりやすくなった。狭い世界で生きなくなったから生きるのがおもしろくなった。
 
 
今は自分のことを大事にしたい。
だから、仕事上どうしても使わざる得ないLINEは活用したいときだけしか開かず。
 
フェイスブックは卒業。
そして長年い続けた個人アカウントのツイッターは垢消しまでおこなった。
 
 
ちなみに、時間が空いたな。
さて、この時間、どのように使っていこうか。
 
ありがたい限りだ。