この記事は霊感・霊視占いサイト『花咲き山』ホームページ内の『えび助BLOG』で2020/7/23に公開されたものです。
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人間の世界には『情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)』というものがあります。
犯罪を犯してしまった人を裁く際に、
『そのときの状況や事情を考慮して刑罰の重さを決めること』
を指しますが、果たして、神仏にも『情状酌量』というものはあるのか?
ふと、気になったので、晄鈴(こうりん)先生に尋ねてみました。
以下、そのときのやり取りの一部です。
紫色・・・晄鈴先生
オレンジ色・・・えび助 です。
神仏にも『情状酌量』というものは、あるのですか?
あるといえば、あります。
祝詞(のりと)には、『知らじ知らずの罪、穢れ』という一節があります。
知らなかったとしても、罪は罪、穢れは穢れです。
神仏は罰します。
ただ、知っていた場合と、知らなかった場合では、『罰の重さ』や『許していただくための謝罪の内容』が異なります。
その部分が、人の世界の『情状酌量』に当たるのではないかと思います。
例えば、『まだ物事の判断ができないような子供だと罰が軽くなる』みたいなことはあるのですか?
子供だからという理由で、罰が軽くなるようなことはありません。
例えば、私の知り合いに、子供のときに、遊んでいる中で、神仏の怒りを買ってしまった方がいます。
その罰を、大人になってから受け、病気になってしまいました。
子供のときに犯した罪の罰を、大人になってから受けたのですか?
そうです。
神仏には時間の概念がありません。
神仏は人間よりも遥かに高次元の存在なので、そもそも人間の常識が通用すると思うのが、間違いです。
私は、職業柄、神仏と接することが多いですが、そのときは、細心の注意を払います。
神仏と接するときは、『人間ごときには理解できない存在』だということを忘れず、畏敬の念をもたないといけません。
『神仏の恐ろしい面』を知った1日でした。
(おまけ)
ちなみに、実際に人を助けたり、人を罰したりするのは、神仏の意を汲んだ『眷属(けんぞく)』とのこともおっしゃっていました。
※『眷属(けんぞく)』とは神仏に仕える存在のことらしいです。
晄鈴先生が以前、『神社に参拝したときは、まず狛犬様に挨拶をした方がいい』とおっしゃっていた意味が分かりました。