TPO「ゴルフ界の常識は世間の非常識」

TPO という言葉知ってますか?聞いたことありますよね。

当社の片山プロがブログで触れていましたので、ちょいと一文。

Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)(注:Opportunityと使われることもある)
の頭文字をとって、

「時と場所、場合にあった方法(服装等も入る)を使い分ける」を意味する和製英語。

この概念の発案者は「VAN」ブランドの創始者石津謙介さんです。 (参考・ウィキペディアより)

服装について言うなら「時刻と場所と周りの状況をわきまえた服装にしよう!」
となるでしょうか。それが世間の常識、その方がオシャレですよね。


普段GパンにTシャツの若者でも格式のある場所に行く時には、
それなりの、カジュアルでもいい所ならカジュアルにお洒落して

これが世間の常識なんだけど・・・



外食の世界では、トゥールダルジャンに行きたければ、
ジャケットにネクタイのドレスコードや食事のマナーを守らなければなりません。

駅前の焼き鳥屋なら、ジャケットにネクタイして来たい人は着てくればいいし
下駄履きにTシャツでもカマワナイ、

食事のマナー知らなきゃ恥ずかしいですが、焼き鳥屋なら串にかぶりついても誰も咎めません。

外食の世界には、それぞれのTPOに合わせたドレスコード、マナーが存在し、
様々な人々の満足に対応しています。

世間の常識はTPO。
こんな常識がゴルフ界ではまだ受け入れられていないと考えてしまうのは私だけでしょうか?


世間の常識ではTPOをわきまえて行動すればいいのですが、
ゴルフ界には、
カジュアルでもいいゴルフ場でも名門ゴルフ場のドレスコードを強要する方がいるのも確か。


ところが、何と身近なところにも居ました、そんな人。

若い女性スタッフがミニスカートはいてたら注意した女子プロ。

スポーツ施設、カジュアルに気軽に様々なクラスターのゴルファーが集まる練習場。
そこで何で流行のミニスカはいちゃイケナインダ。

社長の私でも、そんなこと言った覚えは一度も無い!
逆に流行遅れにはなりたくない。

Fashionable=used by high society

ゴルフとはこういゆうものだ!という概念、先入観、ゴルフ界の常識。

外食の世界ではフォーマルレストランから駅前の焼き鳥屋、横丁の定食屋まで
様々なスタイルの店が
様々のお客様のニーズに対応して顧客満足を提供しているのに。

日本のゴルフ界では、ついこの間まで
ゴルフ場は全て名門ゴルフ場と同じような画一的なスタイルを追求していました。

フォーマルな名門倶楽部からカジュアルで気軽なゴルフ場まで
様々なゴルファーのニーズに対応してゴルファーの顧客満足を提供するスタイルのバリエーションが
ゴルフ場にあってもいいのでは?


TPOをわきまえていれば、何でもないことだと思いませんか?

ゴルフに行く際には、自分が行くゴルフ場のドレスコード、ローカルルールを事前に調べて対応してから行けばいいと思うのですが。

暑い日のゴルフ、ショートパンツにハイソックスでなくても良いのかどうか?
電話一本で確かめられるドレスコード。

確かめてOKなら堂々と「くるぶしソックス」履いていけばいい。

でも、若い世代のゴルファーにもTPOを知らないゴルファーがいるのも確か、どんなゴルフ場に行っても自分のスタイルを曲げないというのはTPOを無視した振る舞いと言わざるを得ませんね。

互いの歩み寄りの為にもTPOを啓蒙しよう!!これも練習場の社会的な役割なんでしょう!

よーく考えよう、「TPO]は大事だよー!
生物の多様性

 もう随分前になるが妻と映画「オーシャンズ」を見た。

映画の冒頭から映像と共に、たたみ掛ける様にナレーションされるのが「生物の多様性」と、
それに対する人間による脅威、人間により生物の多様性が失われると生物の進化も失われてしまうというの話だ。

 進化と耳にするとすぐダーウィンの進化論、ガラパゴス諸島、日本企業のガラパゴス化現象が浮かんでしまうのは私だけか?

 (日本企業のガラパゴス化とは、一億人という豊かで中途半端な規模の市場を持ち、その市場に過剰に適応しすぎた為に、世界市場の進化の潮流からズレ始めている日本企業の現状について言われる言葉、日本の携帯電話機が世界標準になれない事がよく例に出される)

 進化の過程で外の世界から遮断されたガラパゴス諸島の生物は、ガラパゴス諸島の環境に過剰適応し進化して来た。

過剰適応とは別名「進化の袋小路」とも言われ、生物学的には望ましい状態ではなく環境の変化に脆弱であるとされる。
  
 ちょいと前マスコミを騒がせていた、大相撲やトヨタのプリウス問題など見てると、
心理学の世界で使われる「過剰適応症候群」「会社人間症候群」を思い出してしまい、

映画を見ながら生物の進化も協会、企業など組織の進化も似たようなとこがあるなと感じた。

多様な考え方をする人間が居なけりゃ組織は過剰適応して脆弱になる。

過剰適応
 大相撲の一連の事件、トヨタプリウス問題など、皆さんどんな感想をお持ちでしたでしょうか?

どうも今回の一連の事件、この組織の過剰適応に問題の根がありそうな気がしませんか?

 心理学に於ける「過剰適応」とは、周囲の環境や他人に対して自分の意見や行動を無理に合わせることであり・・・

 相撲協会の場合、組織存続の為に本来の筋を忘れエンターテインメント性ばかりを追い求めた結果に今の姿があるように思う。

相撲界の伝統を継承するより、見せるスポーツとして客が呼べれば喜べば全て良しとする、ある意味現代のスポーツエンターテインメント界への過剰適応か?

 トヨタの場合は創業家への過剰適応か?リーマンショック前の世界市場に過剰適応して絶好調だったトヨタが一気に落ち込み、その再建の為に登場した創業家社長。

 初動動作で社長が自ら説明するという危機管理のイロハを知らないわけが無いトヨタが、何故これまで対応が遅れたか?

創業家に泥をかぶせるなという創業家に対する過剰適応がもたらしたミスではなかったか?そんなこと考えているのは私だけだろうか。

 そんなこと考えてるうちに、去年の夏以来進めてきたキリンとサントリーの合併話が頓挫にも
同様の原因が内包されているような気がしてきた。

上場会社のキリンと非上場オーナーの持ち株比率90%のサントリー、
方や直接金融にさらされるサラリーマン社長、方や創業家のオーナー社長。

 内需縮小する日本市場に留まることなく世界市場に出て行かねば生き残れないという長期的な課題は同じはずなのだが。

それぞれがそれぞれの現在のポジションに過剰適応して
新たな市場環境に適応して行くことが出来なければ
企業としての進化が無い事はわかっているはずなのだが。

「生物の多様性」と「過剰適応の回避」、組織存続の為にも意識しなければならないことだろう。

いつも社員に話している「アンバランスは成長の種」「ゴルフ界の常識はアーリーバードの非常識」という言葉は、そのまま、多様な考え方、衆知を集めることの大切さ、業界の常識に甘んじない改革改善の精神を表現している。

婚活

1月に放送されたNHKスペシャル「無縁社会」は、血縁、地縁、社縁が断絶され
孤独死が増えている事を報じ話題となった。

週刊ダイヤモンド4月3日号「無縁社会」特集号によると、一人暮らしに孤独や不安を感じている人が増えている。

セキュリティ重視でオートロック型マンションが脚光を浴びたのはバブルの頃。

近頃はシェア住居という、各人の専用スペース以外にトイレやシャワー、キッチン、リビングなどを共用スペースとする住居があるそうだ、なんと、首都圏だけで1万人がシェア住居生活をおくっているという。女性限定の物件もあるそうだ。

今から30年前、大学を卒業して私が入った会社の寮は、三畳一間を先輩と2段ベットで共用、トイレ、バス洗面所、リビング全て共同であった。早く役付きになってここから抜け出したいと常々思ったものだ。

そんな時代からすると共同トイレシャワーでもイイなんて隔絶の感があるなあ。

離婚の増加で「おひとりさま」になる人が増えているが、それ以上に話題となっているのは結婚しない人々だ。

少子化問題も子供を生めない社会インフラの未整備の前に、結婚しない人々の増加という大前提の問題があるようだ。

婚活という言葉もよく耳にするが、男と女いったいどうなっているんだろう?



タケシのニッポンのミカタ・・女の努力は報われるのか!?

そんな事思っていたら、4月2日のテレビ東京「タケシのニッポンのミカタ」女の努力は報われるのか!?で偶然、
女子大生180名をゲストに結婚観についての問うてるのを見た。


2008年の読売新聞調査では、結婚しなくても幸せかという問いに対して、55%がイエス、ノーは39%であったという。

結婚しなくても幸せと思っている女性が半数以上、同時に女性に女性に消極的な「草食系男子」が話題になり、ネット上には、女性に縁の無い「毒男ドクオ」「孤男コオトコ」「喪男モダン」などの言葉が氾濫する。

「毒男」は独身男性を指し、「孤男コオト」「喪男モダン」は一度も彼女が出来たとが無い男性を指すのだという。

「結婚しなくてもいい女と、女性に縁の無い男」この組み合わせじゃ、益々独身者が増えるのもウナズケル。


ゴルコンにも社会的役割が


高校生の息子にも言われるが私はブサメン(不細工メンズ、嫌な言葉だね、近頃は不細工な旦那、ブサダンというのもあるらしい)である。であるからして、そんなモテタ思い出は無い。

しかし、幸いかな学生時代から彼女がいなかった経験は無かったし、合コン(男女混合コンパ)なんてしなくてもデートしたい女の子がいたら誘えばいいんじゃない!!と考えていた。

ゴルフ界で近頃流行りのゴルコンなんて、

何ー!ゴルコン(ゴルフを伴う合コン)
所詮お遊びだろ!ゴルフでナンパするな!程度に思っていた。

しかし、そんな私達アラフィフティの時代とは違い
どうも現実の婚活世代達は、そんなに悠長なこと言ってられない状態にあるらしい。

週刊ダイアモンド「無縁社会」特集号にも寄稿、
タケシの番組にも出演していた「牛窪恵」さんは、
草食系男子、アラフォー男性は、意識改革したうえで婚活を!と説いている。

どうやら、ゴルフの場で出会いを演出して行くという事も、
練習場の社会的役割として必要不可欠な機能としてアリなのかもしれない。

ちょうど団塊の世代からだろうか、お見合いでなく恋愛結婚が流行り始めたのは。

時代と共にお見合いの社会的役割が衰退し仲人を買って出る上司、お見合いを世話するおばさんは、
うっとうしい存在になって行った。

あれから40年、男女の出会いをお見合いという形でなく、さりげなく演出するという機能が、社会的役割として必要とされる時代になったのかもしれない。

それどころか、昨日の朝日新聞朝刊30面の記事にあるように、
親の婚活(親同士が子供の代理としてお見合いするパーティーも盛況なのだという。

アーリーとしてもゴルフを舞台とした婚活を
社会的役割の意義のある仕事として検討しなければならない時代なのだろう。

ゴルフでナンパという軽いゴルコンでなく、婚活も視野に入れたゴルコン、
でもあんまり形式ばると参加者いなくなっちゃうかな?