地獄一条(受刑囚からの手紙に答えて)
お手紙を拝見しました。あなたのお気持ちがしっかりと書かれていたので、今のあなたが置かれている状態がはっきりとわかりました。
人は誰でも一人残らず、地獄を背負って生きています。
「苦の娑婆を生きる」とは、そういうことです。
親鸞上人の言葉に「地獄一条」というのがあります。
この世は「修羅八荒(しゅらはっこう)」生身(なまみ)が起こす悪因縁の数々…若い頃は思ってもみなかった我が身の業の深さ。
どんなに泣いても喚いても、どうにもならぬ、地獄の底をはい回るばかりの吾が姿…。
えーい、どうにでもなれ! …、地獄の底にどっかと座り込んで、歯をくいしばり、血走った目を据える…。
これが「地獄一条」の入り口です。
あれを怨み、これを嘆く、様々な怨念、悪念を、腹の底から深く強い呼気とともに吐きだす…繰り返し繰り返し、みんなきれいに吐きだして…
…やがて空っぽになって…静かに深い呼吸とともに空に徹する。
座りに座る…と、全く異なった次元の世界に入っていく。
先ず、体の輪郭が溶けてくる…じーんとした快い感じ…
宇宙生きとおしの命(これを神という)との合致…なんとも安らかな、素晴らしい境地の体験。これを手に入れたらもうなにも怖れるものは無い。
この境地への道筋は「地獄一条」の入り口が一番の近道なのです。
人生の真実は、本で読んだり、他人様の話を聞いただけの生半可な知識で語れるものではなく、自分自身の体験を通してしか語れない、ものです。
私の書いた本『真実の幸福を求めて』の101ページ「大死一番」に、私がこの境地に辿り着いた経緯が書いてあります。そして107ページに「誰がなんと言おうと、一番肝心なことは、その時、私は嫌も応もなく、生と死の境目、絶体絶命の境地に置かれた、ということである。」と書きました。
絶体絶命の境地とは「地獄一条」の入り口のことであります。
あなたの、置かれているところがそうであるとすれば、あなたは今、正に「悟り」への最短距離にあります。
「有難う」という字は「難有り」と書きます。
人は様々な苦難を乗り越えて、人として成長していきます。このことを「難ありて有り難し」と言います。難が無ければ、本当の意味での「有難う」にはなりません。「地獄一条」を絶好の機会と捉えることをお祈りします。
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