常住在 天地気
私は五十才の時、大死一番して掴んだ心境を次のように詠んだ。
暖風来 暖風喜あたたかいかぜがくれば あたたかいかぜをよろこび
冷風来 冷風楽つめたいかぜがくれば つめたいかぜをたのしむ
何時在 常心豊 どんなときでも こころゆたかに
何処在 常心静 どこにあっても こころしずかに
常住在 天地気 いつもてんちのきのなかにすむ
過ぎ去ってしまった過去のことを、泣いたり喚いたりして悔やんでいる人がいる。もうどうあがいてみても、なんともならないし、終わってしまったことはどう仕様もない。さっさと諦めてしまった方が賢明である。
これから始まる未来のことは、様々な不確定要素が絡み合って、まだ海のものとも、山のものとも見当のつかないものである。それを、ああじゃないか、こうじゃないか、と心配して、おろおろと落ち着かない人が多い。
生きている人間にとって、一番大切なことは、過ぎ去ってしまった過去のことや、これから始まる未来のことではない。
今日只今、この今の瞬間をどう生きるか、が重要であり問題である。
人の一生は照る日もあれば、曇る日もある。人生航路に嵐が吹き荒ぶときもあれば、穏やかな凪のときもある。人と人との交わりによつて温かい風が来るときもあれば、冷たい風が来るときもある。
どんなとき、いかなる場にあっても、いつも天地の気の中に住むことができたら最高である。
「無の境地」とは「常住在 天地気」のことである。
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