大死一番
中村元著「佛教語大辞典」に「大死一番」とは「従来抱いていた思慮分別のすべてをなげうち、心をむなしくして修行に徹すること。ここから新しい真の命がよみがえってくる。」と書いてある。
このことは「絶体絶命の境地」のことである。
進むも退くも出来ない。自分はここで死ぬ!という境地である。
四十代に入って始まった死病とのつき合いが、五十歳になったとき、ついに決定的な段階に到達した。
西洋医学の治療から離れて、私は不退転の覚悟で座禅に打ち込んだ。
食事は徹底して玄米菜食。そして朝・昼・晩、時間を問わずに座りに座る、毎日を続けた。半年ばかり過ぎた或る夜、座禅が佳境に入った。
狭くて暗い、細長いトンネルのようなところを、長い間、息をつめて進んでいって、やつとそこから出た途端!体の奥から、なんともものすごい衝動が突き上げ「わあーっ」と大声をあげて泣き出した。転げ回って泣いた。・・・しばらくして今度は「わっはっはっはあー」と笑い出した。転げ回って笑った。・・・・・やがて、激動が収まって・・・・・・そこにしみじみと本来の自己に目覚めた喜びを噛みしめている自分があった。
「次元」という言葉がある。国語辞書に「物事を考える立場」とある。
「タテ・ヨコ・高さ」を三次元という。そこに時間の考えが入ると四次元となる。三次元の世界しか理解しない人に、四次元のことを説明しても理解してもらえない、と同じで゜「無」をいくら説明しても、その境地を体験しない人には理解できない。次元が違うのである。
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