いつも電車で東北沢駅を通過(急行が止まらない)するとき、少し胸がざわつく。そのざわつきは、2年前の今日、始まった。


オリンピックイヤーと言われていた2020年の僕は、高校の先輩に憧れて文一を目指してはいたけれど、勉強量は全然足りておらず、勝算はあまりなかった。それゆえ、あまり試験の内容は覚えていないし、後悔もあまりない。覚えているのは仮設トイレの水の出が悪いことと、試験監督者や周りの受験生が関西弁だったことくらいである。思えば、あの時はマスク不要だったし、沿道での応援があった。「頑張れ、地方受験生!」の弾幕のインパクトはすごかった。


そこから1年間、どうすれば合格できるか?と問い続けて、何度も模試を受けて、手の届くかもしれない範囲に学力に到達させることができた。


そして訪れた2021年2月25日は、しかしながら、まさに「あっ」という間だった。テレビの受験番組や、舞台の本番のように、BGMやテロップがつくような、もっとインパクトある形で来るのかと思っていた笑。僕がしたことといえば、朝早く起きて、東北沢駅で電車を降りて、ちょっとあるいて、静かな駒場でテストを受けただけ。そこには歓声も感動もなかった。


次の日、やっと少しの感動があった。地歴や英語がやはりかなり向上していた。成長を示せたな、という感覚があった。でも、すべてが終わった時には、安堵というよりは、極度の疲労と呆然自失感が強かった。ここまで用意してきたのに、もう終わってしまったのか…という感じ。目標に向けて頑張っているとそれが大きく見えてしまうのだが、実は他の大学入試と全然同じだったのである。


今日も先ほど東北沢駅を通過したが、やはり他の駅には感じない複雑な思いを感じる。部活の引退試合の会場を鮮明に覚えているのと同じで、ベストは尽くしたし成長は感じたけれども、勝つことはできなかった、そういう思い出の地になっている。


実は、というか当然かもしれないが、丸々1年駒場キャンパスは一切目にしていない。思い出の地ではあるけれども、高校の校舎のように帰りたい場所ではない。いつか見に行くことがあれば、どんなことを感じるのか?「やっぱりここに行きたかったなぁ!」だろうか、それとも、「悔しかったけど、もう未練はない!」だろうか。僕は後者でありたいし、1年経った今、後者の感が強い。


今日受験の方はぜひ頑張ってほしい!どんな試験でも後悔はつきもの(先日の英検で痛感した笑)だが、未練が残らないように全力で駆け抜けると良いと思う。