マニアの諸相の続き

前回は尻切れトンボですみません。

あの後、三連休中日の朝礼、気合入りましたよ!

で、今回はマニアの諸相の続きです。
車の話でなくてゴルフの話。

前回は、近頃の若者の車離れから私世代の車マニアの話へと広がったのですが、

私達世代のオジサンになって、あの頃買えなかった車に乗りたい!
というニーズが後押しし、フェアレディZはオジサンに売れてるらしい。

私も乗りたい、結婚前うちの妻はフェアレディを駆って京都の実家まで帰っていた。
かっこよかったぜい!

F1が流行りレーサーでも公道ではオートマ車乗ってますよ、その方が公道では早く走れる、
てな話がメディアに登場するようになって、マニュアル車信奉は陰が薄くなって来て
オートマ車の普及率が上がっていった。

しかし、一昔前のマニュアル・オートマ端境期にはレンタカーは、まだマニュアル車が主流だったので、普段オートマ車しか乗っていない世代の部下にはイベントで出張しても運転任せられなかったなあ!

いや~!一昔だけじゃない、アーリーの作業用軽トラはマニュアル車、それもコラムシフト(コラムシフトも知らない人多いかな?タクシーに多いハンドルの横に付いてる変速機)、オートマ限定免許の若い世代の従業員にはこれ運転出来ないんだよねぇ!


とまあ!車は限りなくオートマ車になって行った。
近頃は、車同様ゴルフギアもオートマ化しつつあるようだ。
おいおい!やっとゴルフの話になったか、引っ張りすぎだよ~!

ゴルフのギアマニアも私達世代には多い、車マニアに匹敵する。

先日お話したスコッツデールもどきのマイパター。
リンクスのサンドウェッジ
本間のパーシモン(私も何本かまだ持っている)
マッスルバックの国産プロモデルアイアン

プロが使用しているモデルに使えもしないのに憧れたものだ。

ウェッジは使い込むうちバンスが削れ、バランス調整でバンスに穴を開けたり、鉛を貼ったり。
グリップを入れ替えたりとチューンナップした。

ゴルフギアにオートマ革命が起こったのは、やはりキャロウェイゴルフからか?
まてまて、その前にピンがあった、ピンパターしかり、ベリリウムカッパーのピンアイⅡありーの!

そうそう、バブル時に出たキャロウェイアイアン、ビッグバーサは初期モデルを今も持ってます。
ドライバーはバイトの子にあげちゃったな。

新世代ゴルファーを迎えるようになって、益々このギアのオートマ化が進んでいるようだ。

そんな状況が、「最近の女子プロはクラブを知らない」という声を生む土壌になっているのだろうか?
知らないっていっても、昔のように自分でウェッジに穴開けたりすることをしないということなのだろう。

自分が戦う道具、知らない訳が無い。
ただ昔と違うのは、選手へのサポート体制がしっかりして来ている現在の状況だろう。

スポーツは、「心・技・体」が大切だと言う。

その為、一流のアスリートにはそれぞれ

心=メンタルコーチ
技=テクニカルコーチ
体=フィジカルコーチ、栄養管理からスポーツマッサージ

のようなスタッフがついてサポートするようになって来た。

しかし、世界で戦うアスリートにとってもう一つ大切なものがある。
それは自分にあった道具だ!

道具=ギアのメカニカルサポートだ!

だってそうでしょ!人によって体型が違う、体力が違う、プレースタイルが違う、同じギアでいいはずが無い!

イチローには、イチロー専用のバット、松井には松井専用のバット、体型、体力、プレースタイルの違いによって、使うギアは全然違う。

ゴルフのギアもマニュアルからオートマ化が進み、昔に比べ随分使い勝手が良いものが増えて来たといえ、せっかくのギアのオートマ化も、どのギアが自分に合っているのか解らなけりゃ宝の持ち腐れだ!
自分専用のギアにする為の微妙な調整もいる!
これをサポートするのがゴルフの場合プロショップだ!

ギアマニアでなくても、自分に合ったギアをフィッティングしてくれる「プロショップ・アーリー」
自分専用にチューンナップしてくれる「ギアドッグ」

自分に合って無いクラブで遠回りをするか?
フィッテイング出来るスタッフに相談して、
せっかくのギアのオートマ化の流れに乗って行くのか?
選ぶのは、あなたです!

マニアでなくとも
最新ギアがもたらしてくれる凄いメリットを得られるいい時代なんですよ今は!
知らなきゃソンソン!

あーあ!今日も時間切れ!10時からフロントオープンします。

なんかまだ消化不良だなぁ。
この話題次回も引きずりそうだな!
このマニアの諸相というタイトル実は恩師の著作からのデッドコピー、
先生ゴメンナサイ。

で、今回はちょいとマーケの気分で!

この頃の若者は車離れが激しいそうだ。

車離れの原因として経済的問題とか都市部固有の渋滞、駐車場賃料の高さ、
他の交通機関の充実などが指摘がされている。

どうなんだろう?私の世代に比べると、マニアックに車が好きで、走りにコダワルというより、車は移動手段の一つであるとの割りきりが進んでいるように思えるのだが、どうでしょう?

私が学生の頃、男は18才になったら、
何が何でも免許を取るというのがパターンであったような気がする。

酒を飲んじゃあ、ムッシュかまやつの楽曲「我がよき友よ」ばりに、
人の道、人生などを説くより、車と女の話という輩が多かった。

世に言うスーパーカーブームもあり、ポルシェ、フェラーリなど輸入スポーツカー
国産のツインカム(DOHC)エンジンを積んだスカGやセリカLBに憧れたものだ。

中にはレース仕様を真似て、シャコタン(車高を低く改造した車)、オーバーフェンダー(太いタイヤが入るようにフェンダーを張り出させた)、エアースポイラーやウイング付けて走り回る輩もいた。

ギアボックスは、当然5速フロアシフト、ポルシェタイプの2速から3速に直線的にギアシフト出来るギアボックスは憧れだった。

パワーステアリングの付いたオートマ車になんか乗ってると、「なにパワステ、トルコン(トルクコンバータの略)なんて乗ってチンタラ。チンタラ走ってんだよ!」てな感じでからかわれた。

ヒールアンドトゥ、ダブルクラッチ、ドリフト走行、走りの専門用語を知ってるのは当たり前。

キャブレターがカブってエンジン始動に苦労したり、バッテリーが上がれば押しがけしたりと、
車にまつわる話は尽きなかった。

レース仕様車を頂点に、スポーツカー、スポーツ仕様の車へと、
そのメカやスペックは、車のプロからマニアにマニアから一般人に伝播されていった。

この伝播の仕方、その車が扱い易い易くないは関係ない。

レース仕様もどきの車など一般人が公道を走るとなると大変な苦労があった。
パワステでないハンドルは、駐車する際には切り替えしする為に相当なパワーが必要で
一発駐車出来る抜群の車両感覚が必要だ。

渋滞にでもハマレバ高回転にセッティングされたエンジンと重いクラッチは微妙なアクセルワークをドライバーに要求した。

こんな不便な車を当時の若者は羨望していたのだ。

ところがどうだ、今は車離れだという。

オートマ限定免許というのもあるらしい!
車はすっかり移動手段の一つ(元々そうだったのだが)

安心、安全、楽に、エコドライブで燃費良く、CO2削減に協力しましょ!
ワークシェアリングじゃなくてカーシェアリング
電気自動車の普及が車のあり方、産業構造の変化をもたらす。

そうそう、車の話をするんじゃなかったんだ!
ここまで引っ張っておいて今までなんだとお思いの方、
すみません!今日は三連休中日、そろそろ朝礼です。
続きはまた・・・

このところ社員面談だ何やらで間が空いちまったゼ!
前回まで、ちょっと堅苦しかったので休憩、また食べ物の話。
私のブログ、実はマーケティングの話より、こちらの食べ物話の方が受けがいい。

行きつけのスナックでは、また食べ物の話書いてー!とねだられるし、
ある社員の奥様には、社長!、五十過ぎてラーメン二郎完食してていいのか?と心配されている。

だってしょうがないじゃない・・いろいろ美味いんだもん!(字余り)
なんしろ、ハッピーラッキーブログだからねえぇ、まっ!いいっか~・・・?

美味しいもの食べてる時は、皆んな幸せハッピー!
誰かにご馳走になれるんなら、ラッキー!

このごろ、奢るばかりの人生さあ~!
若い頃、さんざ先輩にゴチになったから、還元還元・・・

ラーメン、つけ麺、ボク、ぶさメン
歩こう、歩こう、私は元気、ラーメン大好き~・・毎日食べる。
と、ホンと毎日、麺類食べてます。

川越のラーメンと言ったら「頑者 がんじゃ」つけ麺で全国区
西武新宿線の本川越駅を出て目の前にある。

行列が出来ているんで有名、その行列の上にフト眼をやると、
あるんです、「アーリーの看板」が・・・
「頑者 がんじゃ」並ぶならアーリーの看板見ながら並んでね。

かくゆう私は、まだ「頑者 がんじゃ」の、つけ麺食べた事がない。
並ぶの嫌いなモンで、すみません!

そんな私の「つけ麺との出会いは」
1977年、大学に入学した春だった。

当時、大学に入学が決まると決まっていくのが自動車教習所
例に漏れず私も鮫洲試験場前の品川教習所に通った。
ソニーの御曹司の嫁になる前の岡崎友紀さんも通っていた。参院選出たのかな?

三田在住の私が何で三田教習所に行かないで、品川なのか・・・?
高校の友人のオヤジさんの関係とだけ記しておこう。

そんな関係で免許を取った後も、ちょくちょく武蔵小山にあったその友人宅に遊びに行っていた。

そこでお会いしたのが、槙さん(だったかな?記憶が定かで無い)

1977年といえば、あのリトラクタブルライトで有名なRX7が発売された年。
「サーキットの嵐」という漫画でスーパーカーブームが巻き起こり、
リトラクタブルライトのスーパーカーが日本にも随分紹介された。

RX7は、久々の国産リトラクタブルライト採用のスポーツカー

国産初のリトラクタブルライトを採用した車は、[トヨタ2000GT]
あの’007シリーズでも使用されたが生産台数337台という超レアモノの車

もちろん「サーキットの嵐」にも登場し、僕らの世代には憧れの国産スポーツカーだった。

なんと、槙さん、その2000GTを駆って現れたのだ。

それは、ポルシェだって今みたいに走っていない時代、トヨタ2000GTの現物見るのは初めてだった私は興奮!

どうゆう人なんだ?よくよくお聞きすると、「つけ麺大王チェーン本部の社長」さんだという。

「つけ麺」という食べ方は、池袋大勝軒が元祖らしいが、ネーミングは「特製もりそば」
「つけ麺」という商品名を使用し定着させたのは、「つけ麺大王チェーン」らしい。

1977年当時東京の城南地区から神奈川にかけて「つけ麺大王チェーン」が展開されていた。
そんな縁から、つけ麺を食する機会があり当時の私はすっかりはまった。
腰のある太麺に、中華と和風のだしが混在する独特の味。
新鮮で美味しかった。

それ以来、浜松町の大王、麻布十番鳥居坂下の大王に通ったものだ。
そんなブームが沈静化して、社会人になる頃には「つけ麺大王」の店はトンと見なくなり
、大王を見掛けることがめっきり減った。(鳥居坂下の大王はまだあるらしい?ホンとですか?銀座の店も無くなった)
都内に居ればまだしも埼玉に転居した今、大王に会えることは日々の生活の中に皆無となった。

そんな今年の2月、大学ゼミの先生の「退職祝いパーティー」のスタッフ打ち上げが大崎にて行われた。

大崎の印象と言えば、私の高校大学時代、新宿や渋谷で遊んだ帰りに、大崎止まりの山手線に乗り合わせてしまいホームで待った記憶しかない。

頭に浮かぶ終電まじかの暗いホームから見える「つけ麺大王」の黄色い電飾看板。
大崎と聞いて、遼君のチキンタツタじゃないが、すぐ「つけ麺大王」食いてえぇ!と思った。

しかし、この日は、これから打ち上げ宴会、いくら食い意地張ってても食べてから行く訳にはいかない、とあきらめた。

そんな想いを感じながら迎えた先週の高校同窓会総会。
2013年には創立150年を迎える高校の 私、同窓会の学年役員。
ナンと、大崎で13時からだと言う。
これはもう、食べてから行くっきゃない、「つけ麺大王」

結果から申し上げますと、
食べたんです、つけ麺、久々、それも大王つけ麺大盛り
15年以上振りかな?
また大盛り食べちゃった。

しかしなのだ、味はなんとなく昔のままなんだけど、
麺が違う、あの腰のある独特の太麺じゃない、
普通のラーメンに使われている麺、違うじゃん!これ!と思いながら大盛り完食。

予感はあった、前の席の人のつけ麺の麺がどうも細く見える。
あれ!麺が違うような?

麺が違うと、コンナに違う。
まだまだ、私の「つけ麺大王」に対する「心残り」は解消されていない。

今風のつけ麺もいいんだけど、私は、懐かしい東京醤油ラーメン(中華そばと言う)に覚える郷愁を「大王のつけ麺」に感じる。
今度は、鳥居坂下まで行くかな!