主 人 公
昔、中国の瑞巌和尚は、毎朝目を覚ますと大きな声で
「おーい、主人公ー、はっきりと目が覚めているかぁー」
「はーい、はっきりと目が覚めておりまーす」
と自問自答して
「今日も一日、しっかりとして、なにものにも騙されるんじゃないぞー」
「はあーい、今日一日、しっかりとして、なにものにも騙されませーん」
と主人公をいつも覚まし続けていた。
主人公とは、自分自身のことである。
自分が目を閉じれば、なにも見えなくなる。
自分が目を開けて見るから、眼前にこの世がある。
耳を塞げば聞こえず、耳を澄ますといろいろな音が聞こえてくる。
自分の目の前のこの世の有様を、どう受け止めるかは自分の心次第である。 天気の良い日はご機嫌だが、曇りの日は憂鬱になり、雨が降れば泣きたいくらいに落ち込んでしまう。商売も同じで、儲かっている時はご機嫌だが、陰りが出てくると憂鬱になり、赤字になると泣きたいくらいに落ち込んでしまう。世の中の多くの人々は、いつも一喜一憂、世の変化の荒波に揉まれて、浮いたり沈んだりしながら、死ぬまで泣いたり笑ったりして生きていく。
でも、人はなにかを契機として、浮いたり沈んだり、泣いたり笑ったり、する自分は、仮のニセモノの自分であって、その奥に本当の自分がいることに気がつく。この世に生まれてきたとき、命とともに持って生まれた、あるがまんまの自分、ホンモノの自分のことである。
瑞巌和尚の言う「主人公」は、このホンモノを指している。
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