最近、AIの進化について考える時間が増えた。ChatGPTやClaudeを毎日のように使い、仕事でも生活でもAIが当たり前になってきている。数年前には想像できなかった変化だ。最近よく耳にするのは、「AIが仕事を奪う(所謂、ギュられる)」という話。
AIがAIを作り、ロボットがロボットを生産するようになったらどうなるだろう。自己増殖を始めたら、その流れは人間には止められない。
しかも、技術が次の技術を生み出すことで、変化は直線ではなく指数関数的に加速していく。そうなれば、「今ある仕事が残るのか」という問い自体、あまり意味を持たなくなる気がする。
あと5年、10年で社会は今とは全く違う姿になっているかもしれない。もちろん、日本は変化が比較的ゆっくりなので、最初にその変化が訪れるのはアメリカなどの国だろう。
だから、自分はどう生きたいのか最近、自分の考え方も少し変わってきた。「どんな仕事をするか」「どんな会社で働くか」よりも、「どんな状態で生きていたいか」の方が大切だと思うようになった。
私が目指したいのは、経済的にも精神的にも自由でいること。会社にしがみつく人生は送りたくないし、嫌な仕事を無理に続けなくてもいい。住みたい場所を自分で選べる。変化が来ても、「じゃあ次はこうしよう」と動ける。そんな人生を送りたい。
変わるもの、変わらないもの
一方で、変わらないものもある。
家族。健康。信頼。学び続ける姿勢。技術は猛烈なスピードで変わる。でも、人間として大切なものは、そう簡単には変わらない。だから、土台は変えず、手段は変え続けたい。
将来、何者になりたいのか正直、まだ分からない。
起業するかもしれない。
会社員を続けるかもしれない。
九州に住んでいるかもしれない。
湘南かもしれない。
北海道かもしれない。
そのまま海外にいるかもしれない。
今は答えを持っていないけどそれでいいとも思う。
こんな不確実な時代に、10年後の肩書きを決めることにあまり意味はない。
それよりも、どんな未来になっても適応できる自分でいることの方が大切だ。
AIが社会をどう変えるのかも、誰にも断言はできない。
だから未来を予測することよりも、どんな未来でも対応できる準備をしておきたい。
変化を恐れないこと。
学び続けること。
そして、変わらない軸を大切にすること。
これからの時代に必要なのは、「正解」を探すことではなく、自分自身が変化できる存在であり続けることなのだと思う。
