こんばんは。くすばしです。


震災経験を書くと言っておきながら、未だ書けずにいたりします…。

わっ、忘れてたわけじゃありません!


明日、4月11日で、あの地震発生から1ヶ月が経ちます。

震災経験の記事を書く約束をして、

初めのほうは頭と心の整理がつかなくてうまくまとめられず、

今は正直、思い出したくない気持ちが日に日に増していたりします。

なのでかわりに、というか当時の経験より先に

震災があって1ヶ月経つ今の気持ちを記事にしたいと思います。

何から話せば良いのかわかりませんが、ぼちぼち書いていくので

多分まとまってませんがお時間と気力ある方はどうかお付き合いください。



いつもと何も変わらず、バイト前に昼寝をしていた3月11日のことです。

「大きな揺れに警戒してください」との、地震予報のエリアメールで目が覚め

数秒後には、大きく、揺れ始めました。


「当たり前」の「日常」が、崩壊する瞬間でした。


本来ならこの後いつも通りバイトに行き、

バイト終わりには仲間とご飯や飲みに行って帰って寝る

いつものコースが待っているはずでした。


この日から約5日、福島にいましたが(詳しくは後に記事上げます)、

さまざまな苦難とトラブルを乗り越え、なんとか地元・愛媛県今治市にたどり着きました。


愛媛に帰った次の日にはこの『募金次郎』のブログを通じてナカシマさんに連絡をとり、

その次の日からは募金活動に参加させて頂くようになりました。

そして、今に至ります。

あの震災の日から、私は、学生生活もアルバイトも、

全ての日常が止まってしまいました。

なので時間だけはありました。

この1ヶ月は、そのぽっかり空いた時間のほとんどをここでの支援活動に使ったので

必然的に濃い活動をさせて頂くことが出来ました。


ただ、その分、知らず知らずのうちに不安や苦悩も募っていました。


初めのうちは、何も考えず、ただひたすら復興のために動き回っていました。

まだ福島に残っている友人や、自分自身が福島に戻るために出来ることを探るため、

次の日、次の瞬間にはどうなるかわからない状況を経験したからこそ

歩みを止めるわけにはいかず、ただがむしゃらに進んでいました。

今考えると、多分、何かをしていないといろいろ考えてしまって

比較的安全な所へ帰って来てしまった自分の、まだ福島に残っている知人達への罪悪感と

不安に押し潰されそうだった自分を守るためだったような気もします。


そんなこんなで約1ヶ月経ち、

松山でも信頼出来る人が増えてきて、

息抜きにと活動終わりにお酒をたしなむ余裕(?)も出来てきました。

いや、余裕はないと思います。

張り詰めた糸が切れてしまわないようにと、

少しずつ心を開けるようになった仲間と

楽しい一時を過ごすことで

発散させているだけに過ぎないのかもしれません。

でも、それでも良いのです。

傷が癒えることがないのなら、一時しのぎであろうと、

そのような場があるだけでも私は幸せ者だと思います。

なぜなら、未だ東北で避難所生活を強いられている人々や

故郷を離れ慣れない土地や人に囲まれて過ごさなければならない人達にとって

悲しみや不安を発散させるだけの場、心のケアまでしてくれる人々に

出会えていない人達もたくさんいるからです。

松山という慣れない土地であっても、素敵な人達に出会えた私はまだ幸せ者です。

(松山での活動も、自分が選んだことなので仕方ないことです。)


しかし、そのように「まだ」マシな生活をしている私でも

日に日に不安や苦悩、ストレスは溜まる一方です。

私以上に苦しい状況の人達は、どれだけ辛い思いをしているのか…想像を絶します。

私は福島大学の学生です。

私の日常は、福島にあります。

学生生活も、アルバイトも、毎日毎日飽きもせずばか騒ぎする友達も、

小さなことや大きなことで悩んだり、将来や恋愛について語ったり、

だらだら漫画読んだり洗濯したり買い物したり料理したり掃除しなきゃと言ってしなかったり

そんな「普通」の生活が、今、とても恋しいです。

福島に、帰りたいです。

もし原発の被害がこれ以上拡がるなら、

福島に帰ることすら叶わないかもしれません。

ほとんど身1つで出てきて、すぐ帰る、絶対帰ると思って

思い出の品や大切な物をたくさん福島の部屋に置いてきました。

私が福島を出た時はまだ断水中だったので、

蛇口を捻りっぱなしで出てきたかもしれない、なんて不安もあったりします。


先日、ある方に「今、楽しい?」と聞かれました。

答えは、ノーです。

「じゃあ、どうやったらくすばしさんは楽しくなれる?」

と聞かれました。私は、

どんなに元に戻るため努力して、頑張って活動したとしても、

その活動の中でも苦悩は出てくるし、

何より先が見えない生活が続く限り、不安は常について回るので

生活が安定するか元の生活に戻れる目処が立つまでは心から楽しくなることはありません。

と答えました。

涙をこらえながら、なんとか絞り出した答えです。

しかしこの時やっと、漠然とした不安の輪郭が見えてきた気がしました。

と同時に、1つの目標を再確認しました。

やはり私の当面の目標は、「日常に戻ること」です。

私が在籍する福島大学は、現在、5月12日に授業が開始される予定です。

これも、当初の4月上旬、そして4月下旬から延びてからの予定です。

私は愛媛大学に単位互換で半期ほど通う話もありますが、

そうすると福島に戻れる日はさらに後に延びてしまいます。

辛いですが、安全を考えると仕方のないことではあります。


最近は、就活生の方々と接する機会も多く

とても忙しそうで大変だな、と思いますが

ある意味、うらやましくも思ってしまいます。

(就活生の方々からすればそんなこと言われたらイラッとしてしまうかもしれませんが…すみません。)

なぜならそれは、当たり前の学生生活が過ごせている証拠だからです。

大変だなと思う一方、この大切な人達が

これから災害などという大きなことに見舞われず

忙しい日々を乗り越えられるよう願うばかりです。

ちょっぴりうらやましいとか思いながら。


そんな就活生のある方(など)から

この支援活動が忙しい生活からの現実逃避の場になっているという話もお聞きしたりしました。


一方私の場合、この支援活動自体が向き合いたくもない

でも向き合わなければならない現実の象徴なのです。

何度、あの震災の日からの全ての出来事が夢であったら良いかと思ったかわかりません。

でも、これは現実で、目を逸らすわけにもいかない。

完全な逃げ場なんて無いから、動かなければいけない。

最近はそんなことを考えてしまいながら活動していました。


それぞれ立場も違うので、この活動の場が個人によってどのように違うかなんて

1人1人、違って良いのです。

むしろ、それが当たり前で、

そうでなければならないとさえ思います。

ただ、私の意見として、この活動を通じて

愛媛を拠点に置く参加者の皆さんが、来る南海大地震に備えて

身につけるべき知識や情報、ノウハウを得てくだされば幸いだと思っています。

何も、東北の復興が1番の目的で無くても良いと思います。

東北の復興という1つの目標を利用して、それぞれ個人のため

得るべき何かを少しでも得て欲しいと思っています。

東北出身だとか、知り合いが東北にいるとかいう一部の人を除くと、

全く縁のない人にとっては東北の震災なんて、所詮は他人事です。

これは約1ヶ月活動していく中で感じた、私なりの結論です。

私自身も、自分が東北に住んでいなければここまで深く活動していませんでした。

ただ、私も愛媛県出身で、南海大地震が来たら

また大切な人が傷つく恐れがあります。

この活動で知り合った仲間もそうです。

なので、その大切な人達やその人達を取り巻く環境や人々が

来る南海大地震でつく傷が少しでも浅くなるように

今のうちに、知れることは知って、備えれるだけ備えてほしいのです。

私は被害者面をすることも同情されることも大嫌いな類いの人間です。

でも敢えてこのような記事を書くのは、可哀想だね、などと思われる為ではなく、

このブログの読者の多数を占めるであろう私と同じ学生が

震災によってどのような経験をし、何を考え、

日常がどのように変わってしまったのかなどを知ることによって

明日は我が身という気持ちでそれぞれの生活を守るための

1つの情報となれば、という気持ちで書きました。

私の先輩に、阪神淡路大震災を経験された方がいます。

その方の経験による情報発信に、今回、とてもお世話になったので

私も経験を活かしたいと思いました。


今回の震災がこのような大きな被害を伴った原因は、津波です。

原発も、津波があったから被害を受けました。

愛媛県はあそこまで大きな津波は来ないかもしれません。

しかし、普段から津波に対する意識が強く、

津波対策のノウハウがあった東北沿岸でも、この有り様です。

想定以上は、有り得るのです。

本当にこのまま、他人事で良いのでしょうか?

愛媛はあそこまでの津波はないから、本当に大丈夫なのでしょうか?

東北のほうは、津波の規模を考えるとこれでも助かった方らしいです。

それは、津波が来たら家族知人含め人に構わずバラバラに散らばって1人で逃げろ、

車に乗っている人は降りる、

とにかく高いところに行く、物に掴まるなど

予備知識による咄嗟の判断があったからです。

普段から知っている、関心を持っているのとそうでないのは

生死を分けることすらあります。

この支援活動の場が、少しでも皆さんの糧になって頂ければ嬉しく思います。




かなり長くなりましたが、これが震災から1ヶ月経った

一学生の現在の気持ちです。

あの地震から、毎日余震が続く中私はたった5日いただけで気が狂いそうだったのに

先日も震度6クラスの余震があったそうです。

復興も、まだまだ先だと言います。

現地の方の気持ちが想像しやすい分、つらい時もありますが

私は私の出来ることをしていくことでこの震災と向き合っていきます。

この記事を読んでくださった皆さんにとって、

何か1つでも、少しでも、自分のこととして考える材料となれれば幸いです。



拙い文章で、まとまりもなく申し訳ありません。

最後になりましたが、勝手にこの場をお借りして(申し訳ありません)発信した

長く下手くそな文章を最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。



こんばんは。

ながやまです。



先日4月4日に懇親会がありました。

参加者は14名で、WAKU WAKUカフェで行われました。

活動を始めてから、多くのメンバーと顔を合わせるのは初でしたので、大変良い機会になったと思います!


美味しい料理や各々の話、今後の活動など、普段ではなかなか聞くことのできない貴重な話も聞くことができ、あっという間に時間になりました(´∀`)


その後、松山城で桜を見ながら2次会が行われました。

夜の桜すごくキレイでした*


さらに、3次会まで行われ、皆さん盛り上がったみたいですね!



今回の会を通して、親交を深めることができたと思います♪

今後もより力を入れ、活動を頑張っていきましょう!


遅くなりました!

第18回募金活動と、「湧水」の方々と一緒に行ったエミフル松前での活動報告ですニコニコ



*第18回活動報告*

4月9日(土) 12:00-13:30

参加メンバー: 中嶋、横田さん、高柳さん、阿部さん、竹内くん

総額:¥15,268円


募金隊長代理として、活動を行ったナカシマです。

震災の日からおよそ一ヵ月が過ぎ、募金活動を行う団体自体が減ってきています。

特に印象的だったのは、「赤い羽根募金」の方々が活動を行っていなかったことです。

毎週土曜日は活動を行っており、結構ご近所付き合いもしていたのですが・・。

思い返せば2週間くらい前に、「最近、活動人員が集まりにくくなってて・・」と担当の方がぼやいていたなあ。

つまり、「やる気はあるけど人手が」ってことだと思うので、次回の活動(23日)には協働を目指すということで、いろいろと赤い羽根の方と話を進めていきたいと思います。



*募金活動 in エミフルMASAKI*

4月10日(土) 11:30-13:00

参加メンバー: 兵頭さん、中嶋、山本くん

総額:¥?円


行ってきましたよ、エミフル!!

いつか行ってみたいとは思っていたのですが、まさかこのような形で足を踏み入れるとは・・。

さて、この活動は、松前町社会福祉協議会が町内のボランティア団体に声をかけたことによって始まった。

その中の団体に、災害救援ボランティアの「湧水」があり、ここに所属していたバイクレスキュー隊の神野さんからの紹介で、ぼくたちが参加することになりました。

※「湧水」とは、地元が被災地になった時のことを考えて防災活動を中心に取り組んでいる団体だそうです。

興味がある方は、http://www.ecomnet.or.jp/~masaki-shakyou/yuusui.htm へレッツアクセス!


いや~みなさんエネルギッシュでした!!

ぼくたちも負けじと頑張りましたが、うーん、及ばず。

満ち溢れるような元気とパワーをいただきました。


愛媛学生支援組織(ESSO)


そして、最後に記念撮影。


愛媛学生支援組織(ESSO)


それから、驚愕の事実を知ることに・・

松前町のNTT社宅を被災地の方々の避難所とする計画が進んでいるとのこと。

その数、100世帯・・!!

いずれ避難してきた方の支援活動を行っていくことにもなると思います。

その時に備えて、カウンセリングや子供との接し方など、学べることは学んでおきたい。

もっとつながりを広げて、そして深めて、勉強会を行ってくれる方を増やしていくのが、これからしたいことです。




こんにちは。くすばしです。風邪ひきました。

おなかすいた…。


さて、溜まりに溜まった4月分の活動報告です。

溜めっぱなし申し訳ないですorz


*第13回活動報告*

1.4月2日(土)12:00-14:00

2.参加人数は新規:多田くん(1名)
 複数参加:角藤さん、山本さん、長山さん、永井くん、横田さん(5名)
(私は支援物資を取りに実家に帰っていました。)

3.募金金額は36,367円でした。



*番外編*
4月3日(日)
松山青年会議所(JCI)さんとの募金活動の協働(※1)

時間:11時~14時
場所:ロープウェー乗り場前、大街道出入口、道後商店街をグループにわかれて

金額:247,757円(※2)


*第14回活動報告*
1. 4月4日(月)12:00-14:00

2. 参加人数は新規:新居浜東高校
松田教諭、森田さん(2名)
愛大生高柳さん(1名)

複数参加:中嶋くん、楠橋さん、山本くん、竹内くん(4名)

3. 募金金額は29,675円でした。


*第15回活動報告*
1. 4月5日(火)12:00-13:30

2. 参加人数は新規:愛媛大学女子学生
(1名)
複数参加:中嶋くん、楠橋さん、山本くん
(3名)

3. 募金金額は19,350円


*第16回活動報告*
1. 4月6日(水)12:00-13:15

2. 参加人数は
複数参加:楠橋さん、角藤さん(途中参加)、長山さんは募金活動後に参加(荷物運搬)(3名)

3. 募金金額は10,688円でした。


*第17回活動報告*
1. 4月7日(木)12:00-13:15

2. 参加人数は
複数参加:楠橋さん、山本くん、横田さん(3名),メッセージ記入(1名)

3. 募金金額は6,330円でした。






です。

※1
今回は、「今後、さまざまな支援活動において協働の可能性」があるため、そのための顔合わせの意味を込めて、JCIのジャンパーを着てJCIさんの活動に協力、という形でした。

※2
上記の理由・活動形態のため、今回は全てJCIさん側の支援先への入金となります。
社協だったと思います。

※1,2
今回は4月3日開催予定でしたJCIさん主催の松山春祭りが中止となったため、募金活動をすることになったそうです。
JCIさんとは、先日開かれた災害ボランティアネットワーク(ブログに記事あります)で、支援活動を協働していきたいとのナカシマさんの呼び掛けに応えてくださったJCIの西村さんという方とつながり、今回の活動に至りました。

今後このような形での募金の協力は無いが、支援活動の協働のための顔合わせという意味合いで、活動に合意させて頂きました。(えひめグローバルネットワーク竹内さんの計らいの下)



第13回については参加していないのでコメント割愛。

第14回(4/4)は、新居浜東高校の女子生徒さんと先生が参加してくださりました。

初めから大きな声を出して頑張ってくれていて、若いパワーをもらいました。

その女子高生森田さんか新規参加の高柳さん(どちらとか忘れた…orz)と私のやり取りで、

森or高「ナカシマさんですか?」

く「いえ、募金隊長のくすばしです(キラッ)」

という会話がありました。

これは、隊長としてのオ~ラが出てきた証拠でしょうか(´ー`)+(キラッ

…どうでも良いですね、すみません。


第15回(4/5)では、募金活動後支援物資の仕分けのお手伝いがあったのと、参加メンバーの疲労で早めに切り上げましたが、

先方の仕分け作業が予定より早めに終わったので、電話での挨拶に留まり

ナカシマ、山本、くすばしの3人でご飯食べて帰りました(^p^)

くすばしはその後作業等で事務所&わくわくカフェへ。


第16回(4/6)は、愛大が入学式のため、活動は実質、えひめグローバルネットワークの野本さんと私の2人。

13時前に角藤さんが来てくださったのと、長山さんが荷物運搬時に合流してくださりました(´;ω;`)キラキラ!

長山さんは元々途中から来てくださる予定だったのに

私がうっかり忘れてて早めに切り上げてしまいました…申し訳ないですorz

でもこの日は学ぶこともたくさんありました。

それにこの人数と時間で1万越えは嬉しかった!

第17回(4/7)は、山本・くすばしが喉潰れ気味で声出ませんでした(泣)

横田さんがカバーしてくださりました…ありがとうございます。






最近はぽつぽつ新規参加者も増えたりして嬉しい限りですが

やはりいつも参加してくれているメンバーの疲労は否めないようです。

愛媛県の学生はそろそろ授業も始まり、忙しくなると思います。

今後の募金活動自体はそういう事情等も配慮して、

週1回、土曜日のみの活動となります。

時間・場所は同じです。

最近は14時までのことがほとんどです。

今までほとんど連日の活動で参加するタイミングを失っていた人も

週末の空いた時間にふら~っと来てみてはいかがでしょうか。



それに最近は、募金してくれた人からの「頑張ってください」等の

励ましや労いの言葉が多く、本当に嬉しくなります。



松山市の皆さん、いつも募金活動にご協力ありがとうございます。



長期的な支援が出来るよう、試行錯誤しながらではありますが、頑張りたいです。


とりあえず、風邪ウイルスに勝ちたいと思います。



初めまして。愛媛大学のヨコタと申します。


4月7日(木)の19時から行われた話し合い内容について、拙いながらもご報告いたします。

学生の参加者は中嶋リーダーをはじめ、楠橋募金隊長、元気skyプロジェクトに参加した山本くん、上舘さん、私ヨコタの5名で、永江さんと角田さんを含め、計7名で行いました。


細かい内容はメモれていないため、大まかな内容となりますがご容赦ください。


● 今の状況 : 「動脈は動いているけど、毛細血管に行き届いていない」

物資はたくさん届いているのに、仕分けする人がいないがため、被災者たちへ十分に行き届いていない。そもそも、一気に大量の物資が送られてきたため、それらをとりあえず積み上げるしかなく、その結果、どこに何が置いてあるのかわからない、必要なものが奥に入り込んでしまっている、という状況になってしまった。

→仕分けのノウハウを持っていれば、効率よく置いていくことができたのではないか。


● 被災者が仮設住宅に入るにつれ : 「細かいモノとメンタルケアが必要になる」

日常生活を送るためには、細かいモノが必要になってくる。また、家電製品も必要となる。しかし、テレビに関しては地デジ化のこともあり、安易に集めることはできない。というのも、アナログテレビを送ってくる人もいるかもしれないため。

メンタルケアに関しては、被災者たちの話を聞くだけでも違う、とのこと。

→1つ注意しないといけないのは、話を聞いて自分自身の気を滅入らせないよう、気を付けないといけない。


◆ 支援物資の話

物資は何を集めるか。学用品という意見から、スーツという意見も。被災地から避難してきた人たちは着のみ着のままで、当然服がない。そんな中、家庭を持っている人、特に今年入学するというお子さんがいる場合に、スーツがないと入学式に出ることができない。そういったこともふまえて、スーツを集めるのもいいのではないか。

物資を置く場所として、愛媛大学の部室を借りることができた。しかし、5月2日までという期限付きのため、公民館や市等に置かせてくれないか交渉をしていかなければならない。

→一時的ではなく、長期的における場所を見つけなければならない。

◆ TASUKI PROJECTの話

これは、自分と同じサイズ(身長・服のサイズ)の人にプレゼントしよう、というプロジェクト。親が県外の大学に通っている子供に仕送りをする、という感覚で、被災者たちに支援物資を「プレゼント」する、とのこと。詳しい内容はHPをご覧ください。  ⇒  TASUKI PROJECT


この活動をもとに、自分たちも何かできないかと提案が出されたが、それを実現するためにはいろいろと問題があるため、難しい・・とのこと。

→実現が難しくとも、学生主体で何かできればな、と思う。


◆ 元気skyプロジェクトの話

来週あたりに学生何名かで参加する予定。永江さんは南海地震に備え、仕分けのノウハウを学んでおいてもらいたいという思いがあるため、多くの学生にぜひ参加をしてほしいとのこと。

→授業が始まるため、平日の参加は厳しいと思うが、興味のある人はぜひとも参加をしてほしい。


とりあえず、以上です。

何だか、課題だらけですが・・・

とにかく、話し合いの場を重ねて深めていくべきかなと思います。

アバウトなご報告で申し訳ありません。拝読してくれた皆様、どうも有難うございます。

そしてお忙しい中参加して下さった皆様、この場をお借りして御礼申し上げます。