2月25日は私にとってまた忘れられない日となった。
アーリーバードオープン以来、苦楽を共にしてきた渡邊プロが、
日本プロゴルフ協会2010テーチングプロ選手権で優勝した祝賀パーティーを開催する事が出来たのだ。
日本プロゴルフ協会松井会長より
お祝いのビデオレターと生花も戴いた。

こんなパーティーやりたくて出来るものじゃない!
大前提としてまず主役に優勝してもらわなければならない。
何が凄いって45歳の彼が並み居る若手を抑え伸べ参加者1800名の大会に優勝しちゃったのだ。
パーティーやらせてもらえる社長は幸せモノ、大感激だ!
元々渡邊プロはツアープロテストに合格してもいい実力の持ち主だ。
一昨年の同大会でも最終組で回っている。
埼玉県の研修会でも常に上位にあり、実際プロテストも最終まで行けてたはずだったのだが。
彼がツアーを断念したのは彼本来の持つ真面目さが反面、仇となったことが原因だ。
それはプロテストの最終を控えたある日に起こった。
アーリーに来る前に所属していた高麗川カントリーの大掃除に、
試合をもうすぐ控えて用心しなければならない時に
バカ正直にも一生懸命参加した彼は机を運ぶ際に腰を痛めてしまったのだ。
結局それが致命傷となりツアーを諦めざるおえなかった。
残念無念であったろう!
そんな彼と出会ったのが18年前のちょうど二月、アーリー開設準備室でのことだった。
当時所属する予定のプロは28歳の渡邊一人、支配人となる私は35歳。
30台は私だけ後は渡邊以下20台のスタッフによる開設準備だった。
当時アーリーは開設のティーザー広告(ある要素を顧客に明らかにしないことによって注意をひこうとする広告の一手法 )によって注目を浴び様々な彼の先輩プロ達からアーリーでのレッスン希望の問い合わせが来ていた。
私と渡邊の2人はその全てをお断りし、一からアーリーでのレッスンを2人で組み立てる事を決意したのだった。
あれから18年、皆さんご存知の鉄塔倒壊事故もなんのその、
独自の進化を遂げて来たアーリーバードゴルフスクールは、
現在220名のジュニア生を含めスクール生800名超のスクールとなった。
当日は、その渡邊プロの優勝記念と
日本ジュニアゴルファー育成協議会(JGC)角田武夫理事に対する
アーリーパーク開設御礼の2本の記念樹を植樹した。
角田理事には、私が同じくJGC理事を拝命していた際にジュニア育成について大変勉強させて頂いた。
アーリーパークという総天然芝の多目的広場を開設するに至ったのは、角田理事の薫陶によるものが大きい、
いわば角田理事はアーリーパークの生みの親なのである。
そのパークでは来月小学生3年生以下のサッカー大会をアーリーが主催し実施する。
ゴルフ以外のスポーツに触れる機会をアーリーで持てるのも角田理事の教えのおかげだ。

アーリーバードゴルフスクールは、
今回の彼の優勝を受けて今年1月から組織と人事を含めた大改革により進化の途中である。
何とプロセクションという組織を無くしてしまったのだ。
プロという肩書きの前にまずアーリーの社員であれ!
これが改革の大前提だ。
当然、渡邊プロもヘッドプロという役職を離れ今年からは『絆リーダー』として新たな活動を担い始めている。
もちろんレッスン・スクール活動を停止する訳ではない。
今後彼に委ねられた仕事は
ティーチングプロとして指導者としての彼の力量を
必ずやパワーアップさせてくれるものと確信している。
『絆リーダー』としての渡邊プロの今後の活動に是非期待と共にご協力をお願いしたいと存じます。
皆さん今日は本当にありがとう。
アーリーバードオープン以来、苦楽を共にしてきた渡邊プロが、
日本プロゴルフ協会2010テーチングプロ選手権で優勝した祝賀パーティーを開催する事が出来たのだ。
日本プロゴルフ協会松井会長より
お祝いのビデオレターと生花も戴いた。

こんなパーティーやりたくて出来るものじゃない!
大前提としてまず主役に優勝してもらわなければならない。
何が凄いって45歳の彼が並み居る若手を抑え伸べ参加者1800名の大会に優勝しちゃったのだ。
パーティーやらせてもらえる社長は幸せモノ、大感激だ!
元々渡邊プロはツアープロテストに合格してもいい実力の持ち主だ。
一昨年の同大会でも最終組で回っている。
埼玉県の研修会でも常に上位にあり、実際プロテストも最終まで行けてたはずだったのだが。
彼がツアーを断念したのは彼本来の持つ真面目さが反面、仇となったことが原因だ。
それはプロテストの最終を控えたある日に起こった。
アーリーに来る前に所属していた高麗川カントリーの大掃除に、
試合をもうすぐ控えて用心しなければならない時に
バカ正直にも一生懸命参加した彼は机を運ぶ際に腰を痛めてしまったのだ。
結局それが致命傷となりツアーを諦めざるおえなかった。
残念無念であったろう!
そんな彼と出会ったのが18年前のちょうど二月、アーリー開設準備室でのことだった。
当時所属する予定のプロは28歳の渡邊一人、支配人となる私は35歳。
30台は私だけ後は渡邊以下20台のスタッフによる開設準備だった。
当時アーリーは開設のティーザー広告(ある要素を顧客に明らかにしないことによって注意をひこうとする広告の一手法 )によって注目を浴び様々な彼の先輩プロ達からアーリーでのレッスン希望の問い合わせが来ていた。
私と渡邊の2人はその全てをお断りし、一からアーリーでのレッスンを2人で組み立てる事を決意したのだった。
あれから18年、皆さんご存知の鉄塔倒壊事故もなんのその、
独自の進化を遂げて来たアーリーバードゴルフスクールは、
現在220名のジュニア生を含めスクール生800名超のスクールとなった。
当日は、その渡邊プロの優勝記念と
日本ジュニアゴルファー育成協議会(JGC)角田武夫理事に対する
アーリーパーク開設御礼の2本の記念樹を植樹した。
角田理事には、私が同じくJGC理事を拝命していた際にジュニア育成について大変勉強させて頂いた。
アーリーパークという総天然芝の多目的広場を開設するに至ったのは、角田理事の薫陶によるものが大きい、
いわば角田理事はアーリーパークの生みの親なのである。
そのパークでは来月小学生3年生以下のサッカー大会をアーリーが主催し実施する。
ゴルフ以外のスポーツに触れる機会をアーリーで持てるのも角田理事の教えのおかげだ。

アーリーバードゴルフスクールは、
今回の彼の優勝を受けて今年1月から組織と人事を含めた大改革により進化の途中である。
何とプロセクションという組織を無くしてしまったのだ。
プロという肩書きの前にまずアーリーの社員であれ!
これが改革の大前提だ。
当然、渡邊プロもヘッドプロという役職を離れ今年からは『絆リーダー』として新たな活動を担い始めている。
もちろんレッスン・スクール活動を停止する訳ではない。
今後彼に委ねられた仕事は
ティーチングプロとして指導者としての彼の力量を
必ずやパワーアップさせてくれるものと確信している。
『絆リーダー』としての渡邊プロの今後の活動に是非期待と共にご協力をお願いしたいと存じます。
皆さん今日は本当にありがとう。
