そのカップ麺は坦々麺 | グラサン日記

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ロックバンド「ザ・クレーター」のボーカルギター菊永のブログ


やっぱり愛だと思うわけです。

ただそう書くと歌舞伎町かなんかのホストクラブかキャバクラを想像させてしまうかもしれないが、やっぱり愛だと思う訳です。

今週はうっかりlivedoorのブログに予告を書き忘れてしまいましたが、相も変わらず金曜日の晴れた夜には渋谷の西武前で路上ライブを僕はしてきた。

今週も運悪く、ピアノを弾く女の子とバッティングしてしまったが、今日はどんな環境でも歌おうといつもの場所で歌っていたら暴走族が来襲。

挙句、目の前で、楽器を背負ったスタジオ帰りらしき男が7~8人背を向けてたむろしはじめ、魂を込めて歌ったがまったく無視されてしまう始末。

まあ同じ音楽をやる人間として、とても寂しい気持ちになりましたよ。

俺だったら目の前で歌っている人がいて興味があれば聴くし、興味がなかったらその場を去るが。

きっと鈍感なんだと思うし、きっと分かり合えないだろうとも思ったが、最後までそいつらに向かって一所懸命歌ってみたが響かず。

もっといい曲を書こうと思うし、もっと届く歌を歌えるようになりたいと思いました。

そんな奴等を愛せるか?

今は愛せないが、俺は愛したい。


立ち寄ってくれた友がいたので、マックでコーヒーを飲み、電車に乗った。


満員電車では自分がどういう人間か、どういう人間でありたいか、考える機会が多い。

必死で耐えている人、苦痛を訴える人、同じ状況の他人に八つ当たりをする人。

様々だ。

そんな満員電車に乗った時、まず最初に考えるのは、俺は自分で選んでこの時間のこの電車に乗っているということです。

八つ当たりなんて恥ずかしくてできない。

タクシーに乗れる金もなければ、歩いて帰る気力もないから満員電車に乗っているわけで、仕方がないのです。

そんな満員電車で他人に当り散らす人間を愛せるか?

今は愛せないけど、俺は愛したい。


きれいごとだと思うが、それでも愛したいのです。


何が正しくて何が悪いということじゃなくて、愛したいと思う気持ちは今までもこれからも失うことはないだろう。


申し遅れました。

こんばんは。

ザ・クレーターの菊永です。


未熟さを露呈しながらも、目を逸らさず進んでいきたいと思う。


街を歩いていた。

数日前、確か新宿の駅付近だったと思う。

半笑いの青年が、色紙と色ペンを持って話しかけてきた。

「世界平和へのメッセージを書いてください」

俺はとっさに「僕に話しかけないでください」と答えた。

世界平和へのメッセージはあるが、その時は話しかけて欲しくなかったからそう答えた。


その後歩きながら考えたが、世界平和ってなんだろう。

戦争がないことか。

差別がないことか。

人間ひとりひとりが個性ある人間である限り、世界平和など訪れないだろうと考えつつも、俺は半笑いのその青年を愛したい。


きれいごとだ。

少なくとも今は。


だから歌い続けるんだと思います。


僕は未熟さを露呈しながらフルチンでインターネットの世界に出てしまっているようなのかもしれない。


でもやっぱり愛だと、今日という日の終わりに考えるわけです。


腹が減ったのでカップラーメンでも食って寝ます。


おやすみ。