今では全国をツアーするバンドになりましたが、それまでは東京からあまり出てLIVEをすることがなかったザ・クレーター。
師匠ノジャー時代には、現状の打開を目指し「月世界強化月間」というプチツアーを、2005年末〜2006年1月と、2007年2月〜3月の2度おこない、初めて東京を飛び出し、LIVEをしました。
関東近郊ではありましたが、千葉LOOKや、今でもツアーの度にお世話になっているさいたま新都心HEAVEN'S ROCKへも足を伸ばし、LIVEを行いました。
思えば、その頃の経験が、今のツアーの礎にもなっているんだと、改めて気付かされます。
また、2007年前後には、渋谷で毎週土曜にバンドセットでの路上ライブをしていたこともありました。
路上でのパフォーマンスに対して取締りが厳しくなった今からは想像がし難いですが、渋谷西武のA館とB館の間、昔あったセンター街のHMVの裏口から、タワーレコードへ行く道の途中の道端のスペースにドラムセットやアンプもセットし、フルセット、大きい音で路上LIVEをしていました。
今思うと、怖いもん知らずのチャレンジャーだったなーとドキドキします(笑)
ただ、まだザ・クレーターの音楽を聴いたことのない人にとっては、ザ・クレーターは存在しないのと同じなので、聴いてもらいたい、出逢いたい、という想いが強かったです。
今もその気持ちに変わりはないですが。
バンドでする路上LIVEはやはり音量もグルーブも大きく、演奏を始めると、だいたいいつも人がすぐに集まって来ました。
そこで知り合ってその後もライブに遊びに来てくれた人もいたし、毎週同じくらいの時間に路上LIVEをする中で、コミュニティのようなものができて、盛り上がった時期もありました。
けれど、苦労してセッティングしても止められてしまい、ほとんど何もできないまま帰ることなども少なからずあり、活動の負担も大きく、ずっと続けることはできませんでした。
しかし、金曜に同じ場所で毎週していた弾き語り路上LIVEは、その後も約5年間続け、多くの経験をすることができました。
路上LIVEの音楽は、求めていない人にとっては雑音でしかない場合もあるので、時に白い目で見られることもあります。
けれど、自分たちの作ってきたひとつひとつの言葉、歌詞と、メロディーに自信を持っていたので、どんな目で見られようと、怖くはありませんでした。
路上LIVEでは、人の優しさに触れる機会も多く、暑い夏にはビールの差し入れをいただいたり、寒い冬には、暖かいホットコーヒーを差し入れていただいたり、時には近くのラーメン屋の食券を買って来てくれた方もいて、びっくりしたこともありました(泣)
まるで、通りすがりの人々にお供え物をいただく、「お地蔵さん」ですね(笑)
都会の片隅で、そんな見ず知らずの通りすがりの人の、素のやさしさに触れることができたのも、めったにできない経験でした。
例えば、満員電車の中では密着して物理的に近くにいても、ほとんどが一生言葉を交わすこともない人ばかり。
そんなとき僕は、越えがたい「赤の他人との境界線」を感じます。
それは行き交う人々が知らない人ばかりの街の中でも変わりません。
路上で音楽というものを演奏することによって、その境界線が変化したり、なくなったりする。
そんなHappyなマジックを起こすことができることがあり、それが路上ライブをする上での一つの喜びとなっていきました。
あと、外国人旅行客によく声かけられて、一緒に写真を撮ることも多かったです。
つまり、世界中に僕の写った写真があるんですね。
そう考えると、ちょっと怖い(笑)
だいたい話しかけてくれた外国人には、Where are you from?と聞いてましたが、国民性がわかって面白い事もありました。
例えば、ドイツ人は凄く真面目で、「これはなんの楽器だ?」とか「弾いてみていいか?」とか、研究熱心な感じ。
フランス人の女性には、キスを求められ、断ったら追いかけ回された事がありました(汗)
あれはマジで怖かった!フランス人女性への、ちょっとしたトラウマです(笑)
通りかかった家族連れのカブレラ(元西武ライオンズのホームラン王)にガン見された事もあります。
でかくて怖かった(汗)
今は亡き、桜塚やっくんのDVDの企画で、突然現れたやっくんと一緒に歌ったこともありました。
※「桜塚ヤンキース 見ないとガッカリだよ! 仏恥義理編 [DVD] 」特典映像に収録
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日刊スポーツに載っていたファンキーモンキーベイビーズの苦労話記事に、なぜか「八王子駅の路上アーティスト」としてデカデカと写真が掲載されていたこともあります(驚)。
(渋谷なのに。。。)
とっ散らかりましたが、本当に多くのことを経験することができました。
最近都内では、路上ライブをしようとすると止められてしまうことが多く、自由に路上ライブをすることは難しくなりましたが、今でもツアー先でやっている路上LIVEは、この時期の経験が基になっています。
これからもチャンスがあれば、街にメロディーと言葉を、投げかけていきたいと思います。


